初級翻訳・骸骨島の大冒険 第2話

山本 周五郎

龍介がホテルに入ってから三十分ほど経ったころ、注意深く見ていたメトラス博士の部屋の窓が、突然暗くなるのを目にしました。
「どうしたんでしょう」文子が壮太に囁きました。
「停電じゃありませんか?」
「だって、他の窓は明るいわ!」
「そうですね、ことによると何か起きたのかもしれませんね」壮太も心配になってきました。
「行ってみましょう」
「行きましょう!」
 二人は大急ぎでホテルへ駆けつけました。
するとちょうどその時、ホテルの玄関に一台の自動車が停まっており、二、三人の紳士が、何か細長い、人間の体ほどの大きさの荷物を、非常に忙しそうに車の中へ運び込んでいるところでした。
壮太はその男たちを見ると「あっ!」と声を上げ、文子を物陰に引き寄せると、慌てて囁きました。
「大変だ、あれは混血児のチャアリイだ。龍介さんはきっと奴らのために危険な目に遭わされたに違いない。お嬢さんはすぐにお宅へ帰ってください。そして僕が電話をかけたら、すぐに警官を連れて駆けつけられるようにしておいてください。僕はあの自動車の行く先を突き止めますから!」
 言い終えるや否や、その時するすると滑り出した怪しい自動車の後ろへ、ひらりと飛びつきました。
文子は街の方へ走っていき、タクシーを見つけると、それに乗って自宅へと急がせました。
「この畜生、毛唐め!」

 壮太はどうしたか?
 壮太は怪しい自動車の後ろに、必死にしがみついていました。
自動車は闇の中をひた走りに走ります。
「奴ら、どこへ行くんだろう」
 気を付けて見ていると、自動車は京浜国道を横浜の方へ向かっているようです。
「ははあ、横浜だな」と呟き、なおも身を潜めていると、川崎あたりへ来たころ、自動車は海岸の方へ入っていきました。
道が悪いので、車は大波に揉まれるように激しく揺れます。
振り落とされまいと必死になってしがみついているうちに、いつしか倉庫のような、赤レンガ造りの大きな家の前で自動車は止まりました。
「ははあ、ここが奴らの巣窟だな」
 そう思って壮太が飛び降りるやいなや、壮太の背後から、破れ鐘のような声で叫ぶ者がいました。
「手を挙げろ! 動くとぶっ放すぞ!」
 壮太はびっくりして飛び上がりました。
振り返ってみると、いつの間に来たのか、五人の荒くれ男たちが拳銃を持って立っていました。
彼らは赤レンガの家の庭へ自動車が入った時、門のところにいたので、壮太を見つけてしまったのです。
「野郎、小賢しい真似をしやがったな。だがな、そんなことで俺様たちの隠れ家へ忍び込めると思うと、当てが外れるぞ」
 別の悪漢がそう言ってせせら笑いました。
その瞬間、壮太の体が逆に伸びたかと思うと、自慢の拳骨が一番頑丈そうな悪漢の顎を突き上げました。
「うーむ」と呻いて、反り返るように気絶する奴。「それ! やっちまえ!」と叫んで飛びかかってくる残りの悪漢たち。
「来やがれ! この畜生めら。外国人の手先になるなんて、日本人の面汚しだ。壮太様が地獄へ叩き込んでやる!」
 罵りながら、壮太は目の前にいた奴の襟首をいきなり掴むと、「やっ!」という掛け声と共に、二、三間(約四メートル)先へと放り投げました。
「野郎!」と掴みかかってくる次の相手には、組み付いたまま腰を低く落とします。
相手が体勢を崩して前のめりになったところを、自慢の拳骨で顎を突き上げました。
ところがその直後、壮太の背後に忍び寄った一人が、卑怯にも拳銃の柄で壮太の頭を殴りつけたのです。
「畜生!」と叫びましたが、そのまま壮太はバタリと倒れて気絶してしまいました。

C・C・D潜水艦

 謎を残したまま、夜が明けました。
明けてその日は、春田博士が長年の苦心研究の末に発明した、世界に誇る「C・C・D潜水艦」の秘密試運転が行われる当日でした。
昨夜、長男の龍介がメトラス博士に招待されたままホテルから行方不明になり、今もどこにいるのか分かりません。博士の心配は並々ならぬものでしたが、かといって秘密の試運転を延期するわけにはいきませんでした。
「試運転の準備が整いました!」という横須賀からの電話を受け、ついに博士は決心しました。文子に留守を頼むと、自動車で横須賀へと向かったのです。
横須賀に着くと、海軍からは山川少将をはじめ、そうそうたる将官たちが待ち構えていました。
「時間に遅れてしまい、申し訳ありません」と博士は山川少将に言いました。
「実は、龍介が昨夜から行方不明になっておりまして……」
「なに、龍介君が?」山川少将も驚いて目を見開きました。
話し合いながら博士たちがランチ(連絡船)に乗り込むと、船は波を蹴立てて沖へと進み出ました。
沖合には、駆逐艦に守られたC・C・D潜水艦が繋がれていました。
博士の乗った船が近づくと、駆逐艦では敬意を表し、甲板上に整列したラッパ手が国歌を朗々と吹き鳴らしました。
秘密の試運転だったため外国の武官は一人もおらず、近海三十浬(約五十五キロ)以内には、漁船一隻さえ見当たりません。
いよいよ試運転の時が来ました。
春田博士は山川少将と共に、機関兵と乗組員を伴って潜水艦へと乗り込みました。
「万歳――ッ!」という歓声が、駆逐艦や海軍のランチの上からわき起こります。
見よ! 今まさに世界的な発明、驚くべき潜水艦C・C・Dが動き出しました。この潜水艦が一隻あれば、どんな国と戦争しても簡単に勝つことができるのです。
潜水艦はしばらく海面に姿を見せたまま、静かに波を分けて走っていましたが、やがて徐々に潜航を始め、ついには水中に姿を消してしまいました。
駆逐艦やランチから見学していた将官たちは、時計を片手に、潜水艦がどこに現れるかと固唾をのんで待ち構えました。
十分――二十分――三十分。
「どうしたんだろう」一人が待ちきれない様子で言いました。
「何か間違いでも起きたのではないか」
 皆は次第に心配になり、やきもきし始めました。
ついに沈んでから一時間が経ちましたが、潜水艦はその姿を現しません。
その時でした。一台の灰色の怪しい飛行艇が、南の空から飛んでくるのが見えたのです。
「あ、なんだあの飛行艇は?」駆逐艦の将校が叫んでいる間に、怪飛行艇は隼のように突進してきて、あっという間に爆弾を投下しました。
爆弾は駆逐艦のすぐ近くに落ち、山のような水しぶきを上げて爆発しました。
「それ!」と駆逐艦でもすぐに戦闘準備を整え、高射砲で怪飛行艇を狙い撃ち始めました。

あっ墜落だ

 メトラス博士の部屋で、闇の中に激しい格闘を始めた龍介はどうなったのでしょうか。
混血の少年チャアリイを相手に、上になったり下になったりと組み合っていた龍介ですが、さらに三人の怪しい紳士たちに押さえつけられ、麻酔剤を嗅がされた末に、がんじがらめに縛られてこんこんと眠ってしまったのです。
それから何時間経ったことでしょう。
――ぶるるるるるる。
という騒々しい音にふと気がついてみると、龍介は狭い小さな部屋に、体を固く縛られたまま転がされていることに気づきました。
「畜生、とうとうやられたか!」龍介は口惜しそうに呟きながら、なんとか縛られた縄を解こうとしましたが、厳重な縄はびくともしません。
「一体ここはどこなんだ。

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