木のうろから這い出た四つん這いの姿勢のまま、前方の怪しい宴会の様子をじっと見つめて、
「気持ちよさそうに、酔っているな」
とつぶやき、なんだか胸の奥底から、不思議な喜びが湧き上がってきました。
お酒飲みというものは、よその人たちが酔っているのを見ても、一種の喜びを感じるものらしいのです。
きっと利己主義者ではないのでしょう。
つまり、隣の家の幸せに対して乾杯をするような、博愛心に似たものを持っているのかもしれません。自分も酔いたいけれど、隣の人も一緒に楽しく酔ってくれたら、その喜びは二倍にも三倍にもなるような気がします。
お爺さんだって、それはよく分かっています。
目の前にいる、人なのか動物なのかも分からないあの巨大で赤い生き物が、「鬼」という恐ろしい種族であることは、直感で分かっていました。
あの虎の皮のふんどし一つを見ても、間違いありません。
しかし、その鬼たちは、今とても機嫌よく酔っぱらっています。
お爺さんも酔っぱらっています。
これでは、どうしたって「仲良くなれそうだな」という気持ちがわきあがってきてしまいます。
お爺さんは四つん這いの姿勢のまま、月明かりの下で行われている不思議な宴会をじっと眺めました。
「鬼」とは言っても、目の前の彼らは、悪いことをするような恐ろしい鬼ではありません。顔こそ赤くて怖いけれど、ひどく陽気で無邪気な鬼のようだ、とお爺さんは見抜きました。
お爺さんのこの判断は、だいたい当たっていました。
つまり、この鬼たちは、山奥に住む隠者と呼ぶべき、とても穏やかな性格の鬼なのです。
地獄にいるような怖い鬼とは、まったく別の種類なのでしょう。
だいいち、鉄棒のような物騒なものを持っていません。
これこそ、誰かを傷つけるような心を持っていないという証拠です。
ただし「隠者」とは言っても、昔の賢い人たちのように、溢れる知識を持て余して山に逃げ込んだようなわけではなく、この剣山の隠者たちは、とってもおバカさんなのです。
「仙人」という字は「山」に「人」と書くでしょう? だから、山に住んでいる人はみんな仙人と呼んでいい、なんていう単純すぎる理屈を聞いたことがありますが、もしその理屈に従うなら、この剣山の隠者たちも、どんなに頭が悪くても「仙人」という立派な名前をつけてあげてもいいのかもしれません。
とにかく、今月夜の宴会を楽しんでいるこの赤い巨大な生き物たちは、鬼と呼ぶよりは、隠者や仙人と呼ぶほうがぴったりな連中なのです。
彼らがおバカさんだということは言いましたが、その宴会の様子を見てください。意味もなく変な声を上げ、膝をたたいて大笑いしたり、立ち上がってやたらと跳ね回ったり、巨大な体を丸めて円陣の端から端までゴロゴロ転がっていったり……。それが踊りのつもりらしいのですから、知能のほどは推して知るべし、芸のなさと言ったらありません。
このことだけでも、「鬼才」だとか「文学の鬼」だなんていう言葉が、いかに見当違いであるかということが証明できる気がします。
こんなにおバカで芸もない奴らが、あらゆる芸術の神様であるなんて、私にはどうしても考えられません。
お爺さんも、この低能な踊りには呆れてしまいました。
ひとりでクスクス笑いながら、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげましょうか」
とつぶやきました。
踊りが大好きなお爺さん
すぐに飛び出して踊ったら
コブがフラフラゆれるので
とってもおかしい、おもしろい
お爺さんには、ほろ酔い加減の勇気があります。
それに、鬼たちに対して親近感も持っていますから、少しも怖がることなく円陣の真ん中に飛び込んで、自慢の阿波踊りを披露し、
「娘島田で年寄りやかつらじゃ
赤い襷に迷うも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い」
なんていう阿波の民謡を、いい声で歌い上げました。
鬼たちは、もう大喜びです。キャッキャッ、ケタケタと奇妙な声を上げて、よだれや涙を流しながら笑い転げています。
お爺さんはすっかり調子に乗って、
「大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり」
と、さらに一段と声を張り上げて歌い続け、いよいよ軽妙に踊り抜きました。
鬼たちたいそう喜んで
「月夜には必ずやってきて
踊りを踊って見せてくれ
その約束のしるしに
大事なものを預かろう」
と言い出しました。鬼たちは互いにヒソヒソと相談し合い、「あの頬っぺたのコブはテカテカ光っていて、とんでもない宝物に見えるぞ。あれを預かっておけば、きっとまた来てくれるに違いない」という、なんともおバカな考えで、いきなりコブをむしり取りました。
無知ではあるけれど、やはり長く山奥に住んでいるおかげで、何か仙術のような不思議な力を覚えていたのかもしれません。
何の苦労もなく、きれいにコブをむしり取ってしまったのです。
お爺さんはびっくりして、
「や、それは困りますよ。私の孫のようなものですから」
と言いましたが、鬼たちは得意げに「わっ」と歓声を上げました。
朝です、露の光る道
コブを取られたお爺さん
つまらなそうに頬をなで
お山を降りていきました
コブは孤独なお爺さんにとって、唯一の話し相手でしたから、それを取り上げられて、少しだけ寂しい気持ちです。
しかしまた、軽くなった頬を朝風が撫でていくのも、それほど悪い気分ではありませんでした。結局のところ、損も得もなし、まあ一長一短といったところかな。久しぶりに思う存分歌ったり踊ったりできたことだけが得だった、ということになるかな? そんなのんきなことを考えながら山を降りてくると、途中で畑へ向かう息子の聖人(せいと)とばったり出くわしました。
「おはようございます」
聖人は頬かむりを取って、まじめに朝の挨拶をします。
「いやあ……」
お爺さんは、ただ少し慌てて返事をするだけでした。
それだけで二人は左右に分かれて歩いていきました。お爺さんのコブが一晩のうちに消えてしまっているのを見てとった聖人は、さすがに内心少しびっくりしたのですが、親の容姿についてあれこれ批評めいたことを言うのは、聖人の道に反すると思い、気づかないふりをして黙って通り過ぎたのです。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいませ」
と落ち着いた声で言い、昨夜はどうしたのかといったことは一切聞かず、「お味噌汁が冷たくなってしまいましたね」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度を始めました。
「いや、冷たくてもいいさ。温め直さなくていいよ」
お爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につきました。お婆さんにお給仕してもらいながらごはんを食べていると、お爺さんは昨夜の不思議な出来事を話したくてたまらなくなります。しかし、お婆さんの威厳のある態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひっかかって何も言えません。うつむいて、少し寂しくごはんを食べていました。
「コブが、しなびたようですね」
お婆さんがぽつんと言いました。
「うむ」
お爺さんはもう、何も言いたくありませんでした。
「破れて、水が出たのでしょう」
お婆さんは何でもないことのように言って、澄ましています。
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