初級翻訳・銀の匙 第21話

中 勘助

あまりに大人びて几帳面に詫びられたので、こちらはかえってどぎまぎしてしまいましたが、こんなに人に気を遣わせるほど悩ませたのかと思えば、なんだか面憎くもなり「あんなにあやまるのではなかった」と思いました。
おけいちゃんは、昨日あれから家に帰って叱られた、と言います。
そうして「後生だからお手玉ちょうだい」と言うので、さんざんじらしたあげくに、ようやく引き出しから出してあげました。
その友禅縮緬(ちりめん)の布は、もとはよそ行きの着物だったとかで、桐の花だの鳳凰の翼だのが切れ切れになっていました。
二人はその因縁のあるお手玉をとって遊びました。
蝶々のように飛び上がり、飛び下りるお手玉と一緒に、おけいちゃんが顔をうなずかせるたびに、紅白だんだらに染めたかんざしの房が、こめかみのあたりにハラハラと乱れます。
「お馬の乗り換え、お駕籠(かご)の乗り換え、お馬の乗り換え、お駕籠の乗り換え」
手の甲に乗っているのを落とすまいとして、ずるいことばかりします。
「小さい橋くぐれ、小さい橋くぐれ」
細い指で畳の上に橋をかけて、お手玉をすいすいとくぐらせます。
おけいちゃんの耳たぶは美しくほてっています。
そうして、じれればじれるほど必死になって、肝心なところでしくじっては、お手玉を放り投げたり袂(たもと)にくっついたりしていましたが、それからは毎日お手玉を持って遊びに来るようになりました。

四十六

読本が一冊終わったときに、先生は復習のためだと言って「とりよみ」をさせました。
それは組を男と女とに分けて、相手の読み間違いをすばやく読み直して、読み終わるまでに読んだ紙数の多いほうが勝ち、という遊びです。
男の子たちは普段あれこれと威張っていますが、いざ読み比べとなるとさっぱり意気地がなくて、いつも負け通しでした。
それに、いざとなれば誰でも焦ってしまうので、すぐに間違えて相手に取られてしまいます。
最初の読み手であった私はそれを心得ていたので、そろそろと慎重に読み始めました。
みんなはいつになく私の読み方が遅いので、軽蔑して笑っていましたが、あいにくいつまで経っても一字も読み間違えずに、だらだらと続けていきます。
日本武尊(やまとたけるのみこと)が草を薙ぎ払っているところ、馬が何匹もいて栗毛、鹿毛、連銭葦毛などの話があるところ、黒人がラクダに乗って砂漠を行くところなど、一枚二枚と読んでもう終わりに近い元寇の章まで来ました。中国の軍船がめちゃくちゃに壊れているところへ、日本の小舟が漕ぎ寄せていく絵があって、閏七月三十日の夜に神風が吹いて、十万の軍勢がたった三人残っただけだと書いてありました。
女の子の組では、いまさら油断したことを後悔して、人がちょっと息をつく隙さえあれば手を挙げて取ろうとします。
その慌てふためく様子がおかしく、私はなおさら落ち着き払って、いよいよ「陶器」という章まで進みました。ところが困ったことに、私は焼き物の作り方などにあまり興味を持たなかったため、普段そこだけは飛ばしておさらいをしていたので、ようやくしどろもどろになってしまい、あっけなく取られてしまいました。
そこでしぶしぶ女の子に勝ちを譲らなければならなくなり、憎い敵は誰かと思って見てみたら、意外にもそれはおけいちゃんでした。
私は嬉しいような、いまいましいような変な気持ちでした。
悔し泣きに泣いたと見えて、目のまわりを赤くしています。
そして本を持って立ち上がったものの、しゃくりあげて泣いてしまい、一字も読めません。
そのうちに鈴が鳴って、その日は珍しく男の子の組の全勝になりました。
学校が終わってから、いつもの通り遊びに来たおけいちゃんは、まだ少し腫れぼったい目で、きまり悪そうに、
「でも、あたし本当に悔しかったわ」
と言いました。
そうして袂からうち紐を取り出して、
「綾とりしましょう」
と言います。
小さな膝と膝を突き合わせた上に、綺麗な紐が蒼白い手首にまとわり、細くそらした指に引きはられていろんな形になります。
おけいちゃんは、
「水」
と言って渡します。
大事に取って、
「菱(ひし)」
おけいちゃんは十の指を順にかけて、
「ぺんぺんことかいな」
と琴を作ります。
私、「お猿さん」
「鼓(つづみ)」
あたかもお互いの友情が手から手へ織り渡されるかのように睦まじく、そんなふうにして遊び暮らしました。

四十七

ある日のこと、修身(道徳)の時間に先生が、
「今日は先生のかわりに、みんながひとつずつ話をするのだ」
と言って、自分は火鉢のそばへ椅子を引き寄せてあたりながら、中から気の強そうな者や剽軽(ひょうきん)な者を呼び出して話させることがありました。
普段は立派に餓鬼大将になり、愛嬌者となっている者でも、教壇に立って四方八方から顔を見られると、頬がこわばり舌がもつれて、なんにも言えなくなってしまいます。
「所(ところ)」という、普段は人の馬鹿(馬)にばかりなっているのっぽな男が真っ先に呼び出されて、膝頭をがたがた震わせながら、
「足袋(たび)の話をします」
と言いました。
先生は、
「なに、足袋の話? こりゃ面白そうだ」
と煽(あお)ります。
所はどもりどもり、
「あっちから足袋が流れてきて、こっちから足袋が流れていって、真ん中でぶつかって、『たびたび御苦労です』」
と言って、そこそこに引っ込みました。
その次は吉沢という、下の歯が上の歯にかぶさっている正直者で、「えへへ、えへへ」とむやみに笑いながら、
「槍(やり)の話をします」
と言いました。
先生は、
「今度は槍の話か。これも面白かろう」
と言います。
「あっちから槍が流れてきて、こっちから槍が流れていって、真ん中でかち合って、『やりやり御苦労です』」
と言って引っ込みました。
手軽な話はみんな人にされてしまって、私も内心小さくなっていたところ、運悪く最後にあてられました。
話は伯母さんに聞いていくらでも知っているけれど、短くて話しやすいのがひとつもありません。
で、仕方なしに「お皿を干された河童の話」というのをしたのですが、話してみれば案外度胸がすわって、気になるおけいちゃんのほうをちょいちょい見ながら、ぽつぽつと話を終えました。
そうしてお辞儀をして帰ろうとしたら、先生は、
「お前はなかなか面の皮が厚いよ」
と言って笑いながら、頭をひとつ叩きました。
それから女の子の番になりましたが、机にしがみついていて誰一人出ないもので、一番から席順に呼び出されることになりました。
それでも出ないで泣き出す者さえいます。
で、おけいちゃんはとうとう五番目まで回っていきました。
おけいちゃんは覚悟をしていたらしく、素直に、
「はい」
と言って教壇に立ちました。
とはいえ、さすがに襟首まで赤くなって俯いていましたが、ややあって夢心地に泳ぐような手つきをしながら、一言ずつ切れ切れに語りだしたときには、私は心配と同情とにはらはらして、まともに顔を見ることさえできませんでした。
けれどもだんだん話が進むにつれて、ぱっちりした目がしゃんとすわって、大人びた凛々しい様子になり、その並びない澄み通った声ではきはきと順序よく話し続けたその話は、いつも私が聞かせた「初音の鼓」の話でありました。

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