初級翻訳・お伽草紙 第9話

お伽草紙

門だけじゃなく、乙姫様のお部屋にも屋根や壁はあるよ。けれど、それも乙姫様の尊厳を守るために作られたものであって、雨や露を防ぐためのものじゃない。」

「そんなものかな。」浦島はまだ納得がいかない顔で言いました。「その乙姫様の部屋というのはどこにあるんだい? 見渡す限り、まるで冥土のように寂しくて、木の一本、草の一本も見当たらないじゃないか。」

「本当に田舎者というのは困るね。でっかい建物や、ごてごてした飾りには口をあんぐり開けて驚くくせに、こういう奥深い美しさにはちっとも感心しない。浦島さん、あなたの上品さもあてにならないね。まあ、丹後の荒磯の風流人じゃ無理もないけれど。伝統の教養だなんて聞くと、冷や汗が出るよ。正統派の風流人なんてよく言ったものだ。こうして実際に来てみると、田舎者丸出しなんだから呆れてしまう。人真似ばかりの風流ごっこは、もうやめたほうがいい。」

亀の毒舌は、竜宮に着いてからなんだか一段と激しくなりました。浦島は心細くてたまりません。

「だって、何も見えないんだもの。」と、浦島はほとんど泣きそうな声で言いました。

「だから、足元に気をつけろと言っているじゃないか。この廊下はただの廊下じゃないんだ。魚の掛け橋だよ。よく気をつけて見てごらん。幾億という魚がびっしりと集まって、廊下の床のようになっているんだから。」

浦島はギョッとして、つま先立ちになりました。なるほど、さっきから足の裏がヌラヌラしていたわけです。見てみると、大小無数の魚たちが隙間もなく背中を並べて、身動きひとつせずじっとしていました。

「これはひどい。」浦島は急におっかなびっくり歩くようになり、「なんて悪い趣味だ。これが『簡素で奥深い美』かね。魚の背中を踏んづけて歩くなんて、野蛮極まりないじゃないか。第一、この魚たちに申し訳ないよ。こんな奇妙な風流は、私のような田舎者にはさっぱりわからないね。」

さっき「田舎者」と言われた鬱憤をここで晴らして、浦島は少しだけ胸がスッとしました。

「いいえ。」とその時、足元から細い声が聞こえました。「私たちはここに毎日集まって、乙姫様の琴の音に聞き惚れているのです。魚の掛け橋は風流のために作っているわけではありません。どうか気にせず、そのままお通りください。」

「そうですか。」浦島はひそかに苦笑して、「私はまた、これも竜宮の装飾の一つかと思っていましたよ。」と言いました。「それだけじゃないだろう。ひょっとしたら、この掛け橋も浦島の若旦那を歓迎するために、乙姫さまが特に魚たちに命じて……」

「あ、ちょっと待って」と浦島はあわてて、顔を真っ赤にしました。「まさか、そこまで自分はうぬぼれていないよ。でもね、お前がこれを廊下の床代わりだなんていい加減なことを言うから、私もつい、その、魚たちが踏まれて痛いんじゃないかと思ってさ」

「魚の世界に、床なんてものは必要ありません。これがまあ、陸の家にたとえるなら廊下の床にあたるかと思って、私はあんな説明をしただけで、決していい加減なことを言ったわけじゃない。なに、魚たちが痛いなんて思うものですか。海の底では、あなたの体だって紙一枚分くらいの重さしかないのですよ。なんだか、自分の体がふわふわ浮くような気がするでしょう?」

そう言われてみると、確かに体がふわふわするような感じがしないでもありません。浦島は、何度も亀からからかわれているような気がして、腹立たしくてたまりません。

「私はもう、何も信じる気がしなくなった。これだから冒険なんていうのは嫌なんだ。だまされたとしても、それを確かめる方法がないんだからね。ただもう、案内人の言うことに従っているしかない。これはこういうものだと言われたら、それでおしまいなんだから。本当に、冒険は人をだますものだ。琴の音だって、ちっとも聞こえてこないじゃないか」と、ついには八つ当たりを始めました。

亀は落ち着いた様子で言いました。

「あなたは陸の上の、平らな生活ばかりしているから、目標は東西南北のどこかにあるとばかり思っているのでしょう。しかし、海にはもう二つの方向がある。つまり、上と下です。あなたはさっきから、乙姫さまのいる場所を前方にばかり探している。そこにあなたの大きな間違いがあったわけだ。なぜ、あなたは頭上を見ないのです。また、足下を見ないのです。海の世界は浮いて漂っているものです。さっきの正門も、あの真珠の山だって、みんな少し浮いて動いているのですよ。あなた自身が上下左右にゆられているから、他のものが動いているのがわからないだけなのです。あなたはさっきからずいぶん前方へ進んだように思っているかもしれませんが、まあ、同じ位置ですね。かえって後ろへ下がっているかもしれません。今は潮の流れの関係で、どんどん後ろへ流されているんです。そうして、さっきから見ると、百尋(ひろ)くらいみんな一緒に上の方へ浮きました。まあ、とにかくこの魚の掛け橋をもう少し渡ってみましょう。ほら、魚の背中もだんだんまばらになってきたでしょう。足を踏み外さないように気をつけてくださいよ。もっとも、踏み外したってストンと落下する心配はありませんがね。なんせ、あなたも紙一枚の重さしかないんですから。つまり、この橋は途切れているのです。この廊下を渡っても前方には何もありません。しかし、足下を見てごらんなさい。おい、魚たちよ、少しどきなさい。若旦那が乙姫さまに会いに行くのだ。こいつらは、こうして竜宮城の本丸の屋根をなしているようなものです。海月(くらげ)のように漂う屋根、とでも言ったら、あなたたち風流人は喜びますかね?」

魚たちは、静かに音もなく左右に散っていきました。すると、かすかに琴の音が足下から聞こえてきます。日本の琴の音によく似ていますが、あれほど強くはなく、もっと柔らかく、はかなく、そして不思議なほど長く余韻が響いています。菊の露。薄衣(うすぎぬ)。夕空。砧(きぬた)。浮寝(うきね)。雉(きぎす)。どれとも違います。風流人の浦島にも何だか見当のつかない、可憐で頼りない、けれども陸上では決して聞くことのできない高貴で凄みのある音が、その底に流れているのです。

「不思議な曲ですね。あれは何という曲ですか」

亀も少し耳を澄まして聞いてから、「聖諦(せいてい)」と一言、答えました。

「せいてい?」

「神聖の『聖』に、あきらめの『諦』ですよ」

「ああ、そうか、聖諦……」とつぶやいて、浦島は初めて海の底の竜宮の生活に、自分たちの趣味とは段違いの崇高な何かを感じ取りました。確かに、自分のような上品さなんてあてになりません。「伝統の教養だ」「正統の風流だ」と自分が言うのを聞いて、亀が冷や汗をかくのも無理はない。自分の風流なんて、ただの物真似にすぎない。自分は田舎の山猿に違いない。

「これからは、お前の言うことは何でも信じるよ。聖諦……なるほどなあ」浦島は呆然と立ち尽くしたまま、なおもその不思議な聖諦の曲に耳を傾けました。

「さあ、ここから飛び降りますよ。危ないことはありません。こうして両腕を広げて一歩足を踏み出すと、ゆらゆらと気持ちよく落下します。

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