初級翻訳・オシャベリ姫 第7話

かぐつち みどり

若い人はこう尋ねられると顔を真っ赤にしましたが、やがて悲しそうにこう答えました。王子はその大きな目に涙をいっぱい溜めながら、
「この国中の人間が皆口がないのに、私一人に口があるのについては、それはそれは悲しいお話があります。あなたはあのクチナシという花をご存じですか?」
と、不意に王子は尋ねました。
「ええ、よく知っています。あの晩方に大きな花を咲かせる木で、大変にいい匂いがしますね。花が真っ白なのと匂いがいいので、夜でもよくわかります」
と答えました。王子はうなずきました。
「そのクチナシの木は、名前を『口なし』と書くので、昔からこの国の人々が大好きでした。ですから先祖の王様は、国中のありたけの道端に、どんな小道にも植えさせました。そうすればどんな暗い夜でも、その匂いと白い花を目当てにして、道を迷わずに歩けるからです。……さて……私の母の妃は、名を『クチナシ姫』と名付けられたくらいで、まだ小さい時からこのクチナシの花が何よりも好きでした。そうしてある月の夜、クチナシの白い花を次から次へと嗅ぎながら、いつの間にかお城を出て、西へ西へとだんだん遠く歩いてきました……。ところが、お城を離れれば離れるほどクチナシの花が少なくなって、しまいにはどちらを向いても匂いもしなければ、白い花もなくなってしまいました……」そうして夜が明けますと、とうとう迷子になって、知らない国へ来てしまいました」
「まあ……まるでわたくしのようですこと……」
と姫は思わず言いました。
「それからお母様のクチナシ姫はどうなさいましたか」
王子はやはり悲しそうにして、次のように話を続けました。
「クチナシ姫は、何の気もなしにその国へずんずん入っていきますと、その国の人々が誰でも彼でも楽しそうにおしゃべりをしているのにびっくりしました。
クチナシ姫はその話をしている様子と、その言葉を面白がって、次から次へと聞いているうちに、すっかり覚えてしまいました。
そうして自分も話してみたくなりましたが、口が利けないのでどうすることもできません。
それから歌に合わせて踊ったり音楽を奏でたりしているのを見て、もうたまらないほど歌が歌いたくなりましたけれども、やはり口を利くことができないのです。
そのうちに大勢の子供たちがクチナシ姫を見つけますと、
『やあ、口なしの女の子がいるぞ』
と言うので大勢押しかけて来て、しまいには、
『障害者だ、障害者だ。口なしだ、口なしだ』
と言いながら、石や木の破片を投げつけたり、叩いたり、蹴ったりしはじめました。
クチナシ姫はこの国の人たちの乱暴な様子に驚いて一生懸命逃げましたが、やがてとある山の中に逃げ込みますと、子供たちは一人減り二人減りしてとうとう見えなくなりまして、姫はたった一人で大きな池のほとりへ来ました。
その池の水に姫は何気なく顔を映して見ると、どうでしょう。
せっかくお母様に描いていただいた可愛らしい口が、いつの間にか消えて無くなっています。
口なし姫はお池の水に映った自分の顔を見て泣き出しました。
『ああ、私にはどうして口がないのでしょう。外の国の人間はどうしてあんなに口を授かって、歌ったり舞ったりすることができるのかしら。ああ……口が欲しい、口が欲しい』
とひとりで涙を流しておりますと、そのうちにどこからともなくクチナシの花の香りがしてきました。
口なし姫はその香りを頼りにだんだんと歩いていきますと、とうとう自分の国へ帰ることができました。
そうして大騒ぎをして探していた両親や家来たちに迎えられて、無事にお城へ帰ってきました。
けれどもそれからのち、口なし姫はクチナシの花を見ると涙を流しました。
クチナシの香りを嗅ぐと、いつも悲しそうにため息をつきました。
『ああ、あの花さえなければ、私はあんなにほかの国へ行かなくてもよかったのに。そうしてこんなに恥ずかしい、口惜しい思いをせずともよかったのに』
と思いますと、もうクチナシの花やその香りが嫌でたまらなくなりました。
『ああ、あの花がなくなったらどんなにかいいだろう』
と思うようになりました。
けれども国中のクチナシはなかなか枯れません。
そのうちにクチナシ姫は大きくなって、王様のお妃様になりましたが、その頃からこの国中のクチナシの花は一つも咲かなくなってしまいました。
これはどうしたことだろうと言っているうちに、お妃様は玉のような一人の王子をお生みになりました。
それが私なのです」
と王子は言われました。
オシャベリ姫は、あまりに不思議なお話なのでおしゃべりどころではなく、王子の顔を一心に見つめてお話を聞いておりました。
王子は話を続けました。
「私は不思議にも生まれた時から口がありまして、オギャアオギャアと泣きましたそうで、そのために赤ん坊の泣き声を聞いたことのないこの国の人々は『王様のお城に化け物が生まれた』と大騒ぎを始めました」
「まあ、なんて馬鹿なのでしょうね。当たり前のことなのに」
と姫はついに口を利きました。
「けれどもこの国では不思議がることが当たり前なのです。それで私の父の王は、私の母の妃に、その口を針と糸で縫い塞いでしまえと言いましたが、私の母の妃は生まれつき情深い女ですから、どうしてそんな無慈悲なことができましょう。仕方がありませんから私の口に綿をいっぱい詰めて、上から包帯をして、針で縫った傷がいつまでも治らないように見せかけました。そうして父の王が狩猟に行きますと、その留守に母の妃は私を連れて、地の下の蔵へ連れて行って、口の包帯を解いてやりまして、私の口に手を当てていろいろ物の言い方を教えてくれましたので、私は十歳ばかりの時にはもう立派におしゃべりができるようになっていました」
「本当にお母様は教えることがお上手なのですね」
「けれどもある日のこと、とうとう私のおしゃべりのお稽古が父の王に見つけられてしまいました。父の王が狩りに行きますと、いつも七日くらい帰って来ませんのに、ある時あんまり鳥や獣がたくさん獲れまして家来が持ちきれなくなりましたので、三日目に帰ってきました。」「ところが、母様も私もその場におりませんでしたので、方々を探し回った王様は、地下の貯蔵庫で内緒話をしている私たちを見つけてしまったのです」
「まあ……なんて大変なこと……」
「父である王は、母様をひどく叱りつけ、すぐさま私を殺そうとしました」
「まあ、なんて怖いお父様なのでしょう」
「ですがその時、母様が命がけで私をかばってくれたおかげで、どうにかこうにか命拾いをしたのです。
その代わりとして、私は一生涯この塔の上で暮らすことになり、番人の代わりに大きな蜘蛛に網を張らせて、入り口を守らせるという罰を受けました。
そうして毎晩一度だけ、食べ物と水が蜘蛛の網の隙間から差し入れられるのですが、もし少しでも口を利いたり歌を歌ったりすれば、その晩の食事は抜きにされるのです」
「まあ、なんてお可哀想な……」
「ですから私もじっと我慢をして、それからというもの、ちっとも口を利かずに過ごしておりました。ところが、ちょうど日が暮れた頃のことです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました