爪は地面をひっかき、しっぽは短く太くなり、耳はつん立ち、口からは泡を吹き、目は大きく開いて、炎のように輝きました。
ニールスは、ネコなんかに脅かされてたまるものかと、なおも前に出ていきました。
しかし、ネコは踊り上がってニールスに飛びかかり、そこに倒してしまいました。
そして、口を大きく開けて、ニールスの喉を狙いながら、前足で胸を押さえつけました。ニールスは、ネコの鋭い爪がチョッキやシャツを突き抜けて肌に食い込み、鋭い牙が喉元をくすぐるのを感じました。
ああ、大変だ! ニールスは声を限りに助けを求めました。
けれども、誰も助けに来てはくれません。
ニールスは、いよいよこれでおしまいかと思いました。
ところが、どうしたわけか、そのときネコは爪を引っ込め、喉から離れてくれました。
「ほら、」と、ネコは言いました。
「このくらいで、もういいだろう。
今日のところは勘弁しておいてやる。
君のお母さんに免じてだ。
なあに、君と俺とではどっちが強いか、思い知らせてやったまでのことさ。」
こう言い捨てて、ネコは帰っていきました。
その様子は、来たときと同じように、すなおでいかにもおとなしそうでした。
ニールスはがっかりして、ものを言う元気もありません。
これでは、いよいよ小人を見つけるよりほかに道はないのです。
そこで、大急ぎで牛小屋へ駆け込んでいきました。
牛小屋には、牛は三頭しかいませんでした。
ところが、ニールスが中へ入っていったとたんに、三頭とも吠え始めました。
まあ、その騒がしいことといったら、どう見ても三十頭はいるのではないかと思われるほどでした。
「モウ、モウ、モウ」と、マイルースが吠えました。
「この世の中にまだ正義というものがあるのは、清々しいことだ。」
「モウ、モウ、モウ」と、今度は三頭がいっせいに鳴き立てました。
何を言っているのやらさっぱりわからないほど、めちゃくちゃにがなり立てました。
ニールスは小人のことを聞いてみたかったのですが、牛たちがすっかりのぼせ上がっているので、自分の言いたいことを聞かせることなどできませんでした。
牛たちは、まるで見たこともない犬をけしかけられたときのように暴れるのです。
後足で蹴る、首輪を揺さぶる、頭をぐっと上へ向けて角を振り立てる、といったありさまでした。
「おい、ちょっとここへ来な!」と、マイルースが言いました。
「ぐんとこたえるように、一蹴り食らわせてやろうじゃないか。」
「ここへおいで!」と、グルリリアが言いました。
「あたしの角の上でちょいと踊らせてあげるよ。」
「ここへおいでよ、おいで。
おまえに木靴をぶつけられるとどんな思いをしたものか、ひとつおまえにも教えてやるから!」と、シェルナは言いました。
「さあ、おいでったら。
おまえがあたしの耳にハチを入れてくれたお礼を、今すぐしてあげるよ!」と、グルリリアが叫びました。
マイルースはいちばん年をとっていて、いちばん賢い牛でした。
そして、中でもいちばん怒っていました。
「ここへ来い。
おまえはこれまで、お母さんから牛乳の絞り台を何度も何度もひったくったな。
それから、お母さんが牛乳桶を運んでいるときに、いろんな悪さもしたっけな。
お母さんはおまえのために、ずいぶん涙を流したものだ。
今そのお礼を、みんなでしてやるぜ。」
ニールスは、今までのひどい行いをどんなに後悔しているか話したり、小人がどこにいるかさえ教えてくれれば、これからはきっといい子になる、と言いたかったのです。
けれど牛たちは、ニールスの言うことになど、てんで耳を貸してはくれません。
たけり狂って吠えていますので、もしかして、つないである綱が切れてはしないかと心配になってきました。
そこでニールスは、牛小屋からそっと抜け出すよりほかはないと思いました。
ニールスは、やっとの思いで逃げてはきましたが、すっかりがっかりしてしまいました。
無理もありません。
家じゅうどこへ行っても、小人を探す手助けをしてくれる者などいないのですもの。
それに、こんな具合では、たとえ小人を見つけ出したところで、たいして役には立たないでしょう。
ニールスは幅の広い石垣によじ登りました。
石垣は農場を取り囲んでいて、その上にはイバラやイチゴのつるが、一面に絡みついていました。
ニールスはそこに腰を下ろして、つくづく考えました。
もしも人間の姿に戻れなかったら、いったいどうなるんだろう。
お父さんとお母さんが教会から帰ってきたら、どんなにびっくりするだろう。
それどころか、国じゅうの人たちがみんなびっくりするにちがいない。
そして、自分を見物しようとして、東ヴェンメンヘーイからもトルプからもスクーループからも、たくさんやってくるだろう。
いや、ヴェンメンヘーイじゅうの人たちが集まってくるはずだ。
そして、お父さんとお母さんは、自分を市へ連れていって、見せ物にするかもしれない。
ああ、そんなことは想像してみただけでも、じつに怖いことです! こうなったうえは、もう誰にも姿を見られたくありません。
ああ、それにしても、なんて自分は不幸せな少年なのでしょう。世界中を探し回ったとしても、これほど不幸な者は他にいないでしょう。
この子は、もう人間ではないのです。いまや、ちっぽけな化物に成り果ててしまいました。
ニールスは、「人間ではない」ということが、一体どういうことなのか、少しずつ分かってきました。今や彼は、あらゆるものから切り離されてしまったのです。もう他の子どもたちと遊ぶこともできません。お父さんやお母さんの跡継ぎとして働くこともできません。それに、こんな自分のもとへ嫁に来てくれる人など、一生現れないでしょう。
少年は、わが家を眺めました。それは白く塗られた小さな農家で、尖った高いわらぶき屋根をいただき、まるで地面の中にめり込んでいるような格好をしていました。納屋も小さく、それに畑の小ささといったら、馬でさえ振り返りもしないほどでした。けれど、どんなにちっぽけで貧弱であっても、今のニールスにとっては、もったいないほど立派な住まいでした。なぜなら、今のこの身の上では、牛小屋の床下の穴よりもましな場所に住むことなど、望むべくもないからです。
驚くほど素晴らしいお天気でした。少年を取り巻くすべてのものが、何かをヒソヒソと囁き合っています。新芽は生き生きと萌え出で、鳥たちは楽しげにさえずっていました。けれども、ニールスの心は沈みきっていました。これからはもう、どんなものを見ても、今までのように嬉しいと思うことは二度とないでしょう。
ニールスは、今日のように空がどこまでも青く澄み渡っているのを見たことがありません。見上げると、渡り鳥たちが飛んでいました。その鳥たちは遠い外国からやってきて、バルト海を越え、スミューエ岬に上陸し、今まさに北を目指して飛んでいるところだったのです。いろんな種類の鳥がいましたが、ニールスが名前を知っているのはガンだけでした。ガンの群れは、クサビ型に長い列を作って飛んでいました。
ガンの群れは、いく組もいく組も通り過ぎていきました。
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