初級翻訳・永日小品 第15話

夏目 漱石

すると、中国人が出てきて『よし』と言うので、もう取引は完了かと思いきや、蔵の前へ高さ一間(約1.8メートル)もあるような大きな樽を持ち出して、そこに水をどんどん汲み込ませるんです。
――いや、何のためだか私にはさっぱり分かりませんでした。
なにしろ大きな樽ですからね、水を張るのだって簡単なことじゃありません。
かれこれ半日もかかってしまいました。
それから何をするのかと思って見ていると、例の栗を俵からほどいて、どんどん樽の中へ放り込むんですよ。
――私もこれには本当に驚きましたが、中国人という奴は本当に油断のならない連中だと、後になってようやく気がついたんです。
栗を水の中に投げ込むとね、中身が詰まっている良い栗は普通に沈みますが、虫に食われた栗だけはみんな浮いてくるんです。
それを中国人の野郎、笊(ざる)でしゃくってね、『これはペケだ』と言って、俵の目方から全部引いてしまうんだからたまりません。
私は傍で見ていて、はらはらしてしまいました。
なにしろ七分通りも虫が入っていたのですから、もう弱り果てました。
大変な損害でさあ。
――虫に食われていたんですか?
腹立たしいので、みんな捨てて帰ってきました。
中国人のことですから、やっぱり知らん顔をして、また俵に詰め直して、たぶん本国へ送ったんでしょうね。
『それから、薩摩芋を買い込んだこともありましたよ。
一俵四円で、二千俵の契約でした。
ところが注文が来たのが月の半ば、十四日のことで、二十五日までにと期限を切られたものですから、どんなに骨を折ったって二千俵もの数を揃えるのは到底無理な話です。
どう考えても駄目だと思って、一度はお断りしました。
実を言うと、とても残念だったのですがね。
すると商館の番頭が言うには、『いや、契約書には二十五日とあるけれども、決してその通りに厳格には行わないから』と再三勧めるものですから、ついその気になりましてね。
――いや、芋は中国へ行くわけじゃありません。
アメリカ行きだったんですよ。」やっぱりアメリカにもサツマイモを食べるやつがいるらしいんですよ。不思議なこともあるもんで――で、さっそく買い付けに取り掛かりました。埼玉から川越の方をね。

口で言うのは「二千俵」なんて簡単ですが、いざ買い占めるとなると、これがなかなかの大仕事でして。それでもなんとか、二十八日過ぎに約束通りの俵を揃えて持っていくと――実にずる賢い奴がいましてね。契約書の中に、もし大幅に期限を過ぎた場合は、八千円の損害賠償を払うという項目があるんですよ。

ところが相手はその条項を悪用して、どうしても代金を支払おうとしないんです。もっとも、手付金として四千円は取っておきましたがね。そうこうしているうちに、先方は芋を船へ積み込んでしまったので、もうどうすることもできない状態になりました。あまりに腹が立ったので、千円の保証金を納めて「現物差し押さえ」を申請し、なんとか芋を取り押さえたんです。

ところが上には上がいるもので、先方は八千円の保証金を納めて、知らん顔で船を出してしまったんです。いよいよ裁判沙汰になりましたが、契約書にそんな項目が入れてある以上、どうしようもありません。私は裁判官の前で泣きましたよ。「芋はそのまま持っていかれ、裁判には負ける。こんなバカな話はない。少しは私の立場になって考えてみてください」とね。裁判官も腹の中では、だいぶ私に同情してくれていたようですが、法律の力じゃどうすることもできないものですからな。とうとう負けてしまいましたよ。

***

**行列**

ふと机から目を上げて、入り口の方を見ると、書斎の戸がいつの間にか半分開いていて、広い廊下が二尺(約60センチ)ほど見えている。

廊下の突き当たりは中国風の手すりで遮られ、その上にはガラス戸が立て切ってある。青い空からまっすぐに降り注ぐ太陽の光が、軒先を斜めに通り抜け、ガラスを通して縁側の手前だけを明るく染め、書斎の入り口までパッと暖かく照らした。しばらく日の当たる場所を見つめていると、目の奥に陽炎が揺らめいたように、春ののどかな気分が心に満ちてくる。

その時、この二尺ほどの隙間に、まるで空を踏んでいるかのように、手すりの高さほどの姿が現れた。赤地に白い唐草模様が浮き織りされた絹の紐を輪に結んで、額から髪の上へすっぽりとはめ込み、その間に海棠(かいどう)の花と思われるものを、青い葉ごとぐるりと挿している。黒髪の中に、薄紅色のつぼみが大きな雫のようにくっきりと見えた。引き締まったあごの真下からは、紫色の布が一ひだになって、裾までふわふわと揺れている。袖も手も足も見えない。その影は、廊下に落ちた日差しを、するりと抜けるように通り過ぎた。

後から――
今度は少し背が低い。真紅の厚手の織物を頭のてっぺんから肩先まで被り、背中には斜めに交差した笹の葉の模様を背負っている。胴のあたりに、消炭色(けしずみいろ)の中にポツンと残された緑色が見える。それほど笹の模様は大きかった。廊下に置く足よりも大きかった。その足が赤くちらちらと三歩ほど動くと、背の低いその影は、戸口の幅を音もなく通り過ぎた。

三番目の頭巾は、白と藍色の弁慶格子(チェック柄)だ。眉のあたりから見える横顔は丸く膨らんでいる。その片頬の真ん中が、熟したリンゴのように赤い。茶褐色の眉毛の下が急に落ち込んでいて、そこから丸い鼻が膨らんだ頬を少し乗り越して、先だけ顔の外へ出ている。顔から下は一面、黄色い縞模様で包まれている。長い袖を三寸(約9センチ)ほども縁側に引きずっていた。これは頭より高い胡麻竹(ごまだけ)の杖をついて歩いてきた。杖の先には光を帯びた鳥の羽をふさふさと飾り、照る日に輝かせている。縁側に引きずる黄色い縞の、袖のような裏地が銀色に光ったと思ったら、それも通り過ぎた。

すると、すぐ後から真っ白な顔が現れた。額から始まり、平たい頬を塗りつぶし、あごから耳の付け根まで続いていて、壁のように静かだ。その中に目だけが生きている。唇は紅を重ねて塗り、青い光線を反射していた。胸のあたりは鳩の羽のような色に見え、下は裾まで視線を乱すような模様の中で、小さなヴァイオリンを抱えて、長い弓を厳かに担いでいる。二歩で通り過ぎた背中には、黒い繻子(しゅす)の四角い布が当てられ、その真ん中の金糸の刺繍が、一瞬、日に当たって浮き上がった。

最後に出てきたものは、本当に小さい。手すりの下から転げ落ちそうなくらいだ。けれども、大きな顔をしている。その中でも頭は特に大きい。それには五色の冠をかぶって現れた。冠の中央にある飾りが、高くそびえているように見える。身には「井」の字の模様がある筒袖(つつそで)を着て、藤鼠色(ふじねずみいろ)の天鵞絨(ビロード)の房を垂らし、背中から腰の下まで三角に垂れ下げて、赤い足袋を履いていた。手に持った朝鮮の団扇(うちわ)は、自分の体の半分ほどもある。団扇には赤と青と黄色で、巴(ともえ)の模様が漆で描かれていた。

行列は静かに自分の前を通り過ぎていった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました