「気をつけてお行きよ」
お此の声も湿っぽく曇っていました。
その声を背中で聞きながら、お元は降ってきた小雨の中、庭先へと抜け出しました。
横手の木戸を内側から開けると、彼女の姿は闇の中へと消えていきました。
翌朝の近江屋は、お元の家出の騒ぎで大騒ぎになりました。主人夫婦も表向きは驚いた顔をして、人々と共に立ち回っていました。
しかし、その予定の筋書きとは別に、夫婦を本当の意味で震え上がらせた知らせがありました。四谷からそれほど遠くない、青山の権太原(ごんたはら)の夏草を枕にして、二人の若い男が倒れているという知らせです。
男の一人は近江屋の手代である義助、もう一人は越前屋の梅次郎でした。
義助は喉を締められており、梅次郎は短刀で脇腹を刺されていました。その短刀は、近江屋の土蔵にある質物を義助が持ち出したものでした。
死人に口なしで確かなことは分かりませんが、検視の役人たちの鑑定によれば、彼らはこの草原で格闘を始め、梅次郎が相手をねじ伏せて喉を締め上げたところ、義助も短刀を抜いて相手の脇腹を刺し、双方が必死に絞め、突き刺し合い、ついに相討ちになったのだろうということでした。
お元の家出と二人の死、その間に何らかの関係があるのかどうか、それも誰にも分かりませんでした。
もし関係があるのなら、お元と義助が示し合わせて家出をしたのを、梅次郎があとから追いかけて格闘になったのか。あるいはその反対に、お元と梅次郎が家出したのを、義助が追いかけていったのか。
彼らはなぜ戦ったのか。お元はどうしたのか。
それらの秘密は、誰にも知られることはありませんでした。
お元が江戸へ帰る途中、その袂に忍ばせている鼠を梅次郎と義助に見つけられて、ずいぶん困らされたという話がありました。ひょっとすると、その秘密を守る約束の代わりに、二人の若い男はお元に一種の報酬を求めたのかもしれません。
その男女の情愛のもつれがお元の家出に結びつき、こんな悲劇を生み出したのではないかと、七兵衛夫婦はひそかに想像しましたが、もちろん他人に口外できることではありませんでした。
二人の死骸を最初に見つけたのは、そこを通りかかった青山百人組の同心でした。その同心によれば、死骸の周りを一匹の灰色の小鼠が駆け回っていたとのことです。しかし、それはその辺りにいた野鼠が血の匂いを嗅ぎつけてやってきただけで、お元の鼠とは別種のものだったのでしょう。
お元の行方は、結局最後まで分かりませんでした。
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