「あれは、鯛じゃないんだ。海の火事さ。ひどい煙だろう。あれだけの煙となると、そうだな、日本の国を二十個くらい寄せ集めたくらいの広大な場所が燃えているのと同じだ。」
「嘘をつくな。海の中で火が燃えるもんか。」
「浅はかだねえ、浅はかだ。水の中だって酸素があるんだから、火が燃えないわけはないだろう?」
「ごまかすな。それは無知な詭弁だよ。冗談はさておき、一体あのゴミのようなものは何なんだ。やっぱり鯛だろう? まさか、本当に火事だなんてことはあるまい。」
「いや、火事なんだよ。いいかい、陸の世界にある数え切れないほどの川が、昼も夜も休まずに海へ流れ込んでいるのに、それでも海の水は増えもせず減りもせず、いつも同じ量をちゃんと保っているのはどういうわけか、考えたことがあるかい? 海だって困るんだよ。あんなにジャブジャブと水を注ぎ込まれちゃあ、処理しきれなくてね。だから時々、あんな具合にして不用な水を焼き捨てているのさ。やあ、燃える燃える、大火事だ!」
「なに、ちっとも煙が広がっていないじゃないか。一体あれは何なんだ。さっきから少しも動かないところを見ると、魚の大群でもなさそうだ。意地悪な冗談なんか言わないで、教えておくれ。」
「それじゃあ教えてあげよう。あれはね、月の影法師だよ。」
「またからかっているんだろう?」
「いいえ。海の底には、陸の影法師は何も映らないけれど、天体の影法師は真上から光が落ちてくるから映るんだ。月の影法師だけでなく、星の影法師だって全部映るのさ。だから竜宮では、その影法師を頼りに暦を作り、四季を決めるんだよ。あの月の影法師は、まん丸より少し欠けているから、今日は十三夜かな?」
真面目な口調でそう言われると、浦島も「あるいはそうかもしれない」と思ったが、やはり何だか変な話だとも感じた。
それでも、見渡す限り薄緑色の、茫洋とした大空間の片隅に浮かぶかすかな黒い点。たとえそれが嘘だとしても「月の影法師」だと言われて眺めてみると、鯛の大群や火事だと思って見るよりも、風流人である浦島にとっては、はるかに趣があり、どこか懐かしさをかき立てられるものがあった。
そのうちに、あたりは異様に暗くなり、ゴーッというすさまじい音と共に烈風のようなものが押し寄せてきた。浦島はもう少しで亀の背中から転げ落ちるところだった。
「ちょっとまた目を閉じて。」と亀は厳粛な口調で言った。「ここはちょうど、竜宮の入り口になっているんだ。人間が海の底を探検しても、たいていここが海底のどん詰まりだと見極めて引き上げていくのさ。ここを越えて行くのは、人間ではあなたが最初で、最後になるかもしれないね。」
亀は、くるりとひっくり返ったように浦島には思えた。
ひっくり返ったまま、つまりお腹を上にした状態で泳いでいるのだ。浦島は亀の甲羅にぴったりくっついて、宙返りを半分しかけたような格好になりながらも、不思議とこぼれ落ちることはなかった。逆さまになってスッと亀と一緒に上の方へ進んでいくような、実に妙な錯覚を覚えた。
「目を開けてごらん。」と亀に言われた時には、もうそんな逆さまの感覚はなく、普通に亀の甲羅の上に座っていた。そして亀は、下へ下へと泳いでいる。
あたりは夜明けのような薄明かりで、足元にぼんやりと白いものが見える。なんだか山のようだ。塔が並んでいるようにも見えるが、塔にしてはあまりに巨大すぎる。
「あれは何だ。山か?」
「その通り。」
「竜宮の山か?」浦島は興奮で声がかすれていた。
「そうです。」亀はせっせと泳ぐ。
「真っ白じゃないか。雪が降っているのかしら。」
「さすがに高級な宿命を持っている人は、考えることも違うね。立派なものだ。海の底にも雪が降ると思っているんだからね。」
「しかし、海の底にも火事があるそうだし、」と浦島は先ほどの仕返しをするつもりで言い返した。「雪だって降るだろうさ。何せ、酸素があるんだから。」
「雪と酸素じゃあ、縁が遠すぎるね。縁があったとしても、せいぜい風と桶屋くらいの関係じゃないか。ばかばかしい。そんな屁理屈で私をやり込めようとしても無駄さ。まったく、上品なお方たちは洒落が下手だね。『雪はよいよい、帰りは恐い』なんてのはどうだい。あんまりうまくもないか。それでも酸素よりはマシだろう? 酸素、酸素なんて……なんだか『白粉(おしろい)』みたいで響きがよくないね。酸素はどうも、助からないよ。」
やはり、口喧嘩では亀にはかなわない浦島であった。浦島は苦笑しながら、「ところで、あの山は……」と言いかけました。すると亀はまたあざ笑うように言いました。
「『ところで』なんて、大きく出たじゃないか。ところで、あの山は雪が降っているわけじゃないんだよ。あれは真珠の山さ。」
「真珠だって?」浦島は驚きました。「いや、嘘だろう。たとえ真珠を十万粒、二十万粒積み重ねたって、あれほど高い山にはならないはずだ。」
「十万粒、二十万粒? そんなケチな数え方はやめてくれよ。竜宮では真珠を一粒二粒なんて、そんな細かい数え方はしないんだ。一山、二山と数えるのさ。一山でだいたい三百億粒くらいと言われているけれど、誰もそんなものいちいち数えたことはないね。それを百万山くらい積み重ねて、ようやくあれくらいの峰ができるんだ。真珠の捨て場には困っているくらいさ。もとをただせば、魚のフンだからね。」
そうこうしているうちに、竜宮の正門に着きました。意外に小さい門です。真珠の山のふもとで、ぼんやりと光を放ちながら、ちょこんと立っています。浦島は亀の甲羅から降りると、亀に案内されながら、腰をかがめてその正門をくぐりました。あたりは薄暗く、森の中のように静まり返っています。
「静かだね。恐ろしいほどだよ。ここは地獄じゃないだろうね。」
「しっかりしてくれよ、若旦那。」と亀はヒレで浦島の背中を叩きました。「王宮というものは、どこもこれくらい静かなものだよ。丹後の浜の大漁踊りみたいなバカ騒ぎを年中やっているのが竜宮だなんて、そんな陳腐な空想をしていたのかい? かわいそうな人だ。簡素で奥深いことこそ、あなたたち人間が言う『風流の極致』じゃないのかい。地獄だなんて、なんてあさましい。慣れてくると、この薄暗さが何とも言えずやわらかく、心を休めてくれるものなんだ。足元には気をつけてくれよ。滑って転んだらみっともないからね。おや、あなたはまだ草履を履いているのかい。脱ぎなさいよ、失礼だな。」
浦島は恥ずかしくなって、赤面しながら草履を脱ぎました。裸足で歩くと、足の裏がなんだかヌラヌラします。
「なんだい、この道は。気持ちが悪い。」
「道じゃないよ。ここは廊下さ。あなたはもう、竜宮城の中に入っているんだから。」
「そうなのかい?」浦島は驚いてあたりを見回しましたが、壁も柱も何もありません。薄暗がりが、ただゆらゆらと周囲に漂っているだけです。「竜宮には雨も降らなければ、雪も降らない。」と亀は、なんだか妙に慈悲深い口調で教えてくれました。「だから、陸の家のようにあんな窮屈な屋根や壁を作る必要はないのさ。」
「でも、門には屋根があったじゃないか。」
「あれは目印さ。
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