そうしたら彼がいきなり私のすねを蹴ったので、私も負けずに横腹を突いてやりました。
そんなふうに内緒で喧嘩をしているうちに、とうとう先生に見つかってしまい、授業が終わってから二人だけ残されました。
先生はいつになく怖い顔をして「なぜ喧嘩をしたんだ」と言います。
私は一部始終を話して、自分の悪くないことを主張しましたが、繁太は「僕が先にからかわれた」と嘘をついたので、先生は「喧嘩両成敗だ」と言って二人とも帰してくれません。
ほかの生徒たちはみんな荷物を抱えて、いそいそと帰っていきます。
中にはもの好きにも、戸口から覗いて笑っている奴もいます。
学校中の生徒がみんな帰ってしまって、いやにしんとしてきました。
もしかして、こうして夜になったらどうしようか。
ご飯も食べられないし、寝ることもできない。早く伯母さんが迎えに来て、謝ってくれないかな……などと、さまざまなことが頭の中で渦を巻いて、自然に涙がこみあげてきます。
先生は半分べそをかいている二人の顔をちょいちょい見比べて、くすくす笑いながら本を読むふりをしていました。
繁太の奴は、いかにも帰りたそうに肩にかけた鞄の紐をいじっていましたが、とうとう泣き出して「ごめんなさい」と謝りました。
先生は「謝ったのが感心だから許してやる」と言って繁太を帰しました。
私も帰りたいのは山々ですが、悪くもないのに残されたのが業腹(ごうはら)で、いつまでも泣きかけてはこらえ、泣きかけてはこらえしていました。
が、結局のところ泣くよりほかはありませんでした。
私は一度泣き出すと、両方のこぶしで目をこすりながら、図なしにぐすりぐすりと泣く癖があります。その間に、何が正しくて何が間違っているのかをぼつぼつと考えて、自分が悪いとわかればすぐに泣きやみます。そうでなければ、自分がただ小さくて弱いために理不尽に押さえつけられるのが悔しくて、「今に見ろ」と思いながらしゃくりあげて泣くのでした。
思い切り泣いたあとは胸がすっきりして、気管のあたりにえぐいような一種の快感を覚えます。
それはさておき、先生は手こずりながら「謝れば帰してやる。謝れば帰してやる」と言ったのですが、どうしても悪くないので、なかなか謝りませんでした。
しかし、だんだんお説法を聞いてみると、喧嘩を売ったのは繁太の罪だけれど、授業中にそれを買ったのが良くない、ということがどうやらのみこめたので、「ごめんなさい」と頭を下げて帰してもらいました。家では、意気地なしの章魚坊主(たこぼうず)が喧嘩をしたことを、まるで奇跡のようなことだと言って笑っていました。
四十一
勉強をさぼった報いはてきめんにやってきて、いよいよ試験の時になると、私はほとんど何も知りませんでした。
ほかの生徒たちがさっさと問題を解いて帰っていく中で、自分一人だけが、まるで茹でたタコのように真っ赤になって困り果てているのは、夢のように辛い時間でした。
中でも特に苦しかったのは国語の試験です。
私は最後に先生の机へ呼び出されました。
問題は「蔚山(うるさん)の籠城」という章でした。
「蔚山」なんていう字は、一度も見たことがありません。
私が黙って立っているので、先生は仕方なく一字二字ずつ教えて、まるで手を引くようにして読ませてくれましたが、私は加藤清正が明軍に囲まれている挿絵に見とれているばかりで、本の内容はさっぱりわかりません。
先生は根気が尽きて、
「どこでも読めるところを読んでごらん」
と言って、読本を私の前へ投げ出しました。
私は悪びれもせず、
「どこも読めません」
と言いました。
試験が終わった後も、私は相変わらず居残りでした。
私はいつも一番前の席に座っているから、自分が一番だと思っていました。
名札が一番下のランクに掛かっていることも、点呼の時に最後に名前を呼ばれることも、自分が事実として勉強ができていないことさえも、少しの疑いも抱かせませんでした。
大好きな先生のそばにいられて、少しも叱られずにいられる。これが「一番」でなくて何だろう、と。
それに私は、一度も成績表をもらいに行ったことがなかったし、学校から帰って「一番だった」と自慢すると、みんなは「えらい、えらい」と言って笑ってくれるので、自分だけは天下泰平の気分でした。
その学期も終わりに近づいたころ、お隣へ新しく人が越してきました。
その家とは、裏の畑を間に、杉の垣根が一つあるだけで、自由に行き来ができる距離でした。
私が裏へ行ってこっそり様子を見ていたら、垣根のところにちょうど私と同じくらいのお嬢さんが出てきましたが、さっと向こうへ隠れて、杉の隙間からそっとこちらをうかがっているようでした。
しばらくしてお嬢さんはまた出てきて、ちらりとこちらを見たので、私もちらりと見て、そして両方ともすましてよそを向きました。
そんなことを何度も繰り返しているうちに、私はそのお嬢さんがほっそりとしていて、どこか体が弱そうなところに、なんとなく惹かれてしまいました。
次に目と目が合った時、彼女は少しだけ笑ってみせました。
だから、私もちょっと笑いました。
彼女は顔をそむけるようにして、くるりと片足で回りました。
こちらもくるりと回ります。
向こうがぴょんと跳ねました。
こちらもぴょんと跳ねます。
ぴょんと跳ねれば、ぴょんと跳ねる。
そんなふうに、ぴょんぴょん跳ね上がっているうちに、いつの間にか私は巴旦杏(はたんきょう)の木の陰を、お嬢さんは垣根のそばを離れて、お互いに話ができるくらい近づいていました。
が、その時、
「お嬢様、ご飯ですよ」
と呼ばれたので、
「はい」
と返事をして、さっさと駆けて行ってしまいました。
私も心残りな気持ちで家へ帰り、急いで食事を済ませてまた行ってみたら、お嬢さんはもう先にきて待っていたらしく、
「遊びましょう」
と言って人懐っこく寄ってきました。
私は仲良くなるまでには、あと五、六回はぴょんぴょん跳ねる必要があると思っていたので、案に相違して顔が赤くなりましたが、
「ええ」
と言ってそばへ行きました。
相手はもう照れる様子もなく、はきはきした口調で、
「あなた、いくつ?」
と聞きました。
「九つ」
と答えると、
「あたしも九つ。だけどお正月生まれだから年上なのよ」
と、ませたことを言います。
私「あなたの名は?」
「けい」
とはっきり言いました。
いつものように名前を名乗り合って初対面の挨拶が済むと、おけいちゃんは、
「あたし、もうじき学校へあがるから、おんなじ学校へ行きましょう」
と言ったので、嬉しくて自分の学校のいいところや、修身のお話の面白さ、担任の先生の優しさなどを数え上げ、小さな知恵を絞って、おけいちゃんを同じ学校へ引きつけようとしました。
おけいちゃんは勝ち気で人慣れした子で、ぱっちりした目と真っ黒な髪を持っていました。
青白く滑らかな頬には、美しい血の色が透けて見えました。
そうして、その気性とませた頭で、意気地なしでぼんやりしている年下の私に対して、とかく女王のように振る舞うところがありましたが、私は満足して、新しく君臨したこの女王の言いなりになることに身を任せようと思いました。
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