初級翻訳・銀の匙 第20話

中 勘助

おけいちゃんは、誰が自分を助けてくれているのかも分からず、悔しそうにしゃくりあげながらされるがままになっていました。しかし、ようやく涙を止めて「一体誰かしら?」というように袖の陰から顔を覗かせたとき、とても嬉しそうにニッコリと笑いました。

長いまつ毛が濡れて、その大きな瞳は美しく輝いていました。
その出来事以来、二人の友情は、今にも咲こうと香りを放つ牡丹の蕾が、蝶の羽風に触れただけでほころぶように、次第に打ち解けあい、結びつくようになりました。

四十四

私たちは学校から帰ると、予習や復習もそこそこに、思い出のたくさん詰まった裏の畑へ飛び出していきました。
私が早いときは、おけいちゃんが一人で石蹴りや縄跳びをして「まだかな、まだかな」と待っています。逆におけいちゃんが先に来ているときは、私に見せつけるように、赤と青の毛糸で綺麗に包まれた手鞠をポンポンとついています。

顔を合わせれば、なにより先にジャンケンです。おけいちゃんは負けると、じれったそうに肩をすくめる癖がありました。

「おねんじょさま、およねじょ十よ」
「おねんじょさま、およねじょ二十よ」

私は鞠つきが得意なので、なかなか落としません。おけいちゃんは待ちきれなくなって、縄の切れ端を投げつけてきたり、棒切れを突き出したりして、わざと私に鞠を落とさせようとします。

「おねんじょさま、およねじょ十よ」
「おねんじょさま、およねじょ二十よ」

おけいちゃんは、火照った顔を鞠と一緒に上下させながら、一生懸命に回ります。そのたびに、ふさふさしたおさげ髪が肩にまつわりつき、二つの足先が追いかけっこをする子ネズミのようにくるくると動きます。負けまいとして、鞠を脇で押さえたり、胸に抱えたりして、よろよろになりながらも遊びを続けます。

「ほうほけきょや鶯や、うぐひすや、たまたま都へのぼるとて、のぼるとて、梅の小枝に昼寝して、赤坂奴の夢をみた、枕のしたから文がでた、お千代に恋との文がでた……」

着物の裾を引きずるのも忘れて、夢中になって鞠をつきます。ウサギが戯れるように、左右の手が鞠の上でぴょんぴょんと躍り、丸く開いた唇の奥から、ピヤピヤとした声が転がり出てきます。その美しい声で歌われた無邪気な謡は、今もなお、私の耳に懐かしい余韻を残しています。

夕日が原の向こうに沈み、そのあとに月がゆらゆらと昇り始めると、花畑の葉に隠れていた小さな蛾が、灰白色の羽を震わせてヒラヒラと舞い上がります。少林寺の槙の木には烏が群がって枝を争い、庭の珊瑚樹では雀たちがチュンチュンと鳴いています。そんなとき、私たちはようやく黄色みを帯びていくお月様を見上げて、ウサギの歌を歌います。

「うーさぎうさぎ、なによみてはねる、十五夜お月さまみてはーねる。ぴょん、ぴょん、ぴょん」

二人は曲げた膝に手をのせ、腰をかがめて跳ね回ります。遊び疲れた足は、二つ三つ跳ねるうちに弾力を失い、思わず尻餅をついてしまいますが、それがおかしくて、また二人で笑い転げます。

そうして二人とも、家から呼ばれるまでは何もかも忘れて遊びにふけっていますが、聞き分けの良いおけいちゃんは、どんなときでも「お嬢様、もうお帰りあそばせ」と呼ばれれば、「はい」と素直に返事をして、帰りたくない素振りを見せながらも、さっさと帰っていくのでした。

別れるときには、明日の遊びを約束するために小指を絡めあい、指が抜けてしまいそうなほど強く「指切り」をしました。もし嘘をついたらこの指が腐ってしまう、という言い伝えを「そんなことあるわけない」と思いつつも、どこか恐ろしいような気分になったものです。

四十五

そうして日増しに心の隔たりがなくなっていくにつれて、負けず嫌いの私と、悔しがり屋のおけいちゃんとの間には、ときどき他愛もないケンカが起こるようになりました。
ある日、私たちはいつものように裏庭で鞠をついていましたが、あいにく続けようとすればするほどおけいちゃんの方が負けてしまうので、最後には「ずるい!」などと文句を言い出し、泣きながら両方の袖でポンポンと私を叩いてきたのです。その拍子に、袂(たもと)に入っていたお手玉がぱらぱらと地面へこぼれ落ちました。
おけいちゃんはそれを拾おうともせず、
「もうあなたなんぞと遊ばない!」
と言って顔をおさえています。
そうして、私がわけもわからず謝るのも聞かずに、どこかへ行ってしまいました。
置き去りにされた私は、あとさきのことも考えずにお手玉を拾い集めて持って帰りましたが、今度はそれがまた苦労の種になりました。もしおけいちゃんが悔しまぎれに「私がお手玉を盗った」なんて言ったらどうしよう、いっそ元の場所へ置いてこようかしら、明日の学校で机の中にこっそり入れておいてあげようかしら、などとあちらこちらと思案をめぐらせました。
ですが、とにかく人の物を持ってきて自分の引き出しに入れているのが、気になって仕方ありません。
そうして不安な一夜を明かしました。
明くる朝、なんだか顔を合わせるのが怖いような、かといって合わせないのも心配なような気持ちで誰よりも早く学校へ行き、自分の席にしよんぼりと座って、昨日のことやこれまでのことなどを思い出しているうちに、一人、また一人とやってきて、だんだん教室が賑やかになりました。
しかし、おけいちゃんの姿は見えません。
もしかして怒って学校を休んでいるのかしら。いや、まだ来る時刻ではないからわからない。などともどかしく思っているうちに、かなり遅いグループのちよっぺいがやってきて、いよいよその時刻になりました。
私は居ても立ってもいられず、門のところへ行って扉の陰からうかがっていると、やがて坂の上から包みを抱えてくる姿が見えたので、ようやくひとまず胸をなでおろしました。
おけいちゃんはそれとは知らずに門を入りかけたので、こちらも何気なく扉の陰から出て、ふと顔を見合わせたところ、ちょっときまりが悪そうな笑みを浮かべただけで、何も言わずに中へ入ってしまいました。
大丈夫だ。
そんなにひどく怒ってもいないようです。
そのもどかしい一日を過ごすと、おけいちゃんは元気よくお友達と遊んでいました。
帰宅してから、私が机に向かいながら「今日は裏へ出てみようかしら、やめておこうかしら」などと考えていると、玄関の格子が静かに開いて、
「ごめんあそばせ」
と小さな声がしました。
私はすぐさま飛び出して、衝立(ついたて)の後ろから「おけいちゃん!」と呼びかけながら式台に立ちました。
そのときおけいちゃんは、初めての訪問のせいか少しはにかみながらも、いつものさえざえしい笑顔を見せたので、今まで背負っていた重荷がさらりと一度に降りた気がしました。
私はこの珍客を、玄関の脇にある自習室へ招き入れました。
おけいちゃんはそわそわして部屋の中を見回したり、肘掛け窓によりかかってドウダンの提灯を眺めたりしていましたが、少し落ち着いてから、
「昨日はあたくしが悪うございました」
と、ちゃんと両手を畳について、いかにも後悔した様子で謝りました。

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