初級翻訳・オシャベリ姫 第6話

かぐつち みどり

音は聞こえませんが、あちらこちらで兵隊たちが手に手に短刀を持ち、姫を探し回っているのがよく見えました。
オシャベリ姫は震え上がりながら、なるべく暗い場所を選んで木や家の影を伝い、やがて森の中へ入ると、夢中で走り出しました。
しばらくして、森の向こう側の端、お月さまの光が照らしている場所まで来ると、そこには高くそびえ立つ鉄の塔がありました。その足元には、小さな入り口があります。
姫は喜んで、すぐにその中へ飛び込もうとしました。しかし、ヒョイと入り口に目を向けると、そこには大きな蜘蛛が、エサがかかるのを待つように網をいっぱいに張っているではありませんか。
姫はあまりの恐ろしさに、思わず後ずさりしました。
けれどもその時、後ろを振り返ってみると、鉄のお城の方で、あちらでキラリ、こちらでキラリと光るものが見えます。
それはみんな短刀の光で、だんだんとこちらへ近づいてくるようです。
姫は、この鉄の塔の中に逃げ込む以外、隠れる場所はもうどこにもありませんでした。
泣くこともできず、逃げることもできません。
前には蜘蛛が待ち構え、後ろからは短刀を持った追っ手が迫っています。
姫は恐ろしさと悲しさで、ブルブルと震えながら立ち尽くしていました。
すると、はるか高い塔の上から、美しい歌声が聞こえてきました。

「きれいなきれいなお月さま
 黒い雲にかくれても、
 泣くな、なげくな、悲しむな
 やがて出て来る時がある
 可愛い可愛いお姫さま
 大きな蜘蛛にとられても
 泣くな、なげくな、こわがるな
 いつか助かる時がある」

それを聞いたオシャベリ姫は、すぐに思い切って、塔の入り口一面に張られた蜘蛛の網めがけて飛び込みました。
ところが、その蜘蛛の網はとても丈夫で、姫の力では破ることができず、かえって姫の体にベッタリとくっついて、身動きが取れなくなってしまいました。
「大変!」とあわてて暴れれば暴れるほど、蜘蛛の糸は体にまとわりつき、手や足に絡みついて、しまいには全く動けなくなってしまったのです。
これを見た蜘蛛は大きな目を光らせ、大きな口をパクパクと動かしながら、姫めがけて飛びかかってきました。
オシャベリ姫はあまりの恐ろしさに気絶してしまいましたが、蜘蛛は姫を捕まえると、そのままたくさんの糸を吐き出して、姫をグルグル巻きにしました。そして、塔の隅っこへ運んで隠すと、自分はまた入り口に戻り、網を元通りにきれいに張り直してしまいました。
そこへ、鉄の国の王さまを先頭に、大勢の兵隊たちが短刀を光らせながらやってきました。しかし、入り口に蜘蛛の網がきれいなまま張ってあるのを見て、誰も中には入っていないと思い込んだらしく、そのまま通り過ぎていきました。
オシャベリ姫は、そんなことも知らずにいました。
まるで夢の中のように、自分がだんだんと高いところへ昇っていくような心地がしていましたが、やがて気がついてみると、小さな鉄の部屋の、冷たい鉄の床の上に寝かされていました。
そしてそばには、一人の男の人が、心配そうな顔をして自分を見つめています。
空にはいつの間にか真っ黒な雲が広がり、風が吹き荒れていましたが、ちょうど雲の間から漏れた月の光でその人を見ると、まだ若い気品のある人でした。体には美しい紫色の着物をまとっています。さらに顔をよく見ると、この国の人間のように絵で描いたような口ではなく、本当の赤い唇をしているではありませんか。
「あら!」
姫は思わず叫んで、飛び起きました。
「あなたのお口……本当のお口なのね!」
そう叫ぶと、その若い人は白い歯を見せて、ニッコリと微笑みました。「はい、私はこの国のあわれな障害者なのです」
「まあ……あなたが障害者ですって?」
と、姫はまたびっくりして尋ねました。
若い人は静かな声でこう答えました。
「そうです。この国は『口なしの国』といいまして、この国中の者はみんな口がないのです。鳥も獣も虫までそうなのですから、声を出すものは一つもありません。雷や、雨や、あられや、風や、水の流れる音――そんなものしか聞こえないのです。それは昔、この国中の人があまりにおしゃべりだったからです」
「まあ……おしゃべりなのに、どうして口がなくなってしまったのでしょう?」
と、姫はあまりに不思議な話なので驚き、目をまん丸くして尋ねました。
若い人は、そのわけを話しはじめました。
「それはこういうわけです……昔、この国中の人は、何でも見たことや聞いたことを、誰かにお話しするのが大好きでした。そうして話の上手なおしゃべりの人ほど、みんなから褒められましたので、誰もかれもが面白い話をしよう、みんなをびっくりさせるようなおしゃべりをしよう、と考えたのです。そのためにだんだん嘘をまぜて話すようになり、とうとう嘘の上手な者が『おしゃべりの上手な者』ということになってしまいました。そうしてこの国中の人々は、毎日毎日嘘のつきくらべばかりして、本当のことは一つも言わないようになってしまったのです」
「まあ……それじゃ、みんな困ったでしょうね」
「ええ、本当にみんな困り果ててしまいました。誰の言うことも信用できなくなったからです。そのうちにこの国とよその国との間で戦争がはじまりましたが、いくら『敵が攻めてきた』と言っても、誰も本当のことだとは思いません。戦争の準備もしなかったものですから、この国の人間はめちゃくちゃに負けて、もう少しで国中がすっかり敵に奪われてしまうところでした」
「まあ、大変ですね。それからどうしたのですか?」
と、姫は心配そうに尋ねました。
「私の先祖は代々この国の王でしたが、その時の王はこれを見て、国中の人々に『これから口を利く者は殺してしまうぞ。鳥でも獣でも虫でも、声を出すものは皆、殺してしまえ』と命じました」
「まあ、恐ろしいこと」
「けれども、そのおかげで国中の人々は一人も嘘をつかなくなったばかりでなく、何の音も聞こえないほど静かになりましたので、敵が攻めてくる音や号令の声が、何里も先から聞こえるようになったのです。その時、こちらの兵隊はみんな鉄の鎧を着て、短刀を持って、王が指さす方へ黙って進んでいき、黙って敵に斬りかかっていきましたので、今度はあべこべに敵がめちゃくちゃに負けて、逃げていってしまいました」
「まあ……よかったこと」
と聞いていた姫は、ようやく安心しました。
若い人はなおも話を続けました。
「それから後、この国中の人々は一人も口を利かなくなりました。しまいには、ただぽかんと口を開けているだけでも、役人が遠くから見つけて『何か言ったのではないか』と勘違いして殺してしまうので、国中の人は怖がって、物を食べるのにも口を開かないように、牛乳やスープのような汁物を鼻から吸うようになりました。そうして何千年か暮らしているうちに、この国の人は口が役に立たなくなったので、だんだん小さくなり、とうとう今のようにまったくなくなってしまったのです。けれども、まったくなくなると妙な顔に見えるので、この国の人は鼻の下の、昔口があった場所に赤い唇の絵を描いておくのですよ」
「それじゃ、あなたはどうして口があるのですか?」
と、姫は尋ねました。

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