その声はとても遠くから響いてくるのに、不思議とすぐそばで聞こえるようにハッキリとしています。
――お母さんは、五年前にもう亡くなっています。
豊三郎はハッとして、視線を動かしました。
すると、さっきまで見ていたキリの木の先が、また目に入ってきました。
伸びようとしていた枝が、ある場所でバッサリと切り詰められているので、枝の付け根はこぶのように盛り上がって、見ていて窮屈そうなほど力が入っています。
豊三郎はまた急に、机の前にぐっと押しつけられたような気分になりました。
キリの木を通り越して、垣根の外を見下ろすと、古びた長屋が三、四軒並んでいます。
中身の綿が飛び出した布団が、遠慮もなしに秋の日差しを浴びています。
そのそばに五十歳くらいの婆さんが立って、キリの木の先をじっと見ていました。
ところどころ縞模様が消えかかっている着物の上に、細い帯を一本巻いただけの姿で、薄い髪を大きな櫛のまわりに巻きつけ、ぼんやりと、枝の隙間からキリの木の上の方を見上げたまま立ち尽くしています。
豊三郎は婆さんの顔を見ました。
その顔は青白く、むくんでいます。
婆さんは腫れぼったい瞼の奥から細い目を出して、まぶしそうに豊三郎を見上げました。
豊三郎は急いで視線を机の上に戻しました。
三日目になって、豊三郎は花屋へ行って菊を買ってきました。
故郷の庭に咲いているような菊がいいと思って探したのですが、見つかりません。仕方なく花屋が選んでくれたものを、そのまま三本ほど藁で束ねてもらい、徳利のような形の花瓶に活けました。
荷物の底から、帆足万里(ほあしばんり)という人が書いた小さな掛け軸を出して、壁に掛けました。
これは去年、故郷へ帰ったときに、部屋を飾ろうと思ってわざわざ持ってきたものです。
それから豊三郎は座布団の上に座って、しばらく掛け軸と花を眺めていました。
その時、窓の外の長屋の方から「豊々(とよとよ)」と呼ぶ声がしました。
その声の調子といい、音色といい、優しい故郷のお母さんの声と少しも変わりません。
豊三郎は勢いよく窓の障子をガラリと開けました。
すると昨日見た、顔のむくんだ婆さんが、沈みかける秋の日差しを額に受けて、十二、三歳くらいの鼻を垂らした男の子を手招きしていました。
障子を開ける音と同時に、婆さんは例のむくんだ目をくるりと返して、下から豊三郎を見上げました。
金
まるで、過激な事件ばかりを集めた新聞の三面記事を、そのまま写真に撮って引き伸ばしたような小説を、立て続けに五、六冊読んだら、すっかり嫌気がさしてしまいました。
ご飯を食べていても、世の中の暮らしの苦しさが、ご飯と一緒に胃の中まで押し寄せてくるようでたまりません。
お腹が張ると、なんだか追い詰められたような気持ちになって、本当に苦しいのです。
そこで帽子をかぶって、空谷子(くうこくし)の所へ行くことにしました。
この空谷子というのは、こんな時に話を聞いてもらうのにぴったりな、哲学者みたいでもあり、占い師みたいでもある、ちょっと変わった男です。
「果てしない宇宙のどこかには、地球よりも大きな火事が起きている場所があるんだ。その火事のニュースが俺たちの目に届くには、百年もかかるんだからなあ」なんて言って、神田の火事をちっとも大したことじゃないように言う男です。
もっとも、神田の火事で空谷子の家が焼けなかったのは確かな事実です。
空谷子は小さな角火鉢にもたれかかって、真鍮(しんちゅう)の火箸で灰の上に、せっせと何かを書いていました。
「どうだい、相変わらず考え込んでいるのかい?」と声をかけると、いかにも面倒くさそうな顔つきをして、「うん、今、金のことについて少し考えているところなんだ」と答えました。
せっかく空谷子の所に来たのに、また金の話なんて聞かされてはたまりません。私は黙り込んでしまいました。
すると空谷子が、まるで大発見でもしたかのような顔でこう言いました。
「金というのは魔物だね」
空谷子の言うことにしては、いかにもありきたりな言葉だと思ったので、「そうかね」とだけ言って、相手にしないでおきました。
空谷子は火鉢の灰の中に大きな丸を描いて、「君、ここに金があるとするぜ」と言い、丸の真ん中をツンと突きました。
「これが何にでも姿を変えるんだ。服にもなれば、食べ物にもなる。電車にもなれば、宿屋にもなる」
「くだらないな。そんなこと、分かりきってるじゃないか」
「いや、分かりきってはいない。この丸がね」と言って、また大きな丸を描きました。
「この丸が善人にもなれば、悪人にもなる。極楽へも行くし、地獄へも行く。あまりに融通が利きすぎるんだよ。まだ文明が未発達だから困るんだ。人類がもう少し賢くなれば、金の使い道にルールを作るようになるのは目に見えているんだがね」
「どうして?」
「どうしてだって、例えばだよ――金を五つの色に分けて、赤い金、青い金、白い金などと決めてしまうのもいいだろう」
「そうして、どうするんだい?」
「どうするって、いいかい。赤い金は赤いエリアの中だけで使えるようにする。白い金は白いエリアの中だけで使うことにするんだ」もし、決まったエリアの外へ出てしまったら、ただの瓦の破片みたいに何の価値もなくなるようにして、お金の使い道に制限をつけるのさ」
もし空谷子が初対面の人で、会っていきなりこんな話を始めたら、僕は彼のことを「頭のどこかが少しおかしい議論好きな人だ」と思ったかもしれません。
でも空谷子は、地球より大きな火事を想像するような男ですから、安心してその理由を聞いてみました。
空谷子の答えはこうでした。
「お金というのは、ある見方をすれば『働いたことのしるし』だろう。
ところが、その『働き』にはいろいろな種類があるのに、同じお金で何でも買えるようにしているから、あれこれと混ざり合って大変な間違いが起きるんだ。
例えば、僕がここで石炭を一万トン掘ったとするだろう。
その働きは、機械的な力仕事にすぎないんだから、それを金に換えたとしても、その金は同じような機械的な力仕事と交換する資格があるだけじゃないか。
それなのに、ひとたび機械的な働きがお金に変わってしまうと、急に不思議な力が宿って、道徳的な価値のあるものとどんどん交換できるようになってしまう。
そうして、勝手気ままに精神の世界までかき乱されてしまうんだ。
こんなの、不都合だらけの魔物じゃないか。
だから色分けをして、お金にも自分の分をわきまえさせなきゃいけないんだよ」
僕はその「色分け説」に賛成しました。
それからしばらくして、空谷子に尋ねてみました。
「機械的な働きでお金をもらって、それで道徳的な価値があるものを買い取るのも悪いけれど、買い取られる側もいい気持ちはしないだろうね」
「そうだな。
今みたいな、何でもできてしまう万能なお金を見ると、神様だって人間に降参するしかないから仕方がないかもしれないな。
現代の神様は、ちょっと野蛮だからね」
僕は空谷子と、そんなお金にもならないような話をして帰りました。
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