初級翻訳・お伽草紙 第10話

お伽草紙

この魚の掛け橋の尽きたところからまっすぐに降りて行くと、ちょうど竜宮の正殿の階段の前に着くのです。さあ、何をぼんやりしているのです。飛び降りますよ、いいですか」

亀はゆらゆらと沈んでいきました。浦島も気持ちを切り替えて両腕を広げ、魚の掛け橋の外へ一歩足を踏み出しました。すると、すうっと心地よく下に吸い込まれ、頬に微風を受けているような涼しさを感じます。あたりは緑の木陰のような色合いに包まれ、琴の音がいよいよ近くに聞こえてくるうちに、気づけば亀と並んで正殿の階段の前に立っていました。

階段といっても、段差がはっきりと分かれているわけではなく、灰色の鈍く光る小さな珠(たま)を敷き詰めた、なだらかな坂道のようになっています。

「これも真珠かい?」と浦島は小声で尋ねました。

亀はあきれたような目で浦島の顔を見て言います。
「何を見ても真珠ですか。真珠なら、さっき捨てられてあんなに高い山になっていたでしょう? まあ、ちょっとその珠を手にすくってみなさいよ」

浦島が言われた通りに両手で珠をすくおうとすると、ひやりと冷たい感触がしました。
「あ、あられだ!」
「冗談じゃないですよ。ついでにそれを口の中に入れてごらんなさい」

浦島は素直に従い、氷のように冷たい珠を五つ六つ口に放り込みました。
「うまい!」
「でしょう? これは海のサクランボですよ。これを食べると三百年間、年を取ることがないんです」
「そうか、いくつ食べても同じことか」
風流人の浦島も、ついしなやかな態度を忘れて、もっとすくって食べようと勢い込みました。
「私というものは、老いさらばえた姿が大嫌いでね。死ぬことはそれほど怖くないけれど、老醜だけは私の趣味に合わない。もっと食べてみようかな」

「笑っていらっしゃいますよ。上をごらんなさい。乙姫さまがお迎えに出ていらっしゃいます。やあ、今日はまた一段と美しいですね」

サクランボの坂の突き当たりに、青い薄布をまとった小柄な女性が、ほのかに笑いながら立っていました。薄い布越しに真っ白な肌が透けて見えます。浦島はあわてて視線をそらし、「乙姫か」と亀にささやきました。浦島の顔は真っ赤です。

「決まっているじゃありませんか。何をそんなにオドオドしているんです。さあ、早くご挨拶をなさい」

浦島はいよいよまごつき、「でも、何と言ったらいいんだい。私のような者が名乗りを上げたってどうにもならないし、そもそも私たちの訪問は唐突すぎるよ。意味がないよ。帰ろうよ」と、上流階級の宿命などどこへやら、乙姫の前ではすっかり卑屈になって逃げ出す準備を始めました。

「乙姫さまは、あなたのことなどとうにご存じですよ。『階前万里(かいぜんばんり)』というじゃありませんか。覚悟を決めて、ただ丁寧にお辞儀をしておけばいいのです。それに、たとえ乙姫さまがあなたのことを何も知らなかったとしても、あの御方は警戒なんてケチくさいことは一切知らない方ですから、何も気に病む必要はありません。遊びに来ましたよ、と言えばいいんです」
「まさか、そんな失礼なことはできない。ああ、笑っていらっしゃる。とにかく、お辞儀をしよう」

浦島は、両手が自分の足の先まで届くほど、丁寧にお辞儀をしました。亀はハラハラして言います。
「丁寧すぎる! いやになるね。あなたは私の恩人じゃないか。もう少し威厳のある態度を見せてくださいよ。へたへたと最敬礼なんかして、上品も何もないじゃないですか。ほら、乙姫さまがお招きですよ。行きましょう。さあ、ちゃんと胸を張って『俺は日本一の好男子で、最高の風流人だ』という顔をして、威張って歩くんです。あなたは私たちに対してはすごく高慢で偉そうな態度を取るくせに、女性相手になるととたんに意気地がないんですね」
「いやいや、高貴な方にはそれ相当の礼を尽くさなければ」

緊張のあまり声がかすれ、足がもつれて千鳥足で階段を上ります。見渡すと、そこは万畳敷(まんじょうじき)とでも言えるほど広い座敷になっていました。いや、座敷というよりは庭園と呼ぶほうが適切かもしれません。

どこから射してくるのか、木陰のような緑色の光に包まれて、もやのように霞んでいるその広大な場所には、やはりあられのような小粒の珠が敷き詰められ、ところどころに黒い岩がバラバラと転がっているだけで、他には何もありません。屋根はもちろん、柱一本さえなく、見渡す限り廃墟と言ってもいいほど荒涼とした大広場です。

よく見ると、それでも珠の隙間から、ちらほらと小さな紫色の花が顔を出しています。それがかえって淋しさを引き立てていて、これぞ「幽邃(ゆうすい)の極み」というものかもしれませんが、しかし、よくまあこんな心細い場所で生活できるものだと感嘆のため息が漏れました。浦島はあらためて気を引き締め、乙姫の顔をそっと盗み見ました。乙姫は無言のまま、くるりと後ろを向いて、ゆっくりと歩き出しました。その時、はじめて気がついたのですが、乙姫さまの後ろには、メダカよりもずっと小さな金色の魚たちが無数に集まり、ひらひらと泳いでいました。乙姫さまが歩くと、その動きに合わせて魚たちもついてくるので、まるで金色の雨がずっと乙姫さまの周りに降り注いでいるように見え、さすがにこの世のものとは思えないほど、神々しい雰囲気がただよっていました。

乙姫さまは身にまとっている薄い布をなびかせ、裸足で歩いています。よく見ると、その小さくて白い足は、地面に敷き詰められた小さな珠(たま)を、直接踏んではいませんでした。

足の裏と珠との間には、ほんのわずかな隙間があるのです。

あの足の裏は、生まれてから一度も、地面というものを踏んだことがないのかもしれません。生まれたばかりの赤ちゃんの足の裏のように、やわらかくてきれいなはずだ――そう思うと、飾り立てるようなものを何一つ身につけていない乙姫さまの姿が、ますます本物の気品にあふれ、奥ゆかしく感じられてきました。

「竜宮まで来てみて本当によかった」と、だんだんこの冒険に感謝したいような気持ちがわいてきて、うっとりと乙姫さまの後をついて歩いていると、

「どうです、悪くないでしょう?」

亀は浦島の耳元で小さくささやき、ヒレで浦島の横腹をちょこちょことくすぐりました。

「あ、ああ、なにさ」と、浦島はあわてて、「この花は、この紫色の花はきれいだね」と、別の話をしました。

「これですか」と亀はつまらなさそうに言いました。「これは海のサクランボの花ですよ。ちょっとスミレに似ていますね。この花びらを食べると、とろけるようにいい気分で酔えるんです。竜宮のお酒ですね。それから、あの岩のようなものは藻(も)ですよ。何万年も経っているので岩みたいにかたまっていますが、羊羹(ようかん)よりもやわらかいくらいです。あれは、陸のどんなごちそうよりもおいしいですよ。岩の種類によって、ひとつずつ味が違うんです。竜宮ではこの藻を食べて、花びらで酔っぱらって、のどが乾けばサクランボを口に含み、乙姫さまの奏でる琴の音にうっとりして、生きている花吹雪のような小魚たちの舞いを見て暮らしているんです。

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