初級翻訳・狼森と笊森、盗森 第2話

宮沢 賢治

そこでみんなは、子どもたちの手を引いて、森を出ようとしました。
すると森の奥の方から、狼たちが「悪く思わないでおくれ。栗だのキノコだの、うんとごちそうしたんだぞ」と叫ぶのが聞こえました。
みんなは家に帰ってから粟餅(あわもち)を作って、お礼として狼森に置いてきました。

春になりました。
子どもは十一人に増えていました。
馬も二匹やってきました。
畑には、草や腐った木の葉が、馬の肥料と一緒にすきこまれたので、粟(あわ)や稗(ひえ)はまっ青に力強く伸びました。
そして実もたくさんとれたのです。
秋の終わりのみんなの喜びようといったら、それはもう大変なものでした。

ところが、霜柱(しもばしら)が立つような冷たい朝のことです。
みんなは今年も野原を耕して、畑を広げようとしていたので、その朝も仕事に出ようとして農具を探したのですが、どこの家にも山刀も三本鍬も唐鍬も、ひとつもありませんでした。
みんなは一生懸命そこら中を探しましたが、どうしても見つかりませんでした。
それで仕方なく、めいめい好きな方向に向かって、一緒に大きな声で叫びました。
「おらの道具を知らないか!」
「知らないぞ!」と、森は一斉に答えました。
「探しに行くぞ!」と、みんなは叫びました。
「来いよ!」と、森は一斉に答えました。

みんなは今度は何も持たずに、ぞろぞろと森の方へ行きました。
まずは一番近い狼森に行きました。
するとすぐに狼が九匹出てきて、みんな真面目な顔をして、手をせわしなく振りながら言いました。
「ない、ない。決してない。外を探してなかったら、もう一遍おいで。」
みんなは、それもそうだなと思って、それから西の方にある「笊森(ざるもり)」へ行きました。
そしてだんだん森の奥へ入っていくと、一本の古いカシの木の下に、木の枝で編んだ大きな笊(ざる)が伏せてありました。
「こいつはどうも怪しいぞ。笊森の笊というのはもっともだが、中には何があるかわからない。一つ開けてみよう。」と言いながらそれを開けてみると、中にはなくなった農具が九つとも、ちゃんとはいっていました。
それだけではありません。真ん中には、黄金色の目をした、顔の真っ赤な山男が、あぐらをかいて座っていました。
そしてみんなを見ると、大きな口をあけて「バア!」と言いました。
子どもたちは叫んで逃げ出そうとしましたが、大人たちはびくともせずに、声をそろえて言いました。
「山男、これからいたずらをするのはやめてくれ。くれぐれも頼むぞ、これからいたずらはやめてくれ。」
山男は、とても恐縮したように頭をかきながら立っていました。
みんなはそれぞれ自分の農具を取って、森を出ようとしました。
すると森の中で、さっきの山男が「おらにも粟餅を持ってきてくれよ!」と叫んで、くるりと向こうを向き、手で頭を隠しながら、森のさらに奥へ走っていきました。
みんなは「あはは、あはは」と笑って、家へ帰りました。
そしてまた粟餅を作って、狼森と笊森に持って行って置いてきました。

次の年の夏になりました。
平らな場所はもうすっかり畑になりました。
家には木小屋がついたり、大きな納屋ができたりしました。
それから馬も三匹になりました。
その秋の収穫の時のみんなの喜びは、とても大きなものでした。今年こそは、どれだけ大きな粟餅(あわもち)を作っても大丈夫だ、とみんなは思っていました。
ところが、やっぱり不思議なことが起こりました。
霜が一面に降りたある朝、納屋にあったはずの粟が、すっかりなくなっていたのです。
みんなは気が気ではなく、一生懸命そのあたりを駆け回りましたが、どこを探しても粟は一粒も落ちていませんでした。
みんなはがっかりして、それぞれ好きな方向を向いて叫びました。
「おらの粟を知らないかあ!」
「知らないぞお!」森が一斉に答えました。
「探しに行くぞ!」とみんなは叫びました。
「来いよ!」と森が一斉に答えました。

みんなは、それぞれ好きな道具を持って、まずは手近な「狼森(おいのもり)」へ行きました。
九匹の狼たちは、もう外に出て待っていました。
そしてみんなの顔を見ると、フッと笑って言いました。
「今日も粟餅(の話)か。ここには粟なんか無い。無い、決して無い。ほかを探してもなかったら、またここへおいで。」

みんなは「それもそうだな」と思ってそこを引き上げ、今度は「笊森(ざるもり)」へ行きました。
すると、あの顔の赤い山男がもう森の入り口に出ていて、ニヤニヤ笑いながら言いました。
「粟餅だ、粟餅だ。おらは何も取っちゃいないよ。粟を探すなら、もっと北の方へ行ってみたらいいよ。」

そこでみんなは「それももっともだ」と思って、今度は北にある「黒坂森(くろさかもり)」へ行きました。このお話を私に聞かせてくれた森です。入り口でみんなは叫びました。
「粟を返しておくれ! 粟を返しておくれ!」
黒坂森は姿を見せず、声だけで答えました。
「私は明け方、真っ黒な大きな足が空を北へと飛んでいくのを見たぞ。もう少し北の方へ行って探してみろ。」
そして、粟餅のことについては一言も言いませんでした。
そして、その通りだっただろうと私も思います。なぜなら、この森が私にこの話をしてくれたあと、私は財布にあった銅貨を七銭すべてお礼として渡そうとしましたが、この森はなかなか受け取ろうとしなかったからです。それくらい、さっぱりとした気性なのです。

さて、みんなは黒坂森の言うことが正しいと思い、もう少し北へ進みました。
そこは、松の木が真っ黒に生い茂る「盗森(ぬすともり)」でした。
ですから、みんなも「名前からして、いかにも泥棒くさいな」と言いながら森へ入り、「さあ、粟を返せ! 粟を返せ!」と怒鳴りました。
すると森の奥から、腕の長い、真っ黒で大きな大きな男が出てきて、まるで裂けるような声で言いました。
「何だと! おれを泥棒だと? そう言うやつは、みんな叩き潰してやるぞ。そもそも、何の証拠があるんだ!」
「証人がある! 証人がある!」とみんなは答えました。
「誰だ! 畜生、そんなことを言うやつは誰だ!」と盗森は吠えました。
「黒坂森だ!」と、みんなも負けずに叫びました。
「あいつの言うことなんて、まったくあてにならん! ならん! ならんぞ、畜生!」と盗森は怒鳴りました。
みんなも「確かにそうかもな」と思ったり、怖くなったりして、お互いの顔を見合わせて逃げ出そうとしました。

その時、頭の上で「いやいや、それはならん」という、はっきりとした厳かな声が響きました。
見上げると、それは銀の冠をかぶった岩手山でした。
盗森の黒い男は、頭を抱えて地面に倒れ込みました。
岩手山は静かに言いました。
「盗みをしたのは、確かに盗森に違いない。私は明け方、東の空の光と西の月の光で、しっかりとそれを見届けた。だが、みんなももう帰っていいぞ。粟はきっと返させよう。だから、悪く思わずにおれ。そもそも盗森は、自分で粟餅を作ってみたくてたまらなかったのだ。それで粟を盗んできたのさ。はっはっは。」
そして岩手山は、またすまして空を向きました。
盗森の男は、もうそのあたりには見当たりませんでした。

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