初級翻訳・雪の女王 第4話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

「ぼくは、そうは思いませんよ」と、ツバメは答えました。
みんながこう言うので、小さなゲルダも、しまいには、そうは思わなくなりました。
「あたし、新しい赤い靴をはこうっと」と、ある朝、ゲルダは言いました。
「あの靴は、カイちゃんもまだ見たことがなかったわ。
あれをはいて、川へ行って、カイちゃんのことを聞いてみよう」
夜が明けたばかりのころでした。
ゲルダは、まだ眠っているおばあさんにキスをすると、赤い靴をはいて、たったひとりで町の門を出て、川へ行きました。
「あなたが、あたしの仲よしを取ってしまったっていうの、ほんとうなの? あなたが、もしカイちゃんを返してくれれば、この赤い靴をあげてよ」
すると、どうでしょう。
ふしぎなことに、なんだか波が、うなずいたような気がします。
そこで、ゲルダは、自分の大事な大事な赤い靴をぬいで、両方とも川の中へ投げ込みました。
けれども、靴は岸の近くに落ちたものですから、小さい波が、すぐまたその靴を陸に押し返してきました。
まるで、ゲルダのいちばん大事なものを取ってしまうのは気の毒だ、と言っているように見えました。
だって、そうでしょう。
川は、カイを取りはしなかったのですからね。
しかし、ゲルダは、靴を遠くまで投げなかったからだと思いました。
そこで、アシのあいだにあったボートにはい上がって、そのいちばん先まで行きました。
そして、そこから、靴を投げ込みました。
ところが、このボートは、しっかりつないでありませんでした。
ですから、ボートの中でゲルダが動いたとたんに、ボートは、するすると岸を離れました。
ゲルダも、それに気がつきました。岸に上がろうとして、あわててボートのこちら側まで戻りましたが、そのときにはもう、ボートは岸から一メートル以上も離れていました。そのままボートは、ぐんぐんスピードを上げて滑り出していきました。

この様子に小さなゲルダはびっくりして、わっと泣き出しました。けれども、その声はスズメたちにしか聞こえません。それに、スズメたちにはゲルダを陸まで連れ戻すことはできませんでした。スズメたちは、ゲルダをなぐさめるように岸に沿って飛びながら、「わたしたちは、ここにいるよ。わたしたちは、ここにいるよ」とさえずりました。

ボートは流れのままに下っていきました。小さなゲルダは、靴下をはいた足のまま、ボートの中でじっとしていました。小さな赤い靴は、あとから流れてきました。けれども、ボートのほうがずっと早いため、追いつくことはできません。

川の両岸は、とても美しい景色でした。きれいな花々や、年老いた木々、そしてヒツジやウシがいる丘が見えました。けれども、そこに人の姿はまったく見当たりません。

「もしかしたら、この川が、あたしをカイちゃんのところへ連れて行ってくれるのかもしれないわ」と、ゲルダは思いました。

そう思うと、いままでよりもずっと元気がわいてきました。ゲルダはボートの中に立ち上がり、美しい緑の両岸を何時間も眺めていました。

そのうちに、大きなサクラの園のそばへさしかかりました。園の中には小さな家が一軒建っていました。その家には、赤と青の不思議な窓が見えました。屋根はワラでふいてあり、入り口には木の兵隊さんがふたり立っていて、舟に乗って通り過ぎる人たちに、銃をかまえる動作をしていました。

ゲルダは、その兵隊さんたちが生きていると思って呼びかけましたが、もちろん兵隊さんたちは返事をしません。やがて川の流れがボートを岸に近づけてくれたので、兵隊さんたちのそばまでやってきました。ゲルダはもっと大きな声を出して、もう一度呼んでみました。

すると家の中から、とても年をとったおばあさんが、撞木杖(しゅもくづえ)を突きながら出てきました。おばあさんは大きな日よけ帽子をかぶっていて、その帽子にはとてもきれいな花の絵が描いてありました。

「おやまあ、かわいそうに!」とおばあさんは言いました。「こんなに流れの激しい大きな川を、よくもまあ、こんな遠くまで来たものだねぇ!」

おばあさんはそう言うと、水の中まで入ってきて、撞木杖をボートにひっかけて岸へ引き寄せてくれました。そして、小さなゲルダを陸に上げてくれました。ゲルダは陸に上がれてうれしかったのですが、この知らないおばあさんのことを、なんとなく気味悪く感じていました。

「さあ、おいで。おまえはどこの子だい? どうしてここへ来たんだい? わたしに話しておくれ」とおばあさんは言いました。

そこでゲルダは、いままでのことを残らずおばあさんに話しました。おばあさんは首をふりながら、「ふん、ふん」と聞いていました。ゲルダがすべて話し終えると、カイちゃんを見かけなかったか聞いてみました。

するとおばあさんは、「そんな子はまだここを通らないね。でも、そのうちきっと来るだろうよ。まあ、そんなに悲しまないでおくれ。サクランボでも食べたり、花でも見ていたりしなさい。ここの花は、どんな絵本よりもきれいなんだよ。それに、その一つひとつが、お話をすることもできるんだからね」と言いました。

それからおばあさんはゲルダの手をとって、小さな家の中へ入り、入り口の戸を閉めました。窓はかなり高いところにありました。窓ガラスは赤と青と黄色だったので、お日さまの光がさしてくると、部屋の中は色とりどりの不思議な光で満たされました。

テーブルの上には、いかにもおいしそうなサクランボがのっていました。ゲルダはいくら食べてもいいと言われたので、好きなだけ食べました。ゲルダが食べているあいだ、おばあさんは金のくしでゲルダの髪をすいてくれました。

髪の毛は波打つように縮れて、それはそれは美しく金色に光りました。そして、バラの花のように丸くてかわいらしい、ゲルダの小さな顔のまわりに垂れ下がりました。

「わたしはね、おまえのようなかわいい女の子が、ほしくてたまらなかったんだよ!」とおばあさんは言いました。「ふたりで、仲よく暮らしていこうじゃないか」

おばあさんがゲルダの髪をとかしているうちに、ゲルダはだんだんと、仲良しのカイのことを忘れていきました。それもそのはず、このおばあさんは魔法を使うことができたのですから。といっても、おばあさんは決して悪い魔法使いではありませんでした。ただ自分の楽しみのために、少しばかり魔法を使っていただけなのです。今も、このかわいらしいゲルダを自分のそばに置いておきたかっただけのことでした。

おばあさんは庭へ出ていくと、咲き乱れているバラの木の方へ、杖を伸ばしました。すると、あんなにも美しく咲いていたバラの花は、たちまち黒い土の中へと消えてしまいました。もうこうなれば、今までバラがどこに咲いていたのか、だれにも見当がつきません。おばあさんは、もしゲルダがバラの花を見たら、自分の家のバラや、小さなカイのことを思い出して逃げ出してしまうのではないかと心配だったのです。

さて、今度はおばあさんがゲルダを花園へ連れて行ってくれました。まあ! なんと良い香りで、なんと美しいことでしょう! 花という花が、春のものも、夏や秋、冬のものまでもが、今を盛りと美しく咲き誇っていました。

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