初級翻訳・杜子春 第2話

杜子春

「いや、お金はもういりません」
「金はもういらない? ほう、では贅沢をするのにも、とうとう飽きてしまったというわけだな」
老人は疑わしそうな目つきをしながら、じっと杜子春の顔を見つめました。
「いいえ、贅沢に飽きたのではありません。人間というものに愛想が尽きたのです」
杜子春は不満そうな顔をしながら、ぶっきらぼうに言いました。
「それは面白いな。どうしてまた人間に愛想が尽きたのだ?」
「人間はみんな薄情です。私が大金持ちの時には、お世辞や追従を言ってくるくせに、一度貧乏になると見てください。優しい顔さえ見せてはくれません。そんなことを考えると、たとえもう一度大金持ちになったとしても、何の意味もないような気がするのです」
老人は杜子春の言葉を聞くと、急ににやにやと笑い出しました。
「そうか。いや、お前は若いのに感心なほどよく分かっているな。ではこれからは、貧乏をしても安らかに暮らしていくつもりか」
杜子春は少しためらいました。
しかし、すぐに決心したような目で顔を上げ、訴えるように老人の顔を見ながら言いました。
「それも、今の私にはできません。ですから私はあなたの弟子になって、仙術の修行をしたいと思うのです。いいえ、隠す必要はありません。あなたは徳の高い仙人でしょう。仙人でなければ、一夜のうちに私を天下第一の大金持ちにすることなどできないはずです。どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えてください」
老人は眉をひそめたまま、しばらく黙って何かを考えているようでしたが、やがてまたにっこりと笑いながら、
「いかにも、私は峨眉山(がびさん)に住んでいる、鉄冠子(てっかんし)という仙人だ。最初にお前の顔を見た時、どこか物分かりが良さそうだったから、二度も大金持ちにしてやったのだが、それほどまでに仙人になりたいのなら、弟子として引き受けてやろう」と、快く願いを聞き入れてくれました。
杜子春は、もう言葉にできないほど喜びました。
老人の言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼は大地に額をつけて、何度も鉄冠子にお辞儀をしました。
「いや、そうお礼などは言わなくていい。いくら私の弟子にしたところで、立派な仙人になれるかなれないかは、お前次第で決まることだからな。――が、ともかくもまず私と一緒に、峨眉山の奥へ来てみるといい。おお、幸運なことに、ここに竹杖が一本落ちている。では早速これに乗って、一飛びに空を渡るとしよう」
鉄冠子はそこに落ちていた青竹を一本拾い上げると、口の中で呪文を唱えながら、杜子春と一緒にその竹へ、まるで馬にでも乗るようにまたがりました。
すると、不思議なことが起こりました。
竹杖はたちまち竜のように勢いよく大空へ舞い上がり、晴れ渡った春の夕空を峨眉山の方角へ飛んでいったのです。
杜子春は肝を冷やしながら、恐る恐る下を見下ろしました。
しかし、下にはただ青い山々が夕明かりの中に浮かんでいるだけで、あの洛陽の都の西の門は、(もうとうの昔に霞の中に隠れてしまったのでしょう)どこを探しても見当たりません。
そのうちに鉄冠子は、白い髪を風になびかせながら、高らかに歌を歌い出しました。
朝には北の海で遊び、夕暮れには蒼梧(そうご)へ。袖に隠した青い蛇のように、度胸満点な杜子春。
三度も岳陽(がくよう)という場所に行ったけれど、誰も彼のことを見つけてはくれませんでした。
大きな声で歌いながら、洞庭湖(どうていこ)の上を飛んでいきました。

四

二人が乗った青竹は、あっという間に峨眉山(がびさん)に到着しました。
そこは深い谷に面した、広ーい一枚岩の上。すごく高い場所で、空に浮かぶ北斗七星が茶碗くらいの大きさに光って見えました。
もともと誰も住んでいない山なので、あたりはシーンと静まり返っています。聞こえるのは、すぐ後ろの断崖に生えている、くねくね曲がった一本の松が、夜風に「こうこう」と音を立てているだけです。

二人がこの岩の上にやってくると、鉄冠子(てっかんし)は杜子春を断崖の下に座らせて、こう言いました。
「俺はこれから天上に昇って、西王母(せいおうぼ)様にお会いしてくるから、お前はその間、ここで俺の帰りを待っているんだ。
きっと俺がいなくなると、いろんな悪いものが現れて、お前をだまそうとするだろう。でも、どんなことが起きても、絶対に声を出すんじゃないぞ。
もし一言でも口を利いたら、お前はもう二度と仙人になれないと思え。
いいか。
天と地がひっくり返っても、黙っているんだぞ」

「大丈夫です。
絶対に声なんか出しません。
命がなくなっても、黙っています」

「そうか。
それを聞いて、俺も安心した。
じゃあ、俺は行ってくるから」

老人は杜子春に別れを告げると、またあの竹の杖にまたがって、夜でも削ったように見える山々の空へ、まっすぐ消えていきました。

杜子春はたった一人、岩の上に座ったまま、静かに星を眺めていました。
すると、30分くらい経った頃でしょうか。深い山の夜の冷たい空気が薄い着物を通り抜けて肌寒く感じ始めた時、突然空中に声がして、「そこにいるのは誰だ!」と、叱りつけるではありませんか。
しかし、杜子春は仙人の教え通り、何も返事をしませんでした。

ところが、またしばらくすると、同じ声が響いてきて、「返事をしないと、すぐに命はないものと思え」といかめしく脅かしてくるのです。
杜子春は、もちろん黙っていました。

すると、どこから登ってきたのか、ギラギラと目を光らせた虎が一匹、突然岩の上に飛び乗ってきて、杜子春の姿を睨みながら、一声高く吠えました。
それだけでなく、そのすぐ後、頭上の松の枝が激しくざわざわと揺れたかと思うと、後ろの断崖のてっぺんからは、四斗樽(しとだる)くらいの大きさの白蛇が一匹、炎のような舌を出しながら、あっという間に近づいてくるのです。

杜子春はしかし、平然と、眉一つ動かさずに座っていました。
虎と蛇は、同じ獲物を狙っているのか、お互いに隙をうかがっているかのようでしたが、やがてどちらが先ともなく、同時に杜子春に飛びかかりました。
しかし、虎の牙に噛まれるか、蛇の舌に飲み込まれるか、杜子春の命はあっという間になくなってしまうと思ったその時、虎と蛇は霧のように、夜風と共に消え失せ、後にはただ、断崖の松が、さっきと同じように「こうこう」と枝を鳴らしているだけでした。

杜子春はほっと一息つきながら、次はどんなことが起こるかと、心待ちにしていました。
すると一陣の風が吹き起こり、墨のような黒い雲が一面を覆うと、薄紫の稲妻がにわかに闇を二つに裂き、激しい雷が鳴り出しました。
いや、雷だけではありません。
それと一緒に、滝のような雨も、いきなり「どうどう」と降り出したのです。

杜子春はこの天変地異の中でも、恐れることなく座っていました。
風の音、雨のしぶき、そして絶え間ない稲妻の光……。
しばらくは、さすがの峨眉山も、ひっくり返るかと思うほどの勢いでしたが、そのうちに耳をつんざくような大きな雷鳴が轟くと、空に渦巻いていた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭めがけて落ちかかってきました。
杜子春は思わず耳をふさぎ、一枚岩の上へひれ伏しました。

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