ニールスのおじいさんは水夫でした。
そして、生きていたときは、カールスクローナのことを毎日というほど話してくれました。
造船所のことや、カールスクローナで見たさまざまな出来事などを聞かせてくれたのでした。
ニールスはすっかり安心して、家にいるような気持ちになりました。
そして、あんなにたびたび話に聞いていた場所を、今こうして一つ残らず見られるのかと思うと、とってもうれしくなりました。
けれども、ニールスが塔や、港の入口を閉ざしている要塞や、たくさんの建物や、造船所などをちらっと眺めたとき、アッカは平たい教会の塔の一つに舞い降りました。
ここは、キツネから行方をくらまそうと思うものにとっては安全な場所でした。
ニールスは、今夜はガチョウの羽の下にもぐりこむ気になれるものかどうか、考えてみました。
うん、今夜はきっとできるだろう。
それに、少し眠ったほうが体のためにもいいだろう。
造船所や船を見物するのは、明日の朝にすればいい。
ところが、ニールスは自分でも不思議なくらい、どうしても明日の朝までじっと待っていることができなくなりました。
五分と眠らないうちに、羽の下からはいつくばって出て、避雷針と雨どいを伝って、地面に滑り降りたのです。
まもなく、ニールスは教会の前の広場に出ました。
そこには、丸い石が敷き詰められていました。
その上を歩くのは、なかなか骨が折れました。
ちょうど、大人たちが草ぼうぼうの原っぱを歩きにくいのと同じことです。
幸い、広場には誰もいませんでした。
ただ、高い台の上に立っている立像が見えるばかりでした。
ニールスは長いあいだ、その立像を眺めていました。
それは、三つの角のある帽子をかぶり、長い上着を着て、半ズボンをはき、荒い靴をはいた大きな人の姿です。
ニールスは、この人は誰だろうと思いました。
その人は長いステッキを手に持っていて、その使いかたも知っているようです。
なにしろ、大きなかぎ鼻で、みにくい口をしたその人は、恐ろしいほどいかめしい顔つきをしているのですから。
「この口の曲がった人は、いったいここで何をしているんだろう?」と、そのうちにニールスは言いました。
今夜ぐらい、自分がちっぽけでつまらないものに思われたことはありません。
そこで、元気をだそうとして、立像に向かって乱暴な言葉を並べ立てました。
それから、立像のことは考えないようにして、海へ出る広い通りを歩いていきました。
けれども、まだそんなに行かないうちに、後ろのほうから足音が聞こえてきました。
敷石をドシン、ドシンと踏みならして、ステッキで地面を強く突きながら、広場のほうから誰かがやってくるのです。
まるで、あの広場に立っていた青銅の大きな像が、歩き出しでもしたような響きです。
ニールスは通りを駆け出しながら、足音に耳をすましました。
すると、足音の主は、あの青銅の人にちがいないという気持ちが、だんだん強くなってきました。
大地が震え、家々が揺れます。
こんなものすごい歩きかたをするのは、あの青銅の人のほかにはありません。
さっきあの人に向かって言ったことを思い出すと、ニールスはあわてました。
後ろを振りかえって、ほんとうにあの人かどうか確かめてみる元気は、とてもありません。
「きっと、ちょっと散歩に出かけただけなんだろう」と、ニールスは思いました。
「ぼくがさっき言ったことぐらいで、腹を立てるわけはないもの。悪い気で言ったんじゃないんだから」ニールスは、まっすぐ造船所へ向かわず、東へ伸びる通りへと急いで曲がりました。とにかくこうして、追っ手から逃げ出したかったのです。ところが、青銅の人もすぐにこちらへ曲がってきたようです。ニールスはすっかり困り果ててしまいました。どうしたらいいのでしょう?
市の中の戸という戸は、すべて閉ざされています。そこにかくれ場所を見つけるなんてことが、どうしてできましょう。ふと見ると、右手のほうの、通りから少し離れた木立の中に、木造の古い教会が立っていました。ためらうひまもなく、ニールスはすぐさま教会めがけて駆け出しました。「あそこへ行けば、だいじょうぶだろう」と、思ったのです。
ニールスが走っていくと、ひとりの男が砂利道に立って、手まねきしているのが見えました。「きっと、だれかが助けてくれようとしているんだな」と、ニールスは思いました。そう思うと、すっかりうれしくなって、その人のほうへ夢中で駆け寄りました。心配のあまり、胸がドキドキしています。けれども、砂利道の端にある低い台の上に立っている人のところまで来たとき、ニールスはびっくりしてしまいました。
「この人がぼくを呼んだんじゃないはずだ」と、ニールスは思いました。なぜって、見れば、その人は木でできているではありませんか。ニールスはその人の前に立って、じっと眺めました。ずんぐりした体つきで、足は短く、顔は大きく赤らみ、髪の毛は黒くピカピカしていて、まっ黒なひげをはやしていました。頭には黒い木の帽子をかぶっています。体には褐色の木の上着をまとい、腰には黒い木の帯を締め、大きな灰色の木の半ズボンをはいて、それに木の靴下をはいていました。足元には黒い木の靴を履いています。この人は最近ニスを塗り直してもらったばかりなので、お月さまの光を浴びて、キラキラと輝いていました。見たところ、いかにも正直そうな顔をしています。それで、ニールスはすぐにこの人をいい人だなと思い込んでしまいました。
その人は、左手に木の板を持っていました。そこにはこう書いてありました。
「口のきけない者ですが
どうかお願いもうします。
わたしの帽子をおあげになって
一銭入れてくださいませ。」
おや、おや、この人は慈善箱だったのですね! ニールスは少しがっかりしてしまいました。実は心の中で、なにかえらい人だろうと思っていたのです。でもこのとき、いつだったかおじいさんがこの木の人について話してくれたのを思い出しました。おじいさんの話では、カールスクローナの子どもたちは、みんなこの木の人を大好きだということでした。どうやら、それは本当のようです。なぜなら、ニールス自身もこの木の人と別れるのが名残惜しくなってきたからです。
ところで、この人にはたいへん古めかしいところがありました。もう何百歳にもなっているようです。と同時に、いかにも頑丈で、堂々としていて、しかも生き生きとしています。昔の人たちは、みんなこんなふうだったのかもしれません。ニールスはこの木の人を眺めているのがあまりにおもしろかったので、追いかけてくる青銅の人のことはすっかり忘れていました。
ところがそのとき、また足音が聞こえてきました。さあ、たいへん! 青銅の人も、通りから教会の境内のほうへ入ってきたではありませんか。こんなところまで追いかけてきたのです! さて、どこへ逃げたらいいのでしょう?
ちょうどこのとき、木の人はいきなり体をかがめて、大きくて幅の広い手を差し出しました。この人はいい人にちがいないと信じていたので、すぐさまニールスは一足飛びにその手の上へと飛び乗りました。すると木の人はいきなりニールスを帽子のところまで持ち上げて、その中へと放り込みました。
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