生徒らは思いのほかな話し手の態度に魅せられ、珍しく面白い話に引き込まれて、いつとはなしに鳴りを静めていました。
話が済んだときに先生は、
「今日は男の子のほうはみんなよく話したのに、女の子はひとりも出なかったから負けのはずだったが、今の(おけいちゃん)の話ひとつで女の子のほうが勝ちになった。先生は感心してしまった」
と言いました。
女の子たちは思わずニコニコしました。おけいちゃんもさっと顔を赤らめて、うつむき加減に自分の席へ帰っていくのを、私は嬉しいような、嫉妬(やきもち)のような不思議な気持ちで見送りました。
あの話は、おけいちゃんにさせるんじゃなかったな。
四十八
冬の夜の遊びは、しみじみと心に染みて楽しいものです。
おけいちゃんは手をかじかませてやってきて、部屋に入るやいなや火鉢にかじりつきます。
伯母さんは、この可愛いお客様のために毎晩山盛りに炭をついでおいてくれることになっていました。
おけいちゃんが寒そうに肩をすぼめて、しばらく火鉢の上に乗っかるようにしているのを、私は待ちきれなくて、おさげの髪を引っ張ったり、お稚児さんの輪の中に指をつっこんだりします。
すると、おけいちゃんも負けず嫌いなので、むきになって泣き出したりすることもありました。
そうなると、こちらは一も二もなく降参して、ひたすら謝り倒してしまいます。
泣きじゃくっている耳元へ口を寄せて、
「堪忍して、堪忍して」
と言っても、首を振ってなかなか聞いてくれません。
それでも、ひと泣きしてしまえば、
「もういいのよ」
とからりと機嫌を直して、恨めしそうでもあり、どこか寂しげな笑顔を見せるのです。
そんなとき、私はそのほんのりと赤い瞼から涙を拭いてやることもありました。
おけいちゃんは、泣きまねがとても上手でした。
つまらないことを二言三言い合っているうちに、急にぷりぷりしたと思ったら、いきなり私の膝に顔を隠して、おいおいと泣くのです。
私はその重たい温もりを感じながら、簪を抜いてみたり、くすぐってみたり、手を替え品を替えて機嫌を直そうとすればするほど泣き立てるので、こちらに非はないと思いながらも、一生懸命に詫びるのです。
すると、さんざん手こずらせておいてから、不意に顔を上げてべろっと舌を出し、「ああいい気味だ」と言わんばかりに得意げに笑いこけるのでした。
すべすべした細い舌でした。
あまりに何度もその手に乗せられるので、しまいには本泣きか嘘泣きかを、額に出る癇癪筋の有無で見分けることを覚えました。
また、睨めっこが得意で、いつも私を負かしました。
おけいちゃんの顔は自由自在に動いて、勝手気ままな表情が作れるのです。
「あんがりめ、さんがりめ」なんて言いながら、両手で目玉をゴムみたいに伸び縮みさせたりします。
私はその睨めっこが大好きではありませんでした。
それは自分が負けるからではなくて、おけいちゃんの整った顔が白目をむいたり、口を大きく歪めたりして、見るも無残な顔になるのが、心底情けなかったからです。
そんなふうに過ごしているうちに、いつのまにか私は、お犬様や丑紅の牛と同じように、おけいちゃんまで自分のものみたいに思うようになり、その身に降りかかる褒め言葉や悪口、幸不幸な出来事のすべてが、そのまま自分の胸にひしひしと響くようになりました。
私はおけいちゃんを綺麗な子だと思い始めました。
それがどんなに得意な気持ちだったことでしょう。
しかし、それと同時に、自分自身の容貌が、かつて思いもよらなかったつらい重荷となってきました。
自分ももっともっと綺麗な子になって、おけいちゃんの心を引きたい。
そうして二人だけが仲良しになって、いつまでも一緒に遊んでいたい。
私はそんなことを考え始めました。
ある晩、私たちは肘掛け窓のところに並んで、百日紅(さるすべり)の葉越しに差し込む月の光を浴びながら歌を歌っていました。
そのとき、なにげなく窓から垂れている自分の腕を見たところ、我ながら見とれるほど美しく、透き通るように蒼白く見えたのです。
それはお月様のほんの一時のいたずらでしたが、「もしこれが本当ならば」と頼もしいような気がして、
「ほら、こんなに綺麗に見えるよ」
と言って、おけいちゃんの前に腕を差し出しました。
「まあ」
そう言いながら、恋人は袖をまくって、
「あたしだって」
と言って見せました。
しなやかな腕が、蝋石みたいに白く見えます。
二人はそれを不思議がって、二の腕から脛(すね)、脛から胸と、ひやひやする夜気に肌をさらしながら、時の経つのも忘れて感嘆し合いました。
四十九
そのころ、西隣へ縫箔(刺しゅう)を内職にする家が引っ越してきて、そこの息子の富公という子が新たに同級生になりました。
彼は勉強がさっぱりできない子でしたが、口が達者なことと、年が二つも上で力が強いために、たちまちクラスのガキ大将になりました。
そのため、自然と私はこれまでのようには威張ることができなくなったばかりか、体面上そうそう頭を下げていくこともできず、ひとり仲間外れのような形になってしまいました。
彼は近所に友達がいないもので、学校から帰ると私を誘いに来て、裏で遊ぶのです。
私は彼をあまり好いておらず、おけいちゃんと遊びたいという気持ちが山々だったので、少しも気が進みませんでしたが、反感を買うのを恐れて、仕方なしにつき合っていました。
もともとおてんばが好きなおけいちゃんは、私たちの遊びを垣根越しに面白そうに見ていましたが、ついには自分も出てきて、見よう見まねで縄跳びや箍(たが)回しなどをやるようになりました。
如才ない富公は、
「お嬢さん、お嬢さん」
と機嫌をとって、逆立ちをしたり、宙返りをしたり、いろんな芸当を見せてあげます。
そんなことが大好きな女の子のおけいちゃんは、
「富ちゃん、富ちゃん」
と、彼の後ばかり追って歩くようになったのです。伯母さん一人の手で育てられ、おけいちゃんとばかり遊んでいた私は、修行が足りず、あんな離れ業(さかだちや宙返り)はとてもできません。器量の悪い自分が、富公という男の子にこの小さな女王の寵愛を独り占めされているのを、指をくわえて見ているよりほかありませんでした。
おけいちゃんは夜に家へ来ても富公の話ばかりして、私が機嫌を取るために持ち出す絵本や草双紙(読み物)など、見向きもしません。
三人で遊んでいる時にも、富公がいい気になって私のことを「下手くそ」「意気地なし」などと言えば、おけいちゃんまで一緒になって馬鹿にするのです。
さかだちも宙返りもできない芸なしの自分を育てた伯母さんが、今さら恨めしくてなりません。
そんなわけで、私は富公がいやでならないのをじっと我慢して逆らわずにいましたが、その堪忍袋の緒もついに切れました。ある時、あまりにひどいことを言うので、むっとして言い返したら、彼はさんざん口汚く罵ったあげく、おけいちゃんに耳打ちをして、意味ありげに私を横目で見ながら、
「あばよ、しばよ(さようなら)」
と言ってさっさと帰りかけました。
それをおけいちゃんまでが真似をして、
「あばよ、しばよ」
と言いながら、ひらひらと彼について行ってしまいました。
自分の家へ連れて行ったに違いありません。
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