そして、白羽の矢が立った家を訪ねてこう言いました。
「ご心配には及びません。今日から七日の期限が過ぎないうちに、必ず娘さんを助け出してみせますから、どうか安心して待っていてください」
と、家族を励ましました。
娘の両親は、もう助かる望みはないとあきらめきって、両目を泣きはらしていました。
それが今、思いもかけない六部の力強い言葉を聞き、「もしや……」とすがるような気持ちになり、娘といっしょに何度も何度も手を合わせて、六部を拝んだのでした。
二
六部はそれからすぐさま、丹波の国へと向かいました。
そして村ごとに足を止めては、「この村に、しっぺい太郎という方はおられませんか?」と尋ね歩きました。
けれどもどこへ行っても、「そんな名前の者は知らない」と答えられるばかりです。
二日、三日、四日と探し歩いても手がかりがつかめず、六部は焦りで気が気ではありませんでした。
五日目にはついにがっかりして、体も心もくたびれ果ててしまい、とうとう山奥へと迷い込んでしまいました。
すると運よく、一軒の猟師の家を見つけたので、痛む足を引きずりながら門の前に立ちました。
どんなに苦しくても、六部は「しっぺい太郎」のことを聞くのだけは忘れませんでした。
すると猟師はしばらく考えていましたが、
「さあ、そういう名前の人間は知りませんが、うちで飼っている犬には『しっぺい太郎』という名前をつけていますよ」
と答えました。
六部は、はじめてハッと気がつきました。
「ははあ、なるほど。しっぺい太郎というのは犬の名前だったのか。それなら人間を探しても分かるはずがない」
そう思いながら、六部は言いました。
「ええ、きっとそれです。それです! そのしっぺい太郎です。どうかその犬を見せてください」
やがて主人に呼ばれて出てきたしっぺい太郎を見て、六部は驚きました。小牛ほどもある大きな体で、見るからに鋭そうな牙をしていたのです。
そこで六部は、これこれこういう訳だから、人助けだと思って二、三日この犬を貸してもらえないかと頼みました。すると猟師は、
「いや、そういう理由なら、少しでも早く連れていきなさい。ここから美作の国までは、たっぷり二日の道のりですから」
と言って、快く犬を貸してくれました。
六部は大いに喜び、しっぺい太郎を連れて、もう痛む足のことなどすっかり忘れ、美作の国に向かってどんどん急いで行きました。
三
「七日のうちには……!」「七日のうちには……!」と六部が約束をしてから、その日ももう暮れかかってきましたが、どうしたことか六部の姿は一向に見えません。人身御供に選ばれた家の人たちは、待ちくたびれてすっかりがっかりしていました。
村の人たちは、それを半分は気の毒がり、半分はあざ笑うようにして、
「あんな旅のふうらい坊の言うことなんて当てにして、今更どうなるものでもない」
と言い合っていました。
そして娘を入れるための長持(ながもち)を、大勢でわいわいと担いでやってきて、
「さあ、だんだんと時刻が遅れてしまいます。気の毒ですが、お娘さんを出してください」
と、門口でやかましく言い立てました。
「まあ、もう少し、もう少しだけ待ってください」
と言って、娘の両親は六部の言葉を信じて、半時間、また一時間と時間を延ばしていました。
それでもやはり六部は姿を現しません。ついに「もうだめだ」とあきらめて、しょんぼりと娘を出し、きれいに体を清めて、新しい白い着物に着替えさせました。
みんなは娘を長持の中に入れると、いよいよ担ぎ出そうとしました。そのとたんです。しっぺい太郎を連れた六部が、はあはあと言いながら、息を切らして駆け込んできました。
六部はあわてて娘を長持から出してやり、
「まあ、私に任せてください。きっと何とかしますから」
と言って、しっぺい太郎を抱えたまま、自分が長持の中にポンと飛び込みました。
そして、
「娘さんの代わりに、私を神さまに捧げてください」
と言いました。
村の人たちは、
「そんなことをして、神さまのたたりがあっても知らないぞ」
と口々にぶつぶつ言いながらも、言われるままに長持を担いで行きました。
たいまつをつけた人が先に立つと、長持の後ろには神主が付き添い、旗や矛を押し立てて、山の上にあるお社を目指して進みました。
お社に着くと、みんなは長持を真っ暗なほこらの中にこわごわと置くと、振り返りもせずに逃げ帰ってしまいました。
そのうちだんだんと夜が更けて、真夜中近くになりました。
すると、いつどこから現れたのか、どやどやと大勢の、人間なのか化け物なのか分からない者の物音が聞こえてきました。
やがてお社の戸を開けて、彼らはぞろぞろと中へ入ってきました。
中へ入ると、あやしい連中は「きゃっ、きゃっ」と叫びながら、長持のまわりをぐるぐると回り始めました。
長持の中のしっぺい太郎は、この物音を聞くと、くんくんと鼻を鳴らして低い声でうなり、今にも飛び出さんばかりの身構えをしました。
六部も刀のつかに手をかけて、今か今かとふたが開くのを待ち構えていました。
しっぺい太郎はますます鋭い様子で、がりがりと牙を鳴らしていました。
間もなくふたに手がかかりました。その拍子に、しっぺい太郎は「わん!」と高くほえると、いきなりふたを下からポンと突き上げて、外へ飛び出しました。
そして、一番大きくリーダー格だった化け物にめがけてかみついていきました。
六部も刀を抜いたまま後から続いて出て、当たるにまかせて切り倒し、なぎ倒していきました。
しばらくは暗闇の中に、犬の猛々しいうなり声と、化け物のきいきいと叫ぶ声とが混じり合い、やかましく響き渡りました。
四
おそろしかった一夜が明けて、翌朝になりました。
しかし、なかなか六部も犬も帰ってきません。娘の両親は心配して、村の人々と相談し、様子を見に山へ上がっていきました。
「ばかな六部め。よけいなところへ飛び出して、神さまのお罰を受けたに違いない。そのたたりが村にかかってこなければいいが……」
そんなことをぶつぶつ言いながら、大勢でぞろぞろと山を登っていきました。
やっとお社の前までたどり着いてみますと、どうでしょう。そこは一面、気味の悪いほどの血の川となっており、そこにもここにも、かみ倒された大きな猿の死骸がごろごろと転がっていました。
その中で一番大きく、まるで人間のような姿をした大猿を、しっかりと押さえつけたまま、六部もしっぺい太郎も倒れていました。
こわごわそばへ寄ってみると、化け物はしっぺい太郎に深くのど首をかみつかれて死んでいました。
しっぺい太郎もまた、化け物の力まかせの攻撃で首をつかまれ、息絶えていました。
けれども六部は、激しい戦いで息が切れて気絶していただけでした。みんなが抱き起こして介抱すると、すぐに息を吹き返しました。
こうして、毎年村を荒らして人身御供をさらっていた荒神の正体が、実は猿の化け物であったことが分かり、村の人々はようやく安心することができました。
そして方々の家で毎日、毎日六部を招いて丁寧におもてなしをした上に、お礼をたくさん持たせて送り出してあげました。
死んだしっぺい太郎のためには立派なお墓を立て、心を込めて手厚く供養してあげたのでした。
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