目に見えないやつは、勝手に部屋の中を歩き回っているらしいのです。
そうまで言われては、開けてみないわけにはいきません。
「よし、それじゃあ金庫を開けますよ。ふたりとも、わたしのそばによってゾウを守ってください。あいつが横から手出しができないようにね」
恩田さんが金庫に近づくと、松波博士も山口青年も、そのうしろからついていきました。暗号錠のダイヤルが回され、扉がゆっくり開かれていきます。
あっ、なんでしょう? へんな音がしました。プスッというような音です。鉄の扉が、きしんだのでしょうか……。
恩田さんが、あやしんで開く手をとめました。
「開けてごらんなさい。ためらっていても仕方がありません」
博士が口ぞえをしたので、恩田さんはぜんぶ扉を開きました。
「やっ、ないっ。ゾウがなくなっているぞっ!」
恩田さんが叫びました。さっきまであったゾウが、かき消すようになくなっているのです。松波博士も山口青年も、からっぽの金庫の中をのぞきこみました。なにもないのです。博士はキョロキョロと部屋の中を見まわしました。
「ふしぎだ。今の間に透明人間が持っていったとしても、ゾウの姿は見えるはずです。自分のからだでない物まで消すことはできないはずです。エジプトの巻き物の時でも、巻き物だけは目に見えた。それが、人間の手首といっしょに、空中を飛んでいった。ところが、今はなにも飛ばなかった。ゾウは、まったく消えてしまったのです」
これは、いったいどうしたことでしょう。一度も開かなかった金庫の中から、三人が見はっている前で、あの真珠のゾウがなくなってしまったのです。
「アハハ……おどろいたか。おれはどんなふしぎでもやってみせるのだ。魔法使いだからな。真珠のゾウはたしかにちょうだいした。おれの美術館に、またひとつ宝物がふえたのだ」
そして、目に見えないやつは、どこにも出入り口のない地下室から、ゆうれいのように外へ出ていったように思われました。
「ちくしょうめっ」
山口青年は、くやしまぎれに階段をかけあがって、その上にしまっている板戸にぶつかっていきました。
しかし、そこにはだれもいません。どこか部屋の外の遠くのほうから、かすかに笑い声が聞こえてくるばかりです。
山口青年はすごすごともどってきました。そして三人は、ぼんやりと顔を見合わせて、つっ立っているばかりです。
その時、階段の上の板戸を、コツコツとたたく音が聞こえてきました。だれでしょう。刑事が合図をしているのかもしれません。「なんのご用ですか? あやしいやつが出ていくのを見ませんでしたか?」
恩田さんは、板戸の下まで駆け上がると、大声で問いかけました。
板戸の向こうから、かすかな声が返ってきます。
「なにも見ていません。宝物は、無事ですか?」
もう盗まれてしまったのですから、板戸を閉めておく必要もありません。五人の刑事が、どやどやと階段を下りてきました。そして恩田さんから、真珠のゾウが消えてしまったと聞かされると、みんなあっけにとられて顔を見合わせるばかりでした。
「おや、きみはどうしてここへ入ってきたのだ。あっちへ行ってなさい」
刑事のひとりが、しかるように言いました。みんなの後ろに、かわいい女中さんが立っていたからです。
「この子はいいんですよ。きみ、なにかわたしに言いたいことがあるのかね」
恩田さんは、この女中さんが小林少年の変装であることを知っていたので、そう言いました。
「ええ、ちょっと、お話がありますの」
ああ、小林君は、これから一体なにを言いだすのでしょうか。
きみが二十面相だ
小林君の女中さんが、恩田さんのそばへ寄ってなにかをささやくと、恩田さんはうなずいて、みんなに小林少年を紹介しました。
「これは、今日きたばかりのうちの女中ですが、本当は女ではありません。男の子が変装しているのです。これは明智探偵の少年助手として有名な、小林芳雄君です。女中に化けていたのは探偵をするためでしたが、その仕事も済んだそうです。そこで小林君が、この金庫を調べてみたいと言うので、もちろん差し支えないと思い、これから調べてもらうことにします」
それを聞くと、みんなはびっくりして、かわいい女中さんの顔を見つめました。よくもこれほど見事に化けたものだと感心しているのです。小林君は、開いたままの金庫のそばへ寄ると、金庫の中へ首を突っ込むようにして調べていましたが、それが済むと、向こうの隅に立っていた山口青年の前へ近づき、おかしなことを言いました。
「パチンコ、見せてください」
「えっ、パチンコだって?」
山口青年は、面食らったように聞き返します。すると小林君は、いきなりパッと山口青年に飛びかかり、その右のポケットからなにかをつかみ出しました。
「やっぱりそうだ、きみはパチンコを持っていたんだね」
それは、小型のピストルでした。みんなはアッと驚きました。家庭教師の山口青年が、どうしてピストルなんか持っていたのでしょう。
「これは、おもちゃのピストルだね……でも、空気銃の仕掛けで、弾が飛び出すようになっているんだね」
女中の姿をした小林君が、ピストルをひねくり回しながら、山口青年の顔をじろじろと見つめます。
「そうだ、おもちゃだよ。章ちゃんにあげようと思って、友だちからもらってきたのさ」
山口青年が答えました。章ちゃんというのは、恩田章太郎君のことです。
「ところで、山口さん。これ、きみの部屋のカバンの中に入っていたんだけど、妙なおもちゃだね。きみは、よっぽどおもちゃが好きなんだね」
そう言って、女中の小林君が取り出したのは、なるほど奇妙なものでした。十センチほどの黒い針金が、何十本もゴチャゴチャと固まっているようなものです。小林君が、その針金のうちの二本を両手でつまんでグッと押さえると、いままでひとかたまりになっていた針金がサーッと伸びて、二メートルほどの長さになりました。
昔、こういうおもちゃがありました。たいていは木でできていて、縮めるとこんなふうになり、伸ばすとこんなふうになるのです。その先に人形の顔などがついていて、サーッと伸ばしてびっくり箱のように相手を驚かせるおもちゃでした。また、アーム型電話器というものにも、この仕掛けが使われています。それは幅の広い金属でできていて、電話器をどちらへでも動かせるようになっているのです。
いま小林君が持ち出したのは、それらと同じ仕掛けですが、伸びる力を最大限に利用したもので、二メートルも伸びるのです。材料は細い鋼鉄を使っているらしく、それが真っ黒に塗ってあるので、伸びたときにはよほどよく見ないとわからないほどです。
このおもちゃを見せられると、山口青年の顔色が変わりました。そして、落ち着かない様子でキョロキョロとあたりを見回すのです。それを見ると、小林君が入口の近くに立っている三人の刑事さんに声をかけました。
「この地下室から、だれも出ないようにしてください。ここに犯人がいるのです」
刑事さんたちはびっくりしましたが、小林少年が名探偵であることはよく知っているので、強くうなずいて、三人で入口の階段の下に立ちふさがりました。階段の上にもさらに二人の刑事が控えていますから、どんな相手でもこの地下室から逃げ出すことはできません。
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