初級翻訳・アヒルの庭で 第1話

アヒルの庭で

ポルトガルから、一羽のアヒルがやってきました。
もっとも、「いや、スペインから来たんだよ」と言う人もいましたがね。
でも、そんなことは、どっちだっていいのです。
ともかく、そのアヒルは「ポルトガル種」と呼ばれていました。
卵を産みましたが、やがて殺されて、料理されてしまいました。
これが、そのアヒルの一生でした。
その卵から生まれてきた子供たちは、みんな「ポルトガル種」と呼ばれました。
「ポルトガル種」と呼ばれるだけで、もうかなり立派で重要なことなのです。
さて、この一家の中で、今このアヒルの庭に残っているのは、たった一羽きりでした。
ここは「アヒルの庭」とはいっても、ニワトリたちも入ってきますし、オンドリなんかは、いばりくさって歩きまわっていました。
「あのけたたましい鳴き声を聞くと、気分がわるくなってしまうわ」と、ポルトガル種の奥さんは言いました。
「でも、見たところはきれいね。それは、うそとはいえないわ。アヒルじゃないけどもさ。もうすこし、自分をおさえればいいのに。だけど、自分をおさえるってことは、むずかしいことだから、高い教養がなくちゃできないわ。でも、おとなりの庭の、ボダイジュにとまっている、歌うたいの小鳥さんたちには、それがあるわ。あのかわいらしい歌いかたといったら! あの歌の中には、なにかしら、しみじみとした調子があるわ。あれこそ、ポルトガル調よ! ああいう歌をうたう小鳥が、一羽でもわたしの子供になってくれたら、わたしはやさしい、親切なおかあさんになってやるわ。だって、そういう性質は、わたしの血の中に、このポルトガル種の血の中にあるんですもの」

こんなふうにポルトガル奥さんがおしゃべりをしていると、その歌をうたう小鳥が落ちてきました。
小鳥は、屋根の上から、まっさかさまに落ちてきたのです。
ネコに、うしろからおそわれたからでした。
でも、羽を一枚折られただけで、なんとか逃げだすことができました。
そうして、このアヒルの庭の中へ、落ちてきたのでした。
「そりゃあ、あのならず者の、ネコらしいやりかただよ」と、ポルトガル奥さんは言いました。
「あいつは、わたしの子どもたちが生きていたときから、ああいうふうなんだよ。あんなやつが、大きな顔をして、屋根の上を歩きまわっていられるんだからねえ! ポルトガルなら、こんなことはないと思うわ」

そして、その歌うたいの小鳥を、みんなでかわいそうに思いました。
ポルトガル種でない、ほかのアヒルたちも、同じようにかわいそうに思いました。
「かわいそうにねえ」と、ほかのアヒルたちが、あとからあとからやってきては、言いました。
「わたしたちは、自分で歌をうたうことはできないけれど」と、みんなは言いました。
「でも、からだの中に、歌の『下地』というようなものを持っているわ。わたしたちは、それを口に出して言いはしないけど、みんなそう感じてはいるのよ」
「それじゃ、わたしが言いましょう」と、ポルトガル奥さんは言いました。
「わたしはね、この小鳥のために、なにかしてやりたいんですよ。それが、わたしたちの義務なんですもの」

こう言うと、ポルトガル奥さんは、水桶の中にはいって、水をピシャピシャはねかしました。
おかげで、歌をうたう小鳥は、頭から水をかぶって、もうすこしでおぼれそうになりました。
けれども、それは親切な気持からしたことでした。
「これは、親切な行いというものよ」と、ポルトガル奥さんは言いました。
「ほかのかたも、まねをなさるといいわ」
「ピー、ピー」と、小鳥は鳴きました。
羽根が一枚折れているので、からだをぶるっとふるわすことはできませんでした。
でも、親切な気持から水をかけられたのだということは、よくわかりました。
「奥さんは、ほんとにおやさしいかたですね」と、小鳥は言いましたが、もう水をあびるのは、たくさんでした。
「わたしは、自分の気持なんて、考えてみたこともないわ」と、ポルトガル奥さんは言いました。
「だけど、わたしは、どんな生き物をも愛しているわ。それは、自分でもよく知っていてよ。でも、ネコだけはべつ。わたしに、ネコを愛せと言ったって、それはだめだわ。だって、あいつは、わたしの家族のものを二羽も食べてしまったんですもの。ところで、おまえさん、自分の家にいるつもりで、らくになさいね。すぐ、なれるわよ。わたし自身は、外国生れなのよ。そりゃあ、おまえさんだって、わたしの身のこなしや、羽のぐあいを見れば、おわかりだろうけどね。わたしの夫は、ここの土地のもので、わたしと同じ血すじじゃないの。だからといって、わたしは、いばったりはしないけど」「――もし、ここで、おまえさんの気持をわかってくれるものがあるとしたら、それは、わたしのほかにはいないことよ」

「あの奥さんの頭の中には、ほら吹き貝がはいってるのさ!」と、ふつうの、若いアヒルが言いました。
このアヒルは、とんち者だったのです。
ほかの、ふつうのアヒルたちは、「ほら吹き貝」という音が、「ポルトガル」に似ているので、それを、たいそうおもしろがりました。
そこで、みんなは、押しっこをして、ガー、ガー、このひとは、ほんとにとんちがあるよ、と言いました。
それからは、みんなは、歌をうたう小鳥と、仲よしになりました。

「ポルトガル奥さんは、まったく話がうまいんだよ」と、みんなは言いました。
「わたしたちのくちばしには、大げさな言葉はないけども、同情する気持においては、負けやしないよ。わたしたちは、あんたのために、なんにもしていないときは、だまっていることにしているんだよ。それが、いちばんいいことだと、わたしたちは思っているんだもの」

「おまえさんは、いい声をしておいでだね」と、みんなの中で、いちばん年とったアヒルが言いました。
「おまえさんのように、ずいぶん大ぜいのひとたちを、よろこばせていたら、さぞかし、自分も楽しいだろうね。わたしにゃ、そんなことは、とってもできないよ。だから、わたしは、だまっているのさ。ほかのものが、ばかばかしいことを、おまえさんに言ってきかせるよりは、そのほうが、よっぽどましさ」

「その子を、いじめないでちょうだい」と、ポルトガル奥さんが言いました。
「休ませて、看護してやらなくちゃならないのよ。ねえ、歌をうたう小鳥さん、もう一度水をあびせてあげましょうか?」

「いえ、いえ、それよりも、どうか、かわくようにさせてください!」と、小鳥はたのみました。

「水あびする、なおしかただけが、わたしにはきくんだけどね」と、ポルトガル奥さんは言いました。
「気ばらしも、いいものよ。もうすぐ、おとなりのニワトリさんたちが、お客に来るわ。その中には、回教どれいとおつきあいしていた、中国のメンドリさんも、二羽いるわ。あのひとたちは、たいそう教育もあるし、それに、よその国からきたひとたちだから、つい、わたしは、尊敬したくなってしまうのよ」

やがて、そのメンドリたちが、やってきました。
オンドリも、やってきました。
オンドリは、きょうは、失礼なふるまいをしないように、たいそうぎょうぎよくしていました。

「きみは、ほんものの歌をうたう小鳥だね」と、オンドリは言いました。

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