「じゃあ、かけっこは早いんでしょう?」
「ガチョウが走るのなんて、わたしはまだ見たこともありませんし、わたしもやったことがありません」
ガチョウはこう答えて、自分たちを実際よりも悪く見えるようにしました。
大きな白ガチョウは、こうなったからには、どうしたって隊長が自分を連れて行ってくれるようなことはあるまい、と思っていました。
それだけに、隊長から「あんたはまったく度胸よく答えるんですねえ。度胸のいいものは、最初はからっきしダメでも、そのうちにはいい道連れになれますよ。どうです、あんたがものになるかどうかわかるまで、二、三日一緒にいてみたら?」と言われたときには、すっかりびっくりしてしまいました。
「そいつは、まったくありがたいですね」と、ガチョウは心から満足そうに答えました。
すると今度は、隊長はくちばしでニールスを指しながら言いました。
「あんたがそこに連れているのは、だれなんです? そんなのは、これまで一度も見たことがないが」
「わたしの友だちなんです」と、ガチョウは言いました。
「ずっとガチョウ番をしていたんですが、一緒に旅に連れて行けば、きっと役に立ちますよ」「そうですね、飼い鳥の役に立つならいいでしょう」と、ガンは答えました。
「ところで、なんて名前ですか?」
「いろいろな名前があるので……」と、ガチョウはとっさに何と言えばいいのか分からず、まごまごしながら言いました。
なぜなら、自分が人間の名前を持っていることだけは、隠しておきたかったからです。
「ああ、そうですね。オヤユビ太郎といいます」ガチョウはふっと思いついて、そう答えました。
「すると、小人の親類かなにかですか?」と、隊長はたずねました。
「ところで、あなたがたガンは、いつごろお休みになるのですか?」と、ガチョウはすばやく聞き返しました。
こうして、話をそらそうというわけです。
「今の時間になれば、自然と目が閉じてくるものですよ」と、隊長のガンは言いました。
今、ガチョウと話をしているこのガンが、たいそう年老いていることは一目で分かりました。
羽はすっかり白っぽい灰色で、黒いすじ一つ見えません。
頭はいくぶん大きく、足は荒っぽく、足の裏はほかのどのガンよりもガサガサしています。
羽毛は硬く、肩は骨ばっていて、首は痩せています。
これは、みんな年のせいです。
ただ目だけは若いものと少しも変わらず、かえってほかのガンよりも若々しいくらいにキラキラと輝いています。
そのとき、隊長はいかにももったいぶってガチョウの方を向き、言いました。
「ところでガチョウさん、私はケブネカイセのアッカという者です。どうかお見知りおきを。そして、わたしのすぐ右側を飛ぶガンはユクシ、すぐ左側を飛ぶのはカクシといいます。右側の二番目はコルメ、左側の二番目はネリエーといい、そのうしろはヴィシとクウシです。それから、そのあとを六羽の若いガンが、右に三羽、左に三羽飛ぶのです。どれもこれも、立派な血筋の高山ガンです。ですから、そこらでちょいちょい出会う宿なしどもと間違ってもらっては困りますよ。それに、我々は自分の血筋すら名乗らないような者とは、一緒に暮らしはしないのですからね」
隊長のアッカがそうしゃべっている間、ニールスはすっと前へ進み出ました。
今、ガチョウが自分のことはスラスラ答えたのに、ニールスのこととなると逃げるような返事しかしないのが、不満でならなかったのです。
「ぼくの素性を明かしましょう」と、ニールスは言いました。
「ぼくはニールス・ホルゲルッソンといって、百姓の子どもです。つい今朝までは人間だったんだけど、今朝……」
けれど、この先を言い続けることはできませんでした。
ニールスが人間だと言ったかと思うと、たちまちガンの隊長は三歩あとへ下がりました。
ほかのガンたちはもっと後ろへとびのきました。
そして、みんな首を伸ばしながら、腹を立てて「シーッ、シーッ」と威嚇しました。
「わたしはこの岸であなたを見たときから、あやしいやつだと思っていた。さあ、さっさとお行き。人間なんかを仲間に入れておくことはできないよ」と、アッカは怒鳴りつけました。
「あなたがたガンが、こんなちっぽけなやつを怖がるなんて、おかしいじゃありませんか」と、ガチョウはなだめるように言いました。
「明日になれば、きっと家に帰るでしょうよ。だけど今夜だけは、一緒にいさせてやってください。こんなあわれなチビスケを、夜ひとりっきりで、イタチやキツネのいっぱいいる中へ追い払うこともないじゃありませんか」
ガンの隊長は前に進み出ました。
しかし、恐怖心を抑えるのはなかなか難しいようです。
「わたしは、人間だったら大きかろうと小さかろうと、気をつけるように教え込まれてきたんでね」と、隊長は言いました。
「だけどガチョウさん、このチビさんが我々に何一つ害を加えないと、おまえさんが受け合ってくれるんなら、今夜は一緒にいてもいいことにしましょう。もっとも、今夜の宿はおまえさんにもこのチビさんにも向いてはいないでしょうよ。なにしろ、我々は岸から離れた氷の上に行って寝るつもりなんだからね」
こう言われれば、いくらなんでもガチョウも決心がつかなくなるだろうと、ガンの隊長は思っていました。
ところが、ガチョウは平気なものです。
「そういう安全な寝場所を選ぶとは、さすがに大したものですね」
「だがおまえさんは、そのチビさんが明日家に帰ると、受け合ってくれるでしょうね」と、隊長は念を押して言いました。
「そのときは、わたしもあなたがたとお別れしますよ」と、ガチョウは言いました。「わたしはこのチビさんを、決して捨てないと約束してあるんですからね」
「どこへ飛んでいこうと、お好きなように」と、隊長のガンが答えました。
それから翼を広げて、氷の上に飛び立っていきました。そのあとから、ほかのガンたちも一羽ずつ続いていきました。
ニールスは、ラプランドへの旅なんてとてもできそうもないと思うと、悲しくなってきました。それに、今夜の凍えるような野宿のことも心配でたまりません。
「こいつは、ますますひどいことになったね、ガチョウくん」と、ニールスは言いました。
「だいいち、もうここの氷の上で凍え死にしてしまうかもしれないぜ」
ところが、ガチョウときたら、じつに陽気なものです。
「あぶなくなんかありゃしないよ。さあ、大急ぎでわらや草を、持てるだけ集めてきてくれたまえ」
ニールスが両腕いっぱいに枯れ草を抱えてくると、ガチョウはくちばしでニールスのシャツの襟をくわえて持ち上げ、氷の上に飛んでいきました。そこでは、ガンたちがくちばしを翼の中に突っ込んで、グウグウ眠っていました。
「さあ、氷の上に草を広げなさい。そうすればその上に寝られるし、凍えることもないからね。きみはぼくを助けてくれた、そしてぼくも、きみを助けるってわけさ」と、ガチョウは言いました。
ニールスは言われた通りにしました。それが済むと、ガチョウはまたもシャツの襟をつかんで、自分の翼の下に入れました。
「ここにいれば、あたたかくて気持ちがいいよ」ガチョウはこう言いながら、ニールスをすっぽりと翼の中にくるみ込みました。
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