いまのゲルダの力がどれほど大きいか、おまえにはわからないのかい? 人間も動物も、みんなが助けずにはいられないような力さ。だからこそ、あの子ははだしのまま、こんな世界の果てまでたどり着けたんじゃないか。あの子の力は、わたしたちから教わる必要なんてないのさ。なぜなら、その力はあの子自身の心の中にあるのだから。つまり、ゲルダが清らかで、罪のない子供だからなんだよ。それこそが、何にも勝る大きな力なのさ。もしゲルダが自分の力で雪の女王のところへ行き、カイの体からガラスのかけらを取り出すことができないようなら、わたしたちにはもうどうすることもできないね。ここから二マイルほど行けば雪の女王の庭があるから、そこまであの子を連れて行ってやりなさい。雪の中に赤い実をつけた大きな茂みがあるから、そのそばにゲルダをおろしてやるんだ。だけど、いつまでもおしゃべりしていないで、すぐに帰ってくるんだよ!」
こう言って、フィンランドの女は小さなゲルダをトナカイの上に乗せました。トナカイは力いっぱい走り出しました。
「あっ、長靴を忘れたわ! 手袋も!」ゲルダは肌を刺すような寒さに気づいて叫びました。
しかし、トナカイは立ち止まってはくれません。どんどん走り続け、ついに赤い実のなった大きな茂みのところまでやって来ました。そこでトナカイはゲルダをおろすと、その口にキスをしました。そのとき、キラキラと光る大きな涙の粒が、トナカイの頬をはらはらと伝い落ちました。それからトナカイは、来た道を大急ぎで引き返していきました。
こうして、かわいそうなゲルダは靴もなく、手袋もないまま、見渡す限りの氷の世界、冷え切ったフィンマルケンのど真ん中に取り残されてしまったのです。
ゲルダは前へ前へと、一生懸命に駆け出しました。すると突然、雪の結晶の軍勢が現れました。けれども、それは空から降ってきたのではありません。空は晴れ渡り、オーロラが輝いていました。雪の結晶は地面の上をまっすぐに走ってくるのです。しかも、近づいてくればくるほど、どんどん大きくなっていくのでした。
ゲルダは、以前レンズで雪の結晶を見たとき、それがどんなに大きく、どんなに美しく見えたかを、今でもはっきり覚えていました。でも、ここにある雪の結晶はそれとはまったく違い、はるかに大きく、はるかにおそろしいものでした。ここの雪の結晶は生きているのです。それは、雪の女王を守る前衛部隊でした。
しかも、じつに奇妙な形をしていました。あるものはみにくい大きなヤマアラシのように見え、あるものはとぐろを巻いて鎌首をもたげたヘビのように見え、またあるものは毛を逆立てた太った小グマのように見えました。どれもこれもがまっ白に光り、生きている雪の結晶だったのです。
そのとき、小さなゲルダは「主の祈り」を唱えました。寒さがひどすぎて、自分の吐く息がはっきりと見えます。それは煙のように口から出ていきました。その息がだんだんと濃くなっていくと、しまいには小さな明るい天使の姿になりました。天使たちは地面にふれるたびに、どんどん大きくなっていきました。見ればひとりのこらず、頭にはかぶとをかぶり、手には槍(やり)と盾(たて)を持っています。天使の数はますます増えていきました。ゲルダが「主の祈り」を唱え終えたときには、ゲルダのまわりを天使の軍隊が取り囲んでいました。天使たちは槍を振るっておそろしい雪の結晶の軍勢を突き刺したので、雪の結晶はちりぢりになって飛び散ってしまいました。
こうしてゲルダは安心して、元気よく歩き出しました。天使たちがゲルダの手や足をさすってくれたので、もうひどい寒さは感じなくなりました。こうしてゲルダは、雪の女王のお城を目指してずんずん進んでいきました。
ところで、カイは今どうしているのでしょう。ここで少し、カイのことをお話ししておきましょう。カイは、いまではゲルダのことなど、すこしも考えてはいませんでした。ましてや、いま、ゲルダがお城の外にきていようなどとは、夢にも知りませんでした。
七番めのお話
雪の女王のお城で起ったことと、それからのお話
お城のかべは、降りしきる雪でできていて、窓や戸は、身を切るような風でできていました。お城には、大きな広間が百いじょうもありましたが、それは、みんな雪が吹きよせられて、できたものでした。いちばん大きな広間は、なんマイルもなんマイルもひろがっていました。その上を、光の強い極光(オーロラ)が、明るく照らしていました。見わたすかぎり、なに一つなく、はてしのないところでした。あたりいちめんの氷がキラキラと光って、それはそれは寒いところでした。
ここには、楽しさというものがありません。吹きすさぶあらしの伴奏にあわせて後足で踊り、ちゃんとした礼儀作法を心得ている、北極グマの小さな舞踏会もありません。口や手足を打っての、小さな宴会もありません。白ギツネのお嬢さんたちの、ちょっとしたコーヒーの会も、あるわけではありません。ほんとうに、雪の女王の広間は、がらんとして、だだっぴろい、寒々としたところでした。極光は、きちんきちんと燃えあがっていましたので、それがいちばん高いのはいつかも、また、いちばん低いのはいつかも、よくわかりました。
この、かぎりなく広々とした、雪の大広間のまんなかに、こおった湖が一つありました。湖の面は、なん千万という、小さいかけらにわれていました。けれども、そのかけらの一つ一つが、まったく同じようでしたから、そのぜんたいが、一つのすばらしい美術品のように見えました。雪の女王は、お城にいるときは、いつも、この湖のまんなかにすわっているのです。そして女王は、「あたしは理知の鏡にすわっているのです。この鏡は世界じゅうにたった一つしかない、いちばんすぐれた鏡ですよ」と、言っていました。
小さなカイは、寒さのために、まっさおになっていました。いやそれどころか、どす黒くさえなっていました。でも、自分では、それがわからないのです。むりもありません。いまでは、雪の女王がキスをして、カイから寒いという感じを、とってしまっていたのですからね。それに、カイの心臓は、まるで氷のかたまりのように、つめたかったのです。
カイは、とがった、ひらたい氷のかけらを、いくつか引きずってきて、それをいろいろに組みあわせていました。こうして、なにかをつくり出そうというのです。ちょうど、わたしたちが、小さい木切れを、さまざまな形にならべてあそぶ、あの「中国遊び」というのに、似ていました。カイは、いろいろの形にならべてみました。それは、「知恵の遊び」といって、いちばんくふうのいるものでした。カイの目には、こういういろいろの形が、とってもすばらしくて、しかもいちばん意味があるように思われたのです。それもこれも、カイの目の中にはいりこんでいる、ガラスのかけらのしわざなのです! ぜんぶをちゃんとした形にならべると、それは一つの言葉になるのです。ところが、カイがならべたいと思っている言葉だけは、どうしてもうまくならびません。それは、「永遠」ということばです。
そして、雪の女王は、前から、こう言っていました。
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