初級翻訳・青い眼鏡 第2話

野村 胡堂

花房一郎にも準備が必要なんだ」

「準備? それは一体何年かかるんですか? 昨年の夏から銀行襲撃は三件、命を失った人間は五人、それに四、五日前に明らかな大谷千尋の犯行で殺された印刷屋の主人を合わせると、もう六人になります。これだけ犠牲者が出ていれば、花房一郎の準備だって十分でしょう」

「相手は五十人とも百人とも言われている。一人や二人ならすぐにでも捕まえられるだろうが、五十人百人を一網打尽にして、大きな魚も小さな魚も逃さないようにするには、それ相応の大きな網が必要なんだ。花房一郎は今、その網を張っている最中なのさ」

「鯨が潜るような網でしょうね。でなければ、メダカをすくうような網か。いずれにしても、大谷千尋という魚が永久にかかるわけがありません」

「いや、きっと大谷千尋という悪魚は、花房一郎の網にかかるよ。今まさに、かかりかけているところだ」

「そんな馬鹿な」

「何が馬鹿だ」

「何?」

二人の視線がバチリとぶつかり合いましたが、

「ハッハッハハハ!」

宇佐美六郎は、思わず笑い出してしまいました。

「捕まると言っているのが二人、宇佐美くんと芳野さんだけ。あと十一人は花房一郎が大谷千尋を捕まえることはできないという意見だね。ところで、何か賭けでもしてみたらどうだい?」

中島助丸が口を挟みます。

「国民劇場の総見を賭けちゃどう? 入場料一人五十銭なら、安心でいいわ」

女優の芳野絢子が、先ほど食堂の入り口で配られたチラシを手に取り、ふとそれを裏返して言いました。

「おや、ここに変なことが書いてあるわ。何ですって……『向こう通るはスターじゃないか……青い眼鏡が気にかかる……』。まあ嫌だわ、これって昔流行った『銀座節』じゃないの。チラシの裏にこんなものが印刷されているわ」

「やれやれ、芳野くん、自分のことを歌われているようなものじゃないか」

「あら、失礼ね。私は青い眼鏡をかけているけれど……」

「ほら、怒ったか」

「ワーッ、ハッハッハハハ!」

爆発するような笑い声が、タバコの煙と共に食堂に渦を巻きます。

「芳野さん、あなたが読んだのは、一体何なの?」

「あら。村岡さんもさっき入り口で受け取ったでしょう? 国民劇場のチラシの裏よ」

「国民劇場のチラシの裏? 何にも書いていないわよ。緑の地模様の上に、赤い線がめちゃくちゃにうねっているだけよ」

「どれどれ拝見……あら、村岡さんのにもちゃんと同じ文句が印刷されているじゃないの。最初は『銀座銀座と通う奴ぁ馬鹿よ、帯の幅ほどある道を……』って」

「どれどれ、芳野さんのを見せて」

二人の美人は互いのチラシを交換して読みましたが、結果は全く同じでした。
芳野絢子の目には、はっきりと『銀座節』の歌詞が読めるのに、村岡柳子の目には相変わらず、緑と赤が交錯した唐草模様のような複雑な模様しか映っていなかったのです。「不思議ねぇ」
「本当だわ」

驚きあきれる二人の様子を見て、二、三人の紳士たちもポケットからチラシを取り出し、シワを伸ばしたり、床に落ちたものを拾って土を払ったりして、それぞれが覗き込んだり透かしたりしてみましたが、劇場のチラシの裏には相変わらず正体不明の唐草模様があるだけで、誰の目にも「銀座節」なんてものは見えません。

もう一つ不思議なのは、この小さな事件が起きたにもかかわらず、島幾太郎や中島助丸、松井菊三郎といった面々が、その謎のチラシに少しも興味を示そうとしなかったことです。

宇佐美六郎はしばらく黙ってそれを見ていましたが、やがてニヤニヤと笑いながらこう言いました。
「馬鹿だなあ。そんなつまらない仕掛けがわからないかなあ」

「あなたにはこの訳がわかるの? まあ偉いわね。頭の毛が少なくなっただけのことはあるわ」
「私の頭の毛のことばかり言うなら、私もつい村岡夫人の顔のシワのことが言いたくなるよ」
「なんですって? 私の顔にシワがあるですって? これでもまだ二十七よ!」
「おっと、お怒りとは恐縮。シワで悪かったらヒダ、それでもいけなかったら皮膚の折り目だね」
「まあ、なんて口の悪い人でしょう。覚えていなさいよ」

「またケンカしているのね。本当にどうしようもない人たちねえ。それより、このチラシの裏の歌が、私にだけ読める理由を教えてちょうだいよ」
芳野絢子は、宇佐美六郎の前に問題のチラシを突きつけました。

「私にだって読める理由なんてないさ。……島くんたちはとっくにこの仕掛けに気づいているみたいだけど、実はすごく簡単だよ」
「どんな仕掛けなの?」
「まあ急ぐな。これだけ人がいるのに、芳野絢子くん以外には誰にもこのチラシの裏の『銀座節』が読めないというのは、芳野くんの目が特別にいいというわけじゃなくて、芳野くんの目が他の人と違っているからだ、ということになる。芳野くんの目と我々の目、どこが違っているか。それがわかれば何でもないことだ」

「芳野さんの目と私たちの目……。芳野さんだけが青い眼鏡をかけている、ということなの?」
「その通りだよ、村岡夫人。頭のハゲている人間は賢いだろう?
このチラシの裏には、青い唐草のような地模様の上に、細い赤い字で『銀座節』の文句が刷ってあるんだ。普通の目、つまり普通の白い光で見ると、その青い地模様と赤い文字が重なり合って紛れてしまうから、どうしても読めない。でも、青い眼鏡をかけて見ると、青い地模様の線が眼鏡の青い色に吸収されて、赤い地模様とその中に書かれた文字だけがはっきりと浮かび上がるんだよ。
青い眼鏡をかけて見る代わりに、青い電球の光で見てもいい。つまり、青い光を当てると青い地模様が消えて、赤い模様とそこに隠された文字だけが浮かび上がってくる。こんなことは小学生でも知っているよ。馬鹿馬鹿しい」

「まあ、宇佐美さんは見かけよりずっと賢いのね。どれどれ芳野さん、あなたの眼鏡をちょっと拝借……なるほど、これは面白い。『向こう通るはスターじゃないか、青い眼鏡が気にかかる』……はっきり読めるなんて不思議ね」
美しい美容師は、夢中になってチラシの裏を読みふけっています。
「宇佐美さん、私はすっかりあなたを見損なっていたわ。そんなハゲ頭に、こんな特別上等の知恵があるなんて思ってもみなかったもの。ごめんなさいね」
「何を言っているんだ。赤と青が反対の色で、一方を濃く見せる色は、もう一方を消してしまう。そんなことは小学生でも知っていることだよ」

「おやおや、いつの間にか島さんも、中島さんも、松井さんも、みんな居なくなっちゃったわ。どうしたのかしら」
芳野絢子は美しい眉をひそめて、あたりを見回しました。
「さあねえ……」
宇佐美六郎の表情は険しく、眉も目も鼻も口もキリリと引き締まり、隣の部屋に通じる厚手のカーテンへ、その鋭い目をじっと注ぎました。
夜の十一時。階上の都銀行では宿直の小使いが最後の見回りを始めたようで、重い戸を閉める音がかすかにここまで響いてきます。

三

一方は警視庁の刑事部長室。それから三十分後に起きたことです。
「いかがでしたか、花房さん」
「大体の見当はつきました。

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