初級翻訳・おれは二十面相だ 第3話

おれは二十面相だ

小林くんは、その箱をじっと見つめて、身動きもしません。
もう真夜中の一時でした。
あたりはますます静まり返り、世の中の生き物がみんな死に絶えて、小林くんたった一人になってしまったような、なんとも言えない寂しさです。
これで朝まで無事に終わるのでしょうか。
何か、本当に恐ろしいことがこれから起こるのではないでしょうか。

白と黒

しばらくすると、その本当に恐ろしいことが起こりました。
電灯がまた消えたのです。
そして今度は消えたまま、つかなくなりました。
まるで黒いビロードを貼り付けたような、真の闇です。
何も見えません。
盲目になってしまったようです。
すると、目の前に黄色や赤や紫のモヤモヤしたものが現れたり、消えたりしました。
煙の輪のような紫色の輪がスーッと近づいてきたり、真っ赤な綺麗な花が目の前いっぱいにパッと開いたりします。
みなさんも目をつむったとき、そういう色が見えることがあるでしょう。
目の奥の神経の作用ですね。
あれが今、闇の中の小林くんの目の前に、非常に鮮やかな色で現れたり消えたりしているのです。
そのとき、あたりの空気が動くような気がしました。
窓もドアもぴったり閉めているのに、どこからかかすかに風が吹いてくるのです。
おばけの話を読むと、おばけが出るときにはどこからか生臭い風が吹いてくると書いてあります。
これはそのおばけの前触れの風でしょうか。
でも、別に生臭くはありません。
ごくかすかな空気の動きが、頬に感じられるばかりです。
その頃にはもう目が闇に慣れていたので、部屋の中の白っぽいものはぼんやりと見えるようになっていました。
テーブルの上の巻き物の銀の箱もうっすらと見えているのです。
小林くんは目をいっぱいに開いて、その箱を睨みつけていました。
すると、その銀の箱の真ん中あたりが、突然何かで隠されたように見えなくなったではありませんか。
真ん中が黒くなって、銀の箱が二つに割れたように見えるのです。
黒い手が銀の箱を掴んだのではないでしょうか。
あっ、ごらんなさい。
銀の箱が動いています。
テーブルの上をスーッと滑っていくのです。
そしてテーブルの外まで行っても下へ落ちないで、宙に浮いているではありませんか。
ああ、わかりました。
真っ黒な手がどこからか現れて、銀の箱を掴んで持っていくのです。
いや、手ばかりではありません。
何か全身真っ黒なやつがそこに立っているようです。
真っ黒な怪物が巻き物を盗みに来たのです。
「あっ、貴様、何者だ!」
小林くんは叫び声を立てて、その黒い怪物に飛びかかっていきました。
確かに手応えがありました。
人間の温かい体です。
そいつは真っ黒な布を頭から被って、手もその布に包んで巻き物の箱を盗み去ろうとしたのです。
「泥棒、待て!」
小林くんはその目に見えないやつに組付こうとしましたが、あっと思う間に恐ろしい力で跳ね飛ばされ、尻もちをついてしまいました。
そのときです。
部屋の向こうの壁際で、また不思議なことが起こりました。
ミイラの棺からはみ出していた白い布が、だんだん大きくなってフワフワとこちらへ近づいてきたのです。
ミイラが棺の蓋を開いて歩き出したのでしょうか。
そんなことが起こるはずはありません。
では一体、どうして白い布を体に巻きつけた人間みたいなやつが、こちらへ近づいてくるのでしょう。
小林くんは尻もちをついたまま、胸をドキドキさせて闇の中を見つめていました。
すると、白いおばけがサーッと闇の中を走って、黒いおばけに飛びかかっていったようです。
目には見えないけれども、黒いおばけもこれに立ち向かって、取っ組み合いを始めたようです。銀色の巻き物の箱が、まるで宙に浮いているかのように、あっちへこっちへと動いています。どうやら白と黒、二つのおばけが箱を奪い合っているようです。
やがて、恐ろしい音を立てて取っ組み合いが始まりました。白いおばけと黒いおばけによる、命がけの大格闘です。部屋の中でバタンバタンと激しい音が響き、二つの影はゴロゴロと転がりながら争っています。

「さあ、つかまえたぞ! 小林くん、スイッチを押してくれ!」

ああ、その声は明智探偵でした。白いおばけが、黒いおばけを組み伏せているようです。ということは、白いおばけは明智先生だったのでしょうか。小林くんは、ドアのそばの壁にある電灯のスイッチの場所へ、手探りで近づいていってカチリと押しました。しかし、電灯はつきません。どうやら、もっと大元のスイッチが切られているようです。小林くんはドアを叩いて助けを呼ぼうとしました。すると、ドアを探っているうちに、あらっ、いつの間にかドアが開いているではありませんか。小林くんは外の廊下へ飛び出して、大声で叫びました。

「誰か来てください! エジプト室に泥棒が入ったんです!」

何度も叫んでいると、誰かが階段を上がってくる音がして、廊下の向こう側がぼーっと明るくなりました。懐中電灯を持った人が駆けつけてきたのです。その人物が廊下に姿を見せると、それは所長の松波博士でした。博士は今夜、巻き物のことが心配で、下の宿直室に泊まり込んでいたのです。

「おお、小林くん、何事だ。泥棒とは、一体何者だ?」
「わかりません。明智先生がどこからか現れて、泥棒を捕まえたらしいのです……。大元のスイッチが切られています。先生、それを入れてください!」
「よし、待っていたまえ」

松波博士は懐中電灯を小林くんに渡すと、もう一度階段を駆け下りていきました。

ドアの秘密

博士が元のスイッチを入れたため、部屋の電灯がつきました。

「あっ、君は小使いの赤井くんだったのか!」

白い怪物が叫びました。組み伏せられた黒い怪物が被っていた布をめくり取ると、その下から現れたのは、黒い背広を着た赤井の姿だったのです。

「明智さん、よくやってくださいました。それじゃあ、その赤井がエジプトの経文を盗もうとしたのですね」

部屋に入ってきた松波博士が、白い怪物に声をかけました。体に白い布をぐるぐると巻きつけ、エジプトのミイラとそっくりの姿をしていた怪物の正体は、なんと明智探偵だったのです。彼はその姿でミイラの箱の中に隠れ、悪者がやってくるのを待ち伏せしていたのでした。小林少年は何も知らされていなかったので、松波博士が「明智さん」と呼びかけるのを聞いて、びっくりしました。

(さては明智先生は松波博士と相談して、ぼくがエジプト室に入る前にミイラの箱の中に隠れていたんだな。ぼくがそれを知っていると、そのことが顔色に表れて犯人を用心させるから、わざと知らせなかったんだろう)

小林くんはすぐにそう察しましたが、まだわからないことがあります。松波博士も同じことを考えていたようで、そのとき明智に向かってこう尋ねました。

「赤井が犯人なら、電灯の元のスイッチを入れたり切ったりできたし、またこの部屋の鍵を持っているのだから、忍び込むのも簡単だったわけだ。しかし、まだわからないことがありますよ。昨日、大学生がこの部屋の中で消えてしまった秘密です。

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