ニールスが帽子の中にかくれ、木の人ももとのように腕を下ろすと同時に、青銅の人が姿を現しました。そして、木の人の前に立ちどまって、ステッキで地面をドシンと突き鳴らしたので、木の人も台の上でグラグラッと揺れました。それから、青銅の人はよく響く大きな声で言いました。
「そちはだれじゃな?」
木の人もギイギイと音を立てて腕を上げ、帽子のふちに手を当てて答えました。
「陛下、おそれながら、ローセンブームと申すものでございます。むかしは、戦艦『勇壮』の兵曹長をいたしておりましたが、退役になりましてからは、提督教会の堂守をしておりました。そののち、木にきざまれまして、こうして慈善箱となり、この境内に立っているのでございます。」
ニールスは、木の人から「陛下」という言葉を聞いてびっくりしました。無理もありません。そうしてみると、広場に立っていたあの像は、この市を建てた人の姿を刻んだものにちがいないのです。つまり、ニールスがさっき出会ったのは、カルル十一世にちがいありません。
「じぶんのことをよくしゃべりたてるやつじゃ」と、青銅の人は言いました。
「ところで、こんや、町なかをかけまわっていた小僧を見かけなかったか? なまいきなチビじゃ。つかまえたら、ひとつ礼儀作法を教えてくれよう」そう言って、またもステッキで地面をドシンとつきました。ものすごく怒っているようすです。
「おそれながら、陛下、たしかにそいつを見かけました」と、木の人は言いました。
ニールスは帽子の下にかくれて、木のすきまから青銅の人を見ていたのですが、それを聞いて、心配のあまりブルブルとふるえだしました。
ところが木の人はつづけて、「陛下、ここをおいでになっては、おまちがいでございます。小僧はきっと造船所へいって、あそこにかくれるつもりでございましょう」と言いましたので、ニールスはやっと安心しました。
「そう思うのか? ローセンブーム、では、そんな台の上に立っておらんで、わしといっしょにきて、あの小僧をさがす手つだいをしてくれ。四つの目は二つの目よりもよいものじゃ」
ところが、木の人は悲しそうな声で答えました。
「どうかお願いでございますから、わたくしめは、ここにおらせてくださいませ。さいきん、ぬってもらったばかりでございますので、つやつやして元気そうには見えますが、じつはわたくしめは年をとっておりまして、動くこともできないのでございます」
青銅の人は、じぶんの言うとおりにしなければ承知しない人です。
「なんという言いぐさじゃ! さあ、まいれ、ローセンブーム」こう言って、ステッキをあげて、木の人の肩をポカッと打ちました。「そちは、まだ立っている気か?」
こうして、ふたりはカールスクローナの通りを力づよくドシンドシンと歩いていきました。やがて、造船所へ通じる大きな門の前に出ました。そこには、ひとりの水兵が立って、番をしていました。けれど、青銅の人はさっさとそのそばをとおりすぎて、門をつきあけました。水兵は気がつかないような顔をしていました。
門の中へはいりますと、木の橋でくぎられている広い大きな港が見えました。それぞれの汐留には、軍艦がはいっていました。それらは、こうして近くへきてみれば、さっき空から見たときよりも、ずっと大きくこわそうに見えました。そこで、ニールスは、「さっき海の怪物のように見えたのも、そんなにまちがっちゃいなかったんだな」と、思いました。
「ローセンブーム、そちはどこからさがしはじめたらよいと思うか?」と、青銅の人はたずねました。
「あいつのようなものは、模型室にかくれるのが一ばんたやすうございましょう」と、木の人は言いました。
門から右のほうへ、港にそってのびている狭い陸地には、古い建物がならんでいます。青銅の人は、壁のひくい、四角い窓と大きな屋根のある建物のところへ歩いていきました。そして、ステッキで戸をドシンとついて、あけました。それから踏みへらされた階段をズシン、ズシンとのぼっていきました。
ふたりは大きな部屋にはいりました。そこには、マストをたて、網具をそなえた小さな船がたくさんならんでいました。説明を聞かなくても、ニールスはすぐに、この船は、スウェーデン海軍のために造られた軍艦の模型であるとわかりました。見れば、ずいぶんいろんな種類の船があります。ニールスは、こういう船のあいだをつれて歩かれているうちに、びっくりしてしまいました。
「すごいなあ、こんなに大きいりっぱな船が、このスウェーデンで造られたんだなあ!」
そこにあるものをぜんぶ見てまわったので、ずいぶん時間がかかりました。青銅の人は模型を見はじめますと、ほかのことはすっかり忘れてしまいました。すみからすみまで模型を念いりにながめて、おまけに、ひとつひとつ説明をきくのでした。すると、『勇壮』号の兵曹長だったローセンブームは、知っているかぎりのことを話しました。船を造った人たちのことや、船に乗組んだ人たちのこと、それから、その人たちがどうなったかということなどを説明しました。
ローセンブームと青銅の人は、むかしの美しい木造船が一ばん気にいりました。新しい鋼鉄の軍艦のことは、このふたりにはあまりよくわからなかったようです。
「そちは新しい軍艦のことは、何も知らんな」と、青銅の人は言いました。「どこかべつのところへいって、ほかのものを見ようではないか。そのほうがおもしろかろう、ローセンブーム」
青銅の人は、ニールスをさがすことを、もう忘れていました。いっぽう、ニールスも木の帽子の中にかくれているので、安心しきっていたのでした。それから、ふたりは帆をこしらえる場所や、いかりを造る場所、機械場、木工場といった大きな作業場を通り抜けていきました。
続いて、背の高い起重機やドック、巨大な倉庫や兵器庫、弾薬庫、ロープを編む場所、そして岩にぶつかって壊れてしまい、もう使われなくなった大きなドックなども見て回りました。
それから、海軍の船がつながれている桟橋まで行って、船に乗り込み、まるで二匹のオットセイのような格好で船を眺め回していました。
一番最後に、広い構内に出ました。
そこには、昔の軍艦の船首に飾られていた「船首像」がずらりと並んでいました。
ニールスは、これほど不思議なものを見たことがありません。
なぜなら、ここにある像は、信じられないほどものすごく、ゾッとするような顔をしていたからです。
それらの像は、恐れを知らず、どう猛な顔つきをしていて、いかにも傲慢に見えました。
それらは時代も違えば、作った人々も違うものです。
ニールスはその前に立ったとき、体が縮み上がるような思いがしました。
けれども、ふたりがここへ来たとき、青銅の人は木の人に向かって言いました。
「帽子を取れ、ローセンブーム、ここにならんでいる像たちに敬意を表するのじゃ! これはみんな、祖国のために戦った者たちなのだからな」
しかし、ローセンブームも青銅の人も、なんのためにここへやって来たのか、いまではすっかり忘れていました。
ローセンブームは何も考えず、すぐに帽子を上げて叫びました。
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