けれど、とにかく、アラシもほかのカラスたちも、オヤユビくんに手だしはしませんでした。
それからまもなく、カラスたちは出発しました。
いままでのところでは、スモーランドは話に聞いているほど、みすぼらしい土地のようではありませんでした。森も山もありますし、川や湖のほとりには、耕された畑も見えます。まだ、ほんとうの荒れ地には、一つも出あっておりません。
しかし奥に進めば進むほど、村も小屋も少なくなりました。しまいには、ほんとうの荒れ地の上を飛んでいるのではないかと思われてきました。無理もありません。下に見えるものといえば、沼と荒れ地とネズの生えている丘だけなのですから。
お日さまは沈みましたが、カラスたちはまだ明るいうちに、ヒースの生えている、あの大きな荒れ地につきました。
アラシは、一羽のカラスをさきにやって、オヤユビ小僧をうまく見つけたことを、みんなに知らせました。すると、ハヤテは数百羽のカラスをひきつれて、出むかえに飛んできました。カラスたちが両方から、カア、カアと鳴きさけんで、あたりは、たいへんなさわぎでした。
そのとき、ノロ公が、そっとニールスに言いました。
「おまえはゆかいなやつだ」おかげで旅のあいだ、とてもおもしろくすごさせてもらった。
おれは、おまえがすきになったよ。
だから、いいことを教えてやる。
おまえは、下におろされると、すぐに、なんでもないような仕事を言いつけられるが、それをやるときには、気をつけるんだぜ。」
まもなく、ノロ公は砂利穴の底に、ニールスをおろしました。
ニールスは、ころがるようにおりて、そのまま、いかにも疲れきったように、あおむけにねころんでしまいました。
そして、たくさんのカラスが、まわりをとりまいて、嵐のように、ものすごく羽ばたいても、いっこうに目をあけませんでした。
「こら、小僧、起きろ!」と、アラシが言いました。
「やい、仕事があるんだ。きさまには、なんでもないことだ。」
ニールスは、身動きもしないで、眠ったふりをしていました。
すると、アラシは、ニールスの腕をつかんで、くぼ地のまんなかにある、古風な土のかめのところへ、砂の上をひきずっていきました。
「やい、小僧、起きろ!」と、アラシは言いました。
「さあ、このかめをあけるんだ!」
「どうして、ぼくをねかせておいてくれないんだい?」と、ニールスは言いました。
「今夜は、くたびれすぎちゃって、なんにもできやしないぜ。あしたまで待ってくれよ!」
「かめをあけろったら!」と、アラシは、ニールスをゆすぶりながら、言いました。
ニールスは、しかたなくからだを起こして、かめをながめまわしました。
「ぼくみたいな、ちっぽけな子どもに、こんなかめがあけられるはずがないじゃないか。このかめは、ぼくぐらいあるぜ。」
「さっさとあけろ!」と、アラシは、もう一ど言いつけました。
「あけないと、ためにならんぞ!」
ニールスは、立ちあがって、かめのところにいき、ふたをいじくりました。
でも、すぐに腕をさげてしまいました。
「ぼくは、いつもなら、こんなに弱虫じゃないんだ。」と、ニールスは言いました。
「あしたまで、ねかせてさえくれりゃ、このふたぐらい、きっとあけられると思うがなあ。」
ところが、アラシは、気がいらいらしていましたので、いきなり前に進みでて、ニールスの足をつつきました。
しかし、いくらなんでも、カラスにこんなことをされては、だまっていられません。
ニールスは、すぐさま身をふりはなして、二歩ほどうしろへさがりました。
そして、ナイフをさやから引きぬいて、目の前につきだしました。
「やい、気をつけろ!」と、ニールスは、アラシにむかってさけびました。
アラシは、怒りくるっていたものですから、危険をさけようともしないで、めくらめっぽうにニールスめがけて、とびかかりました。
そのため、ナイフがぐさっと目玉につきささって、頭にまでもくい入りました。
ニールスは、すばやくナイフを引きぬきましたが、アラシは一、二ど、つばさをバタバタやっただけで、そのままたおれて、死んでしまいました。
「おかしらが死んだぞ! こいつがおかしらを殺したぞ!」と、すぐ近くにいる、カラスたちが口ぐちにさけびました。
それから、たいへんなさわぎになりました。
オイオイ泣きだすものもあれば、かたきをうて、とさけびたてるものもあります。
みんなは、四方八方から、ニールスめがけて駆けよりました。
ノロ公が、その先頭に立っていました。
いつものように、ノロノロしてはいましたが、つばさをひろげて、ニールスをその下にかくし、ほかのカラスたちが、くちばしをむけてくるのをふせいでくれました。
ニールスは、進退ここにきわまってしまいました。
カラスたちから逃げることもできませんし、身をかくす場所一つありません。
と、そのとき、土のかめのことを思いだしました。
そこで、ふたを力いっぱいつかんで、ぐいと、はずしました。
そして、その中にかくれようと思って、とびこみました。
ところが、ここにもかくれるわけにはいきませんでした。
なぜって、かめの中は、ほとんどふちまで、小さな、うすい銀貨が、いっぱいにつまっていたのです。
これでは、中にはいることもできません。
そこで、とっさに、身をかがめて、銀貨をつかんでは投げはじめました。
いままで、カラスたちは、ニールスのまわりをとりまいて、つばさをバタバタやりながら、つつき殺そうとしていました。
ところが、ニールスが銀貨をほうり投げるのを見たとたんに、みんなは、たちまち、かたきうちのことなどは、忘れてしまって、あわてふためいて、銀貨をひろいはじめました。
ニールスは、銀貨を手にいっぱいつかんでは投げました。
すると、どのカラスもどのカラスも、ハヤテまでもいっしょになって、むちゅうで、それをひろいました。
そして、うまく銀貨をひろったものは、こんどは、それをかくそうと、大いそぎで巣のほうへ飛んでいきました。ニールスは、かめの中の銀貨をすっかり投げだしてしまったとき、あたりを見まわしました。すると、そのくぼ地には一羽のカラスしか残っていませんでした。それは、つばさに白い羽のある、じぶんをここまで乗せてきてくれた、あのノロ公でした。
「きみにはわからないでしょうが、きみはたいへんな仕事をしてくれたんですよ」と、ノロ公は言いました。その声も調子も、いままでとはまるでちがっていました。「それで、こんどはわたしがきみの命をすくってあげます。さあ、わたしのせなかにお乗りなさい。今夜安心して眠れる隠れがにつれていってあげますから。あしたになったら、ガンたちのところへ帰れるように、なんとかしてあげましょう」
小屋
四月十四日 木曜日
あくる朝、目がさめたとき、ニールスはベッドの中に寝ていました。そして、ぐるりには壁があり、上には屋根があるのを見て、じぶんは家にいるんだな、と思いました。
「おかあさんが、じきにコーヒーを持ってきてくれるんだろうなあ?」
ニールスは、ねぼけまなこでこんなことをブツブツ言いました。
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