小さいころは痩せた小柄な体つきで、色は浅黒く、目が大きかった。
類稀な勝ち気さで、男の子とよく取っ組み合いの喧嘩をし、多くの場合、おりつが勝った。
負けても泣くようなことはなく、涙をこぼしながらも歯を食いしばっている、そんな子だった。
――炭屋の裏の鬼っ子。
などと、近所の男の子たちはからかったものである。
けれども、弱い子や貧乏な家の子などはよく庇ってやり、面倒を見てやるので、町内の親たちからの評判はよかった。
――すっかり女らしくなったな。
と茂次は思った。
十八という年齢より、いまのおりつは二つほど大人びて見える。
小柄な体つきや、浅黒い肌、目の大きさなどは昔のままだが、全体に柔軟な丸みと艶が加わっているし、何気ない身のこなしや眼差しには、いきいきとした色気が感じられた。
「あら」とおりつが急に言った。「聞いていらっしゃらないんですか」
茂次は目をそらしながら「聞いたよ」と答えた。
「わけはわかったが、無理だ」と彼はぶっきらぼうに続けた。「俺はこの通り丸裸になっちまったし、家を建て直すだけで手一杯だ。お前だって子を持ったこともないのに、あれだけの人数を育てるなんて無理な話だ」
「だって、そんなに手はかかりませんよ。現に今日までやってこられたんですもの」
「これまではな」と茂次は遮った。「しかしこれからは人数が増える。俺や職人たちの世話をするだけでも、お前一人じゃ手が足りなくなるぜ」
「じゃあ、どうしたらいいんですか」
「俺にはわからねえ。町役にでも話せばなんとかしてくれるだろう」と茂次はむっとした口調で言った。「こういうことはお上の仕事だ。そのためにこっちは高い運上(税金)を払っているんだから」
おりつは唇を噛んだ。
「わかりました」とやがておりつは言った。「ではそうしますけれど、話が決まるまで待ってくださいますか」
「いいよ」と茂次は頷いた。
おりつは立ち上がり、何か言おうとしたが、口を閉ざした。
「なんだ」と茂次が尋ねた。
「なんでもありません」とおりつは首を振り、顔を背けながら出ていった。
それから四、五日、茂次は仕事の手順を決めるのに追われた。
彼は大六を連れて木場の「和七」を訪ね、普請場(工事現場)を回った。一つは神田明神下の酒問屋、もう一つは岩槻町の呉服屋、さらにもう一つは日本橋吉川町の「魚万」という料理茶屋で、これらの仕事は巳之八と藤造の二人が請け負っていました。
どちらも「大留(おおどめ)」でずっと働いてきた職人で、使っている大工たちも、昔から大留とつながりの深い者ばかりでした。
――しかし左官や屋根屋、建具屋といった職人たちは、大きな火事のあとで仕事が山積みになっているため、よほど良い条件(お金)を提示しなければ、なかなか思い通りには動いてくれません。
川越の仕事で入ったお金や、請け負った工事の手付金なども、すぐに使い果たしてしまうことは目に見えていました。
「どうしますか」と帳場の助二郎が二度ほど訊ねてきました。「いまのうちに手を打っておきたいのですが、高輪の伊吉さんのところへ伺って相談してきてもよろしいでしょうか」
「高輪もあべ川町もだめだ」と茂次は首を振りました。「俺がなんとかするからいい」
大六がそばで聞いていて訊ねました。「なんとかするって、どうするんですか」
「見ていりゃあわかる。おまえたちに迷惑はかけねえ」
ある日、その高輪の伊吉が、あべ川町の兼六と一緒にやってきました。
夕飯の支度をする前、茂次が銭湯から戻ってみると、大六と助二郎が二人の相手をしていました。
茂次は二人に挨拶をすると、立ち上がろうとする大六と助二郎に「おまえたちも残ってくれ」と言い、二人は再び座りました。
「年長者として私が話そう」と高輪の伊吉が口火を切りました。「仕事のこともあるが、それはあとにして、まずは亡くなった方々の葬式について相談なんだ」
「その話は川越で言ったはずです」と茂次は話を遮りました。「私はしつこいことは嫌いですが、もう一度言います。葬式は当分出しませんし、どうか私のことは放っておいてください」
「そうはいかない」と伊吉は言いました。「おまえさんの性格はわかっているし、なにかこう、無理をして抑え込んでいるんだろうが、世間には世間のしきたりがある。おまえさんが『構うな』と言ったところで、そうかと引き下がれるものではないし、世間に対する義理だけでも、それでは済まないんだ」
そして伊吉は、大留と自分たちの関係や、棟梁仲間としての付き合いについて説明しようとしました。
しかし茂次はまたしても、「そういう話は聞きたくない」と遮りました。
「私のほうで決めたことですから、おじさんやあべ川町の皆さんが義理を苦にすることはありません」と茂次は言いました。「世間でもし陰口をたたく者がいたら、はっきりそう伝えてやってください。私は自分がいい人だと思われたくてこんなことをしているわけじゃないんですから」
兼六が伊吉を制止しました。
伊吉の顔色が明らかに変わったからです。
助二郎と大六も驚いて、茂次をなだめようとしましたが、逆に茂次は二人に向かって言いました。
「いま俺が言ったことを覚えておいてくれ。俺たちは誰にも頼らない。この腕一本で大留を立て直すんだ。俺たちだけでだ。わかったか」
五
大六と助二郎は、どうしていいかわからないといった様子で、黙ってうなだれました。
「そういうことなら引き下がろう」と兼六が言いました。「だが茂さん、もうすぐ亡くなった方々の三十五日だ。法事だけはするんだろう? そのときは知らせてくれるだろうね」
「いや、法事もしません」
「法事もしないだって?」と伊吉が言いました。「じゃあ、その」と伊吉は仏壇の方へ顎をしゃくりました。「仏様のお骨はどうするつもりだ」
「このままですよ」と茂次が答えました。「寺へ預ければ、読経料だのなんだのと金ばかりかかりますからね。源心寺の坊主は妾を囲って、毎晩なまぐさものを食べて酒を飲んでいる。坊主なんてたいていそんなものです。そんな坊主に経をあげてもらったって仏の供養にはなりませんし、妾の手当や酒代をこちらで持ついわれはありませんからね。骨は当分このままにしておくつもりです」
伊吉は何も言わずに立ち上がりました。
大六と助二郎が、二人を外まで見送りに行きました。
おそらく詫び言を言いに行ったのでしょう。茂次はおりつを呼んで「飯にしてくれ」と言いました。
おりつは泣いていたようで、目のまわりと鼻の頭が赤くなっていました。
大六と助二郎は戻ってきましたが、二人とも何も言わず、挨拶だけして自分たちの家へ帰っていきました。
その翌日、茂次は木場の「和七」のところへ出かけていきました。
川越から戻って訪ねたとき、お金のことを頼んであったのです。
大六は気づいていなかったでしょうが、茂次は岩井町に持っている三百坪あまりの土地を抵当に入れていました。
七兵衛は抵当も証文も不要だと拒みましたが、金は必ず用意すると引き受けてくれたのです。
行ってみると約束どおりお金が用意されており、茂次は土地を抵当にして、証文と引き換えにお金を受け取りました。
コメント