初級翻訳・たにしの出世 第2話

たにしの出世

「かわいいたにし殿を、お前は婿に取りたいか?」
 こう言うと、妹の娘は、
「お父さんがお約束なさったことなら、そのとおりにいたしましょう」
と素直に答えたので、とうとう、たにしの子は長者の婿になることになりました。

三

 長者の娘は、たにしのお婿さんを大切にして、そのうえ、たにしのお父さんやお母さんにも親切にしてやりました。
でもこのお婿さんはあまり小さいので、一緒に里のお父さん・お母さんの家へ行くときには、お嫁さんはお婿さんを自分の帯のあいだにちょこなんと挟んで、仲よく話しながら行きました。
でも道行く人には、帯の上に小さなお婿さんがいることはわからず、お嫁さんがぶつぶつと独り言を言いながら歩いているように見えるので、みんな振り返って不思議そうな顔をしました。
ある日、お天気がいいので、いつものように帯のあいだにお婿さんを挟んで、お嫁さんは里の両親を訪ねに行きました。
水神のお社の前まで来ると、たにしのお婿さんは、
「どうも帯のあいだに乗せられてばかりいるのも窮屈になった。少し降りて休んでいこう」
とお嫁さんにいいました。
「では、この上がきれいで広くていいでしょう」
とお嫁さんは言って、石の鳥居の上に、お婿さんを休ませました。
「ああ、広い田んぼが見えて、青青した空が眺められて、久しぶりでいい心持ちだ。わたしはここでしばらく日向ぼっこをしているから、そのあいだにお前はお社へお参りしてくるといいよ」
「それでは、いそいで行ってまいります」
 お嫁さんは、それから石段をのぼって、お社にお賽銭をあげて、ていねいに神さまにお辞儀をして、またいそいで石段を降りて帰って行きました。
ところで、もとの石の鳥居のところまで来てみると、そこにちゃんとのっていたはずの、たにしのお婿さんの姿が見えません。
鳥居の台石から転げ落ちたのかと思って、そこらをキョロキョロと見回しましたが、それらしいもののかげも形も見えません。もしかするとカラスが、くちばしの先でつついて、どこかへ持って行ってしまったのではないだろうか。どうか何かの拍子に、そこら辺の田んぼの中へ転がり落ちていてくれればいいのだけれど、とお嫁さんは心配になって、田んぼの中に入ってみました。
春先のことですから、田んぼの中は水がじくじくと湧き出ていて、田んぼの草の間から、すみれやれんげの花が、可愛らしい顔をのぞかせていました。
お嫁さんは、よそ行きのきれいな着物が泥で汚れるのも忘れて、水田の中へずんずんと入っていきました。
そして、

「つぶ、つぶ、お里へまいらぬか。
つぶ、つぶ、むこどの、どこへ行た、
お彼岸まいりにさそわれて、
からすのくちにつつかれな、
犬の足にふまれるな」

と歌うように言いながら、あちこちの田んぼを歩き回って探しました。
どこへ行ってもたにしは数えきれないほど、うじゃうじゃと転がっています。でも、あまりにたくさんいるので、どれが自分のお婿さんであるたになのか、さっぱり見当がつかなくなってしまいました。
それでもお嫁さんは、あきらめることができなくて、あいかわらず、

「つぶ、つぶ、お里へまいらぬか。
つぶ、つぶ、むこどの、どこへ行た」

と声をかけながら探し回っているうちに、春の日はいつの間にか暮れてしまい、もう田んぼの中はよく見えなくなりました。そのうえ、体はすっかり泥だらけになってしまいました。
すっかりくたびれ果てて、がっかりして、泣き顔になったお嫁さんが、深い深い泥田の中に、今にもずるずると引きずり込まれそうになったその時です。
「おいおい、こんなところで、いつまでも何をしているんだい?」
そう声をかけて、いつの間にかどこから現れたのか、光り輝くような美しい若者が、涙でかすんでいるお嫁さんの目の前に、にっこりと笑って立っていました。
実はその若者こそ、水神さまの申し子でありながら、ある事情があって、十年もの長い間、たにしの殻の中に封じ込められていたのでした。それが今日、お嫁さんが水神さまのお社に参詣して、まごころを込めてお祈りしてくれたおかげで、封印が解けて、こうして立派な若者の姿に戻ることができたのです。
普通の人間同士のお婿さんとお嫁さんになった二人は、改めて水神さまのお社にお礼参りをして、めでたく家に帰りました。
こうして、小さなたにしから出世したお婿さんは、「たにしの長者」と呼ばれるようになり、優しいお嫁さんと一緒に、末長く栄えましたとさ。

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