初級翻訳・鼻 第2話

芥川 竜之介

でも、そんな作戦にイラッとする気持ちよりも、内供さんがそこまでして鼻を短くしたいと願う気持ちの方が、お弟子さんの心に強く響いて、かわいそうに思わせたのでしょう。
お弟子さんは、内供さんの期待通り、口をすっぱくして、この方法を試すように熱心に勧め始めました。
そして、内供さん自身もまた、その期待通り、結局はお弟子さんの熱心なアドバイスに従うことになったのでした。
その方法というのは、ただ、お湯で鼻をゆでて、その鼻を他の人に踏ませる、という、とっても簡単なものだったんです。
お湯は、お寺のお風呂場で毎日沸かしているものが使われました。
そこで、お弟子さんは、指も入れられないくらい熱いお湯を、すぐにやかんに入れて、お風呂場から汲んできました。
でも、このやかんの中に直接鼻を入れると、熱い湯気に顔が当たって、やけどする心配がありました。
そこで、四角いお盆に穴をあけて、それをやかんのフタにして、その穴から鼻だけをお湯の中に入れることにしました。
鼻だけをこの熱いお湯の中につけても、なぜだか全然熱く感じないのです。
しばらくすると、お弟子さんが言いました。
「もう、ゆであがった頃でしょうねぇ。」
内供さんは苦笑いしました。
これだけ聞いたら、誰も「鼻の話だ」なんて気づかないだろうな、と思ったからです。
鼻は熱いお湯で蒸されて、まるでノミに刺されたみたいに、ムズムズと痒くなりました。
お弟子さんは、内供さんがお盆の穴から鼻を抜くと、まだ湯気が立っているその鼻を、両足にグッと力を入れながら、踏み始めました。
内供さんは横になって、鼻を床の上に伸ばしながら、お弟子さんの足が上へ下へと動くのを、目の前でじっと見ていました。
お弟子さんは、時々かわいそうそうな顔をして、内供さんのつるつる頭を見下ろしながら、こんなことを言いました。
「痛くはないでしょうかねぇ?」
「お医者さんは、しっかり踏めって言いましたからね。」
「だけど、痛くはないでしょうかねぇ?」
内供さんは首を振って、「痛くないよ」という気持ちを伝えようとしました。
ところが、鼻を踏まれているので、思うように首が動きません。
そこで、上目遣(うわめづか)いで、お弟子さんの足にひび割れができているのを眺めながら、ちょっと怒ったような声で、
「痛くなんかないってば!」
と答えました。
実際、鼻はムズムズ痒いところを踏まれるので、痛いというよりも、むしろ気持ちがいいくらいだったのです。
しばらく踏んでいると、やがて、粟(あわ)の粒みたいなものが、鼻にポツポツでき始めました。
例えるなら、毛をむしり取った小さな鳥を、そのまま丸焼きにしたような形です。
お弟子さんはこれを見ると、足を止めて、独り言のようにこう言いました。
「これをピンセットで抜くようにって言われたんでしたっけ。」
内供さんは、不満そうに頬を膨らませて、黙ってお弟子さんのされるがままにしていました。
もちろん、お弟子さんの親切がわからないわけではありません。
それは分かっていても、自分の鼻をまるで物みたいに扱われるのが、なんだか嫌な気持ちだったからです。
内供さんは、信用できないお医者さんの手術を受ける患者さんみたいな顔をして、しぶしぶお弟子さんが、鼻の毛穴からピンセットで脂(あぶら)を抜いていくのを眺めていました。
その脂は、鳥の羽の軸みたいな形をしていて、一センチくらいの長さで抜けるのでした。
やがてこれが全部終わると、お弟子さんは、ホッと一息ついたような顔をして、
「もう一度、これをゆでればいいんですよ。」
と言いました。
内供さんはやっぱり、眉間にしわを寄せたまま、不満そうな顔をして、お弟子さんの言う通りにされていました。
さて、二度目にゆでた鼻を出してみると、なるほど、今までになく短くなっています。
これなら、ごく普通の、ちょっとだけ曲がった鼻と、大して変わりはありません。
内供さんはその短くなった鼻をなでながら、お弟子さんが差し出してくれた鏡を、なんだか気まずそうに、おそるおそる覗き込んでみました。
鼻は――あのあごの下まで垂れ下がっていた鼻は、まるで嘘みたいにキュッと縮んで、今はほんの少し、上唇の上で、なんだか頼りなさそうに、かろうじて残っているだけでした。
ところどころまだらに赤くなっているのは、たぶん踏まれた時の跡でしょう。
こうなれば、もう誰も笑う人はいないに違いありません。
――鏡の中に映る内供さんの顔は、鏡の外にいる内供さんの顔を見て、満足そうに目をパチパチさせました。
しかし、その日はまだ一日中、鼻がまた長くなっちゃうんじゃないか、という不安が頭から離れませんでした。
そこで内供さんは、お経を読む時も、ご飯を食べる時も、暇さえあれば手を伸ばして、そーっと鼻の先に触ってみました。
でも、鼻は行儀よく唇の上に収まっているだけで、特別それより下にぶら下がってくる様子もありません。
それから一晩寝て、次の日の朝早くに目が覚めると、内供さんはまず、真っ先に自分の鼻をなでてみました。
鼻は、相変わらず短いままです。内供さまは、まるで何年も積んできたお経を書き写す功徳が実を結んだかのように、心が晴れ晴れしました。

ところが、二、三日経つと、内供さまは驚くべきことに気づいてしまいました。それは、ちょうど用事があって池の尾のお寺を訪ねてきた侍が、以前よりもずっと面白そうな顔をして、あまり話もせず、じろじろと内供さまの鼻ばかり見ていることでした。

それだけではありません。以前、内供さまの鼻をうっかりお粥の中に落としてしまったことのある中童子という小坊主は、講堂の外で内供さまとすれ違った時、最初は下を向いて笑いをこらえていましたが、とうとう我慢できなくなったようで、プッと吹き出してしまったのです。

お使いを頼まれた下働きの小坊主たちも、内供さまの顔を見ている間は真面目な顔をして聞いていても、内供さまが後ろを向くと、すぐにクスクス笑い出すのは、一度や二度ではありませんでした。

内供さまは、最初はこの状況を、自分の顔つきが変わったせいだと考えました。しかし、どう考えてもその理由だけでは説明がつかないような気がしました。もちろん、中童子や下働きの小坊主たちが笑う原因は、そこにあるはずです。けれども、同じように笑うにしても、鼻が長かった昔とは、笑い方がどこか違うのです。見慣れた長い鼻よりも、見慣れない短い鼻の方が、おかしみがあると言ってしまえばそれまでですが、そこにはまだ何か別の理由があるようでした。

「以前は、あんなにあからさまには笑わなかったのに。」

内供さまは、お経を唱えかけていたのをやめ、つるつるの頭をかしげながら、時々そうつぶやくことがありました。愛らしい内供さまは、そういった時にはいつも、ぼんやりと横にかかっている普賢菩薩の絵を眺めながら、鼻が長かった四、五日前のことを思い出しては、「まるで、落ちぶれた人が栄えていた昔を懐かしむように」と、ふさぎ込んでしまうのでした。

内供さまには、残念ながらこの疑問に答えるための、賢い考えが足りませんでした。人間の心には、互いに矛盾した二つの感情があります。もちろん、誰でも他人の不幸に同情しない者はいません。

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