初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第32話

ニールスのふしぎな旅

そしてすぐに、泡立つ急流の真ん中の岩の上に、ガンたちが立っているのを見つけました。
これでは、今回もまた近づくことができません。
でも、どうしても諦めることができず、そのまま岸に座り込んで、じっとガンたちを眺めていました。
ズルスケはひどく情けない気持ちになりました。
狩人としての名声が、すっかりダメになってしまったような気がしたのです。

すると突然、一匹のカワウソが魚をくわえて川から這い出してきました。
ズルスケはカワウソのほうへ近づきましたが、獲物を奪うつもりはないということを示すために、二歩ほど離れて立ち止まりました。
「あの岩にガンがいっぱいいるっていうのに、魚を捕まえて喜んでいるなんて、きみは本当にりこう者だな」
と、ズルスケは言いました。
けれども、このときは気がいらいらしていたので、いつものようにうまい言葉を考える余裕もありませんでした。
カワウソは、川のほうを振り返りもしません。
「僕たちは、初めて出会ったわけじゃないぜ、ズルくん」
と、カワウソは言いました。
このカワウソも、ほかのカワウソと同じように住み家を持たない旅人であり、ヴォンブ湖でもたびたび魚を捕まえていたので、ズルスケとも顔見知りだったのです。
「きみが僕からマスをだまし取ろうとした時のことを、僕は忘れちゃいないぜ」
「ああ、きみか、欲張りくん」
このカワウソが泳ぎの名人だと分かると、ズルスケは嬉しそうに言いました。
「じゃあ、きみがガンに目もくれないのも不思議はないな。きみにはあそこまで行けやしないんだからねえ」

けれども、カワウソとしては、足の指の間に水かきを持っているばかりか、カイのように立派で硬いしっぽと、水を弾く毛皮を持っているのですから、あの渦巻く流れを渡ることができないと言われては、黙っているわけにはいきません。
流れのほうを振り返り、ガンの姿を一目見るなり、魚を放り投げて険しい岸から飛び降り、流れの中へ踊り込みました。

今は春もだいぶ深まっていたので、ナイチンゲールたちもきっとユパダール公園に戻っていたことでしょう。
そうとすれば、この欲張りくんと急流との戦いを、いく晩もいく晩も歌い続けるはずです。
無理もありません。
カワウソは何度も水に押し戻されたり、深みへ引きずり込まれたりしましたが、一生懸命浮き上がっては、大きな岩を目指して泳いでいきました。
ついに、岩の後ろの静かな水のところに泳ぎ着きました。
そして、そっと岩に這い上がって、だんだんガンたちに近づいていきました。
全く、命がけの仕事です。
確かにこれでは、ナイチンゲールに歌われるだけの値打ちがあるでしょう。

ズルスケは、一生懸命カワウソの姿を見守っていました。
カワウソはだんだんガンたちに近づいていき、今にもガンの上へ飛びかかろうとしています。
と、その途端に、突然カワウソがものすごい叫び声を上げました。
と思う間もなく、カワウソは水の中に転がり落ちて、目隠しをされた子ネコのように押し流されていきました。
するとすぐそのあとから、ガンたちが激しく羽ばたいて一斉に空へ舞い上がり、再び寝場所を探して飛んでいきました。

まもなく、カワウソは岸に上がってきました。
けれど、ひとことも口をきかないで、片方の前足を舐め始めました。
しかし、ズルスケがこの失敗を馬鹿にして笑うと、怒って怒鳴りつけました。
「俺の泳ぎ方が下手だったせいじゃないぞ、ズルスケ。俺はガンのところまで行って、もうすこしでガンに飛びかかろうとしたんだ」「ところがそのとき、ちっぽけな小僧がとびだしてきて、とがった鉄みたいなもので、おれの足をつきさしやがった。あんまり痛かったんで、おもわず足をすべらして、川の中へ落っこっちまったんだ」

カワウソはそれ以上言う必要はありませんでした。ズルスケはガンのあとを追っかけて、もうずっと遠くへいってしまっていたのでした。

こうして、またもや、アッカとガンたちは夜の旅をしなければならなくなりました。さいわい、お月さまが出ていましたから、その光のおかげで、このあたりにまえから知っている寝場所をさがすことができました。キラキラ光っている川にそって、ふたたび南のほうへ飛んでいきました。ユパダールの荘園の上や、ロンネビュー町のくらい屋根の上や、白い滝の上をこえて、すこしも休まずに、ぐんぐん飛んでいきました。

ところで、この町からすこし南のほうにあたって、海からあまり遠くないところに、ロンネビューの温泉場があります。そこには温泉や温泉宿や春のお客のためのホテルや別荘などもあります。こうしたすべてのものが、冬の間じゅう、だれもいないために、ほったらかされています。このことを、どの鳥もよく知っていて、嵐の吹きすさぶ季節には、たくさんの鳥がこの大きな家々の縁がわや露台をかくれ場にするのでした。ガンたちは、ここの、ある露台におりました。そして、いつものように、すぐに眠りました。

けれども、ニールスは、こんやはもうガチョウのはねの下にもぐりこむ気にはなれませんでした。はねの下にはいってしまったら、何も見えなくなって、ただ物音がかすかに聞こえるだけになってしまいます。それでは、とうていガチョウを守ってやることができません。いまのニールスにとっては、じぶんのことよりも、ガチョウのことを考えてやるのがいちばん、だいじなのです。

ニールスのいる露台は、南にむいていましたから、海がよく見えました。ニールスは眠れませんでしたので、このブレーキンゲで、海と陸とがいっしょになってつくりだしている美しい景色をながめていました。

いったい、海と陸とは、いろいろな出会いかたをするものです。まず海のほうから考えてみましょう。海は何ひとつなく、はてしなくひろがっています。そして、くりかえしくりかえし灰色の波をうねらせています。陸のほうへ近づくときには、小さな島に出会います。すると、すぐにその上に水を打ちつけて、あらゆる緑をひきむしり、じぶんと同じように、裸に灰色にしてしまいます。どの島も、まるで強盗の手にかかったように、裸にされ、はぎとられてしまいます。

ところが、だんだんすすむうちに、小さな島がたくさんになってきます。陸がじぶんのかわいい子どもたちをよこして、海の心をなだめようとしているのがよくわかります。それで、海も、進むにつれて、だんだんやさしくなってきます。波もさっきまでのように高くはなくなり、嵐もしずまります。割れ目や裂け目に生えている緑の草木もそのままにしておいて、じぶんは小さな瀬戸や入江になってしまいます。

こんどは、陸のほうを考えてみましょう。陸はどこも変わりがなく、ほとんど同じようです。陸は、たいらな穀物畑か、長くのびている森つづきの山々からできています。その穀物畑のあいだには、カバの木々にかこまれた牧場があちこちに見えます。陸は、まるで穀物と、カブと、ジャガイモと、エゾマツと、マツのことしか考えていないようです。それから、入江が陸の中まで深くくいこんでいます。しかし、陸はそんなことはべつに気にもとめないで、ふつうの湖と同じように、カバとハンノキでそのふちをかざってやります。

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