この山で生まれて三十何年かになるけれど、こんな……」
「まあ! あなたはもうそんな年なの? この前、私に十七歳だって教えたくせに、ひどいじゃないの。顔がシワシワで、腰も少し曲がっているのに十七歳だなんて変だと思っていたけれど、まさか二十歳も年をごまかしていたなんてね。それじゃああなたは四十歳近いんでしょう? まあ、ずいぶんねえ」
「いや、十七だ、十七! 十七なんだよ!」「俺がこうやって腰をかがめて歩いているのは、決して年のせいじゃないんだ。おなかが空いているから、自然にこんな格好になるんだよ。三十何年、なんて言ったのは、あれは俺の兄貴のことだよ。兄貴がいつも口癖のようにそう言うから、つい俺も、うっかりあんなことを口走ってしまったんだ。つまり、ちょっとうつったってわけさ。そういうことなんだよ、君。」
タヌキはパニックのあまり、思わず「君」なんて言葉を使ってしまいました。
「そうですか」とウサギは冷静に言いました。「でも、あなたにお兄さんがいるなんて、初めて聞きましたわ。あなたはいつか私に『俺は寂しいんだ、孤独なんだよ。親も兄弟もいない、この孤独の寂しさが、お前、わからんかね』なんておっしゃっていたじゃないの。あれはどういうわけなのですか?」
「そう、そうなんだよ」とタヌキは、自分でも何を言っているのかわからなくなり、「まったく世の中ってやつは、なかなか複雑なものだからねえ。そんなに単純にはいかないよ。兄がいたりいなかったりしてね」
「まるで意味がわからないわ」とウサギもさすがに呆れ果て、「めちゃくちゃね」
「うん、実はね、兄は一人いるんだ。これは言うのもつらいが、飲んだくれのならず者でね。俺はもう恥ずかしくて、面目なくて。生まれて三十何年間――いや、兄貴が生れて三十何年間というもの、この俺に迷惑をかけ通しなんだ」
「それもおかしいわね。十七歳の人が、どうして三十何年間も迷惑をかけられ続けているの?」
タヌキはもう聞こえないふりをしてこう言いました。
「世の中には、一口では言えないことが多いよ。今じゃもう、俺のほうから『あいつはいないものだ』と思って勘当したんだ。おや? 変だな、なんだか焦げ臭い。お前、何も感じないか?」
「いいえ、何も」
「そうかね」タヌキは、普段から臭いものを食べつけているので、鼻には自信がありません。不思議そうな顔をして首をひねり、「気のせいかなあ。あれあれ、何だか火が燃えているような、パチパチ、ボウボウっていう音がするじゃないか」
「それもそのはずよ。ここは、パチパチのボウボウ山だもの」
「嘘つけ! お前はさっき、ここはカチカチ山だって言ったじゃないか」
「そうよ。同じ山でも、場所によって名前が違うのよ。富士山の中腹にも小富士っていう山があるでしょう? 大室山だって長尾山だって、みんな富士山とつながっている山じゃないの。知らなかったの?」
「うん、知らなかったよ。そうかなあ、ここがパチパチのボウボウ山とはね。俺が三十何年間――いや、兄貴の話によれば、ここはただの裏山だったはずだが。いや、それにしても急に暖かくなってきたぞ。地震でも起きるんじゃないだろうか。なんだか今日は薄気味悪い日だ。やあ、これはひどく暑い! ぎゃあ! あちちちち! ひどい、あちちちち! 助けてくれ、柴が燃えてる! あちちちち!」
その翌日、タヌキは自分の穴の奥にこもって唸っていました。
「ああ、苦しい。いよいよ俺も死ぬかもしれない。思えば、俺ほど不幸せな男はいない。男前が少しばかり良く生まれてきたばかりに、女たちがかえって遠慮して近寄ってこないんだ。一体全体、上品に見える男ってのは損だよ。俺を女嫌いかと思っているのかもしれないな。なあに、俺だって決して聖人君子じゃない。女は好きさ。それなのに、女たちは俺を高潔な理想主義者だと思っているらしく、なかなか誘惑してくれない。こうなればいっそ、大声で叫んで走り回ってやりたいよ。俺は女が好きなんだ! あ、いてて、いてて。どうも、この火傷ってやつは始末が悪い。ズキズキ痛む。やっとタヌキ汁から逃れたかと思ったら、今度はわけのわからないボウボウ山なんてところに足を踏み込んだのが運の尽きだ。あの山はつまらねえ山だった。柴がボウボウ燃え上がるんだから、ひどい話だ。三十何年……」と言いかけて、あたりをギョロりと見回しました。「何を隠そう、俺は今年で三十七歳だ。へへん、悪いか? あと三年経てば四十だ。わかりきったことだ、理の当然というものさ。見ればわかるだろう? あいたたた。それにしても、俺が生まれてから三十七年間、あの裏山で遊んで育ってきたけれど、ついぞ一度だってあんな変な目に遭ったことはない。カチカチ山だの、ボウボウ山だの、名前からして妙にできている。はて、不思議だ」と、自分の頭を殴りつけて考え込んでしまいました。
その時、外で売り歩く行商人の声が聞こえてきました。
「仙金膏(せんきんこう)はいかがかな。火傷、切り傷、色黒に悩む方はいませんか」
タヌキは、火傷や切り傷よりも、「色黒」という言葉にハッとしました。
「おい、仙金膏!」
「へえ、どちらさまでしょうか」
「こっちだ、穴の奥だよ。色黒にも効くのかね?」
「それはもう、一日で真っ白になりますよ」
「ほほう!」と喜んで、穴の奥から這い出てきました。「や! お前は……ウサギ!」
「ええ、ウサギには違いありませんが、私は男の薬売りですよ」「ええ、もう三十何年も、こうやってこのあたりを売り歩いているんですよ」
「ふう……」とタヌキはため息をついて首をかしげました。「いやあ、世の中には似たようなウサギもいるもんだね。三十何年か、そうか、お前がねえ。……いや、歳月の話はやめよう。面白くもなんともないし、しつこいだけだ。まあ、そういうことさ」
タヌキはしどろもどろにごまかすと、「ところでさ、俺にその薬を少し分けてくれないか。実はちょっと、悩みがある身でね」
「おや、ひどい火傷ですねえ。これはよくありません。放っておいたら、命を落としますよ」
「いや、俺はもう死んでもいいんだ。こんな火傷なんてどうだっていい。それよりも俺は、今、その、容貌の……」
「何を言っているんですか! 生死の境目じゃないですか。やあ、背中が一番ひどいですね。一体全体、どうしたんですか、これは?」
「それがねえ」とタヌキは口をゆがめて言いました。「『パチパチのボウボウ山』なんていう、キザな名前の山に踏み込んじまったばかりにね。いやもう、とんだことになっちまって、驚いたよ」
ウサギは思わず、くすくすと笑ってしまいました。タヌキは、なぜウサギが笑ったのか分かりませんでしたが、とにかく自分も一緒に「あはは」と笑い出し、こう言いました。
「まったくねえ。馬鹿馬鹿しいったらありゃしないよ。お前にも忠告しておくけれど、あの山だけは行っちゃいけないぜ。最初は『カチカチ山』っていうのがあって、それからいよいよ『パチパチのボウボウ山』ってことになるんだが、あいつはいけない。ひどい目に遭っちまう。まあ、いい加減にカチカチ山あたりで勘弁して帰ってくるんだな。へたにボウボウ山なんかに踏み込んだが最後、こんなひどい始末さ。
コメント