初級翻訳・おれは二十面相だ 第11話

おれは二十面相だ

わたしたちが入るときに、あいつに一緒に、忍び込まれると困りますから」

そして、しばらく待っていますと、強そうな三人の刑事がやってきました。

「それでは、あなたがた五人で、この入口を守ってください。五人でスクラムを組めば、いくら透明人間だって、通り抜けることはできませんからね。わたしたちは、地下室へ入って、金庫の前で見張っています。食事も地下室へ運ばせて、十時までがんばるつもりです」

地下室へ入るときは、たいへんでした。五人の刑事に手をつないで通せんぼうをしてもらい、板戸をやっとひとり通れるぐらい開けて、恩田さんと松波博士と、山口青年とが、すばやく下に降り、大急ぎで板戸を閉めました。そして鍵を預かった刑事が、ぴちんと錠を下ろしてしまいました。午後十時

恩田さんの家の地下室では、金庫の前にいすを並べて、ご主人の恩田さんと、家庭教師の山口青年と、松波博士の三人が、身構えていました。
金庫の中には、二十面相が「今夜十時に盗んでみせる」と予告した、真珠のゾウがしまってあります。
もうすぐ十時になるため、三人はその見張りをしていたのです。
松波博士は、以前二十面相のためにエジプトの古い巻き物を盗まれたうらみがあったので、恩田さんに協力して金庫を守っていました。
この地下室への入り口は、たったひとつしかありません。
その入り口の板戸には鍵をかけ、その外側では五人の刑事がスクラムを組むようにして守りを固めています。
これほど厳重であれば、どんなに恐ろしい怪人二十面相でも、地下室へ忍び込めるはずがありません。
宝物のゾウは大丈夫でしょう。
しかも金庫には、しっかりと暗号錠がかかっており、その暗号は恩田さん以外、だれも知らないのです。
そんな金庫から、十時きっかりにゾウを盗み出すなど、考えられないことでした。
金庫の前の三人は、いすに座ったまま金庫の扉をじっと見つめ、黙り込んでいました。
大丈夫だとは分かっていても、やはりどこか気がかりです。
敵にはどんな計略があるか分かりません。
時間の進みが、ひどくゆっくりに感じられます。
「もう、あと三十分で十時ですね」
松波博士が、腕時計を見ながらつぶやきました。
「そうです。わたしの時計も、ちょうど九時三十分です」
恩田さんが、青ざめた顔で答えました。
三人はみな、胸をドキドキさせているのです。
「ところで、金庫の中には、たしかに真珠のゾウが入っているのでしょうね?」
松波博士が、ふとそう言い出しました。
「間違いありません。わたしがここへ入れて、暗号錠をかけたのですからね」
「それはいつのことです?」
「ゆうべです。昨日はわたしの誕生日だったので、友だちを呼んで真珠のゾウを見せていたところ、透明怪人があらわれたので、急いでここへしまったのです」
「それでは、そのときから丸一日たっていますね。その間、無事にここにおさまっていたでしょうか。わたしはあいつにはひどい目に遭わされているので、なんだか心配なのですよ。あいつは魔法使いのようなやつですからね」
それを聞くと、恩田さんはにわかに不安になってきました。
「それじゃあ、ちょっと金庫を開けて確かめてみましょうか」
すると、山口青年があわてていすから立ち上がりました。
「用心してください。あいつは、もうこの地下室へ忍び込んでいるかもしれません。さっきから、なんだかそんな気がするのです。目には見えないけれど、わたしたちのほかにだれか部屋の中にいるような気がします」
「えっ、なんだって? 君は、あいつがここにいると言うのか」
恩田さんが叫びました。
「いや、はっきりとは分かりません。なんだかそんな気がするのです。ですから、お調べになるにしても、金庫の扉を全部開かず、少しだけ開けて、そこから覗いてみるほうがいいでしょう。そうすれば、だれもあれを取り出すことはできませんからね」
山口青年の考えはもっともでした。
隙間から覗くだけなら大丈夫でしょう。
そこで恩田さんは用心深く身構えながら、暗号錠を回し、重い扉をわずか二センチほど開いて、そっと中を覗いてみました。
「あります。もとのままです」
そう言って扉を閉め、すぐに暗号錠をかけ直しました。
「たしかにありますね」
松波博士が念を押すように言いました。
「間違いありません。二十面相だって、この暗号錠を開けるわけがありませんよ」
恩田さんはやっと安心して、にこにこと笑いました。
「もう十五分たった。あと十五分ですよ」
博士がまた腕時計を見て言いました。
三人は、自分の腕時計と金庫の扉を見比べながら、黙り込んでいました。
五分という時間が、まるで一時間もかかるような気がします。

消えたゾウ

しかし、時は過ぎていきました。
あと、もう五分で十時です。
四分、三分、二分……。
ああ、その長かったこと!
とうとう一分前になりました。
チクタク、チクタク、腕時計の秒を刻む音が耳につきます。
あと六十秒で十時なのです。
三人とも顔が真っ青になっていました。
まるで死刑の時が迫ってくるような恐ろしさです。
二十秒、十秒……。
「あっ、あと五秒です!」
山口青年が、気が狂ったかのようなとんきょうな声を上げました。
そうこうしているうちに、ああ、ついに十時きっかりになりました。
「十時です。……あいつは、とうとうやってこなかったですね」恩田さんが、ほっとため息をついて、ひとりごとのように言いました。
「もう、十時一分を過ぎました。あいつは約束を守らなかった。恩田さん、われわれの勝ちですね」
松波博士もうれしそうです。
「ワハハ……ざまあみろ。二十面相のやつ、とうとう手も足も出なかったじゃないか。あいつの負けですよ。ワハハハ、こいつはおかしい」
山口青年が、またもや、気が狂ったかのようにわめくのでした。
すると、その時です。
「おれは、負けなかったよ」
どこからか、気味の悪い声が響いてきました。
思わず、三人は顔を見合わせました。ああ、あいつはやっぱり、部屋の中へ忍び込んでいたのでしょうか。
「きさま、どこにいるんだっ! なんと言ったって、きさまの負けだぞっ。金庫は一度も開かなかったじゃないか。扉を開かないで、どうして中のものが取り出せるのだ。真珠のゾウは金庫の中にちゃんとはいっている。きさまの負けだっ!」
山口青年が、空中を見すえながら叫びました。
「ウフフ……扉を開かないでも取り出せるかもしれないよ。おれは魔法使いだからな。とにかく、金庫の中を調べてみるがいい。ゾウがまだあるかどうかね」
恩田さんはそれを聞くと、心配のあまり金庫の前へとんでいって、暗号錠を回そうとしました。
「あっ、待ってください。あいつの手かもしれません。開けないほうがいいと思います」
山口青年が、恩田さんの手をひっぱって止めました。
「おい、おい、なにを言っているんだ。今、何時だと思うね。もう十時十分過ぎだぜ。おれは十時と言ったら、十時きっかりだ。十分も過ぎてから盗むなんて、そんなまぬけなことはしないよ。まあ、ためしに金庫を開けてみたまえ。ゾウが入っていたら、おなぐさみだよ」
また、あやしい声です。さっきは部屋の右の隅から聞こえてきたのが、こんどは左の隅からです。

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