初級翻訳・銀の匙 第33話

中 勘助

いつになく近くに座らされて汗びっしょりになりながら、今までこの人を死ぬまでも石仏みたいにして鈴を鳴らすだけの人と決めつけていた私は、その一挙一動を何か珍しいことのようにじっと眺めていました。
老僧は大きな硯(すずり)を持ち出して墨をすらせ、筆をとってさらさらと糸瓜(へちま)の絵を描きました。
一枚の葉と、一本の蔓(つる)と、一つの糸瓜と。
その上へ「世の中をなんのへちまと思へどもぶらりとしてはくらされもせず」と書き、急須みたいな署名をして眺めていましたが、不意にからからと笑って、
「さあ、これをあげる。あちらへ持っていきなさい」
と言って、硯を棚にのせ、筆を洗い、さっさと金剛座へ帰って、もとの石仏に戻ってしまいました。
私は木から落ちた猿のようにすごすごと糸瓜の絵を持って、家へ帰りました。

老僧が亡くなったのは、それから三年ばかり後のことでした。
私は中学へ入り、貞ちゃんは奉公に出るしで、寺とはいつとはなしに疎遠になっていたのですが、ある晩、突然「老僧が亡くなったから」という使いがきたので、私は父と一緒に弔いに行きました。
老僧はこれといって病気もなく、いわば寿命が尽きたので、方々の住職になっている昔のお弟子たちが代わる代わる世話をしていたのだそうです。
久しぶりに思い出の多い橋を渡ると、離れにはお香の煙が立ちこめていて、大般若のときに見覚えのあるお坊さんたちが大勢集まって話をしていました。
老僧はへちまを描いてくれた座敷に据えてある曲録(きょくろく)の上に金襴の袈裟をかけ、払子(ほっす)を持って、昔ながらの石仏のように静かに座っています。
私はその前へ行って、昔の通りに頭を下げて焼香しました。私たちが「僧正遍昭(そうじょうへんじょう)」とあだ名をつけた、でこぼこ頭の和尚さんが、
「大往生だ、大往生だ」
と言いながら、蕎麦饅頭をぱくぱくと食べていました。
私は、いよいよ木から落ちた猿のような気分でした。

十六

いい道連れがいたのを幸いに、伯母さんが先祖代々のお墓参りをするため、また何となく故郷の古い思い出が心を動かして、ほんのしばらくのつもりでこちらを旅立ったのは、何年も前のことでした。
それが、目的地に着いて間もなくひどい病気にかかり、一時はもう危ないと言われるほどでしたが、寿命があったのか何とか回復しました。しかし、年が年だけにすっかり体が弱ってしまってもう帰ってくることができなくなり、本人も諦めて、遠い親戚の留守番を頼まれることになったのです。
「可愛い子には旅をさせろ」という昔ながらの父の思いつきで、十六の年の春休みに、私は生まれつき持っていた憂鬱症を治すために京阪地方へ旅行をさせられました。
それで病気が治ったのかどうか、私は家から呼び戻されるまではいい気になって遊び回っていましたが、その帰りに、いよいよ最後のお別れのつもりで伯母さんのところを訪ねることにしたのです。
伯母さんが住んでいるのは「お船手」といって、江戸時代に藩の御船手組がいたという、川沿いの小さな家が密集した一角でした。
そのため、なかなかすぐには家が見つからず、日が暮れるまで探し回ったあげく、ある荒物屋の向かいにある、お寺のような門の中へ入っていきました。
そこには人が住んでいるのかいないのか、古びきっていてがらんとしています。草一本生えていない代わりに木も一本なく、赤裸々でカラカラとしています。
私は開け放しの上り口に立って二、三度声をかけてみましたが、まったく返事がありません。
知らない土地のうえ、夜も迫ってきて心細くなり、あたりを見回したときに、左手の庭とも言えない二坪ほどの空き地との境にある小さな木戸が目につきました。
そっと開けて覗いてみると、汚れた婆さんが一人、暗いのに明かりもつけず、縁先で海老のように背を丸めて縫い物をしていました。
私は案内もなく他人の庭先へ入ったことに気がとがめて、思わず一足あとへ下がりましたが、もう他に尋ねるところもないので、木戸の上から身をかがめて、
「ごめんなさい」
と声をかけました。
婆さんは知らん顔をして針を運んでいます。
「ごめんなさい」
聾(つんぼ)なのかしら。
荷物を下げている手は、さっきから抜けそうなくらい痛んでいます。
たまらなくなって、
「少々伺います」
と言いながらずっと入っていくと、ようやく気がついた様子で、ひょいと顔を上げました。
暗いのでよくは見えませんが、老いさらばえて見る影もなく痩せこけてはいるものの、それは確かに伯母さんでした。
私はただもうハッとして、その顔を見つめていました。
伯母さんはあわてて仕事を片付け、縁側に手をついて畏まった形になり、
「どなた様でございますか。この節はちっとも目がみえませんで」
「……」
「耳もひどく遠くなりましてな。それで、ひと様に御無礼ばかりいたします」
こちらがいつまでも黙っているので、少し乗り出すようにして、
「どなた様でございます?」
と繰り返します。
私は胸がいっぱいになるのを、やっとの思いで、
「私です」
と言いました。
それでもまだ、
「どなた様でいらっしゃるの」
と言って、しげしげと人の顔を見上げたり見下ろしたりしていましたが、何はともあれ心安い人には違いないと思ったのか、立ち上がって奥の火鉢のそばにあった煎餅布団を仏壇の脇に敷いて、
「さあどうぞ、お上がりなさいな」
と招き入れるように腰をかがめました。
その間に私はようやく気を落ち着けて笑いながら、
「伯母さん、わかりませんか。〇〇です」
と言ったら、
「えっ」
と言って縁先へ飛んできて、しばらくは瞬きもせずに人の顔を覗き込んだあげく、涙をほろほろとこぼして、
「〇〇ちゃんか。おお、おお、〇〇ちゃんか」
と言いながら、自分よりはずっと背が高くなった私を、頭から肩から、お賓頭盧様(おびんずるさま)みたいに撫で回しました。
そうして人が消えてなくなりでもするかのように、少しも目を離さず、
「まあ、そんなに大きくなって、ちっともわからんかったがや」
と言いながら火鉢のそばに座らせ、挨拶もそこそこに、もっと撫でたいという様子で、
「ほんによう来てくれた、まあ死ぬまで逢えんかしらんと思っとったに」
と拝まないばかりにして涙を拭っていました。

十七

伯母さんは古ぼけた行灯に火をともし、
「ちょっと待っとってくれんか、ちっとそこまで行ってくるに」
と言って、足もとの悪い中をよろけながら縁側からいざり降りて、どこかへ出て行きました。
私はひとりでぼんやりしながら、「これが見納めだな」と思いました。
そして、予想以上の伯母さんの衰えようや、知らない間に自分が大きくなっていたこと、昔のことなどを考えているうちに、とことこと足音がして、伯母さんは一人か二人の知らない人を連れてきました。
それは今生き残っている伯母さんの古馴染みで、みんな近所に住んでお互いに話し相手になっているのだといいます。伯母さんは嬉しさのあまり、前後の見境もなく、
「東京から〇〇ちゃんが来たから、ちょっと一度来てちょうだい!」
と言って、近所の人たちを呼び集めてきたのです。

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