そして、青いオリーブの森が、見えない天の川のむこうで、しんみりと光りながらだんだん後ろの方へ遠ざかっていき、そこから流れてくる不思議な楽器の音も、もう汽車のひびきや風の音にかき消されて、聞こえなくなってしまいました。
「あの森は、きっとハープのお宿よ。
わたし、あの森の中にすてきなお姫さまが立って、竪琴を弾いていらっしゃるんだと思うわ。お付きの女中さんたちが、青いクジャクの羽で後ろからパタパタと涼しい風を送ってあげているのよ」
カムパネルラのとなりに座っていた女の子が言いました。
なぜだか、みんなも本当のことに思えてくるのでした。
第一、さっきよりもずっと小さくなって、今ではもう一つの緑色の貝ボタンのよう小さく見える森の上で、さっさっと青白くときどき光っているのは、きっとそのクジャクの羽のきらめきなのだろうと思ったのです。
けれども、カムパネルラがやっぱりそっちをうっとり見つめているのに気がつくと、ジョバンニはなんとも言えないほど悲しい気持ちになって、思わず、
「カムパネルラ、ここから汽車をおりて一緒に遊んでこようよ!」
と言い出したいほどでした。
そのときです。ジョバンニは川のずっと遠くの方に、不思議なものを見つけました。
それは確かに、何か黒くて、ツルツルした細長いものでした。見えない天の川の水面へぴょんと飛び出して、ちょっと弓のかたちにしなってから、また水の中にもぐったようでした。
変だなと思って、もっとよく注意して見ていると、今度はもっと近くで、また同じことがあったみたいでした。
そのうちに、もうあっちでもこっちでも、その黒くてツルツルした変な生き物たちが、水からピョンと飛び出して、クルンと丸く跳ねては、また頭から水にもぐるのが、たくさん見えてきました。
みんな、魚のようにはしゃぎながら、川上へのぼっていくようでした。
「まあ、なんでしょう! タアちゃん、ごらんなさい! まあ、すごい数だわ。あれ、いったい何かしら?」
眠そうに目をこすっていた男の子が、びっくりしたように立ち上がりました。
「何だろうな」
青年も立ち上がりました。
「まあ、おかしなお魚! あれ、何かしら」
「イルカだよ」
カムパネルラがそちらを見ながら答えました。
「イルカなんて、わたし、見るの初めてだわ! でも、ここって海じゃないんでしょ?」
「イルカは、海にいるとはかぎらないんだ」
あの不思議な低い声が、またどこからか聞こえてきました。
本当に、そのイルカたちの動きのおもしろいことといったらありません。二つのヒレをちょうど両手をぴたっとさげて気をつけの姿勢をとったみたいにして、水の中から飛び出してきては、お行儀よく頭を下げて、その姿勢のまままた水の中へとーんぼ返りしてもぐっていくのです。
見えない天の川の水も、そのときはゆらゆらと青い炎のように波を立てていました。
「イルカって、お魚なのですか?」
女の子がカムパネルラに話しかけました。
男の子は、ぐったりとつかれたように座席にもたれて眠っていました。
「イルカはお魚じゃないよ。クジラと同じような動物なんだ」
カムパネルラが答えました。
「あなた、クジラを見たことがあるの?」
「僕、あるよ。クジラは、頭と黒いしっぽだけが見えるんだ。潮を吹くと、ちょうど絵本に書いてあるとおりになるよ」
「クジラって、すごく大きいのねえ!」
「うん、クジラはとっても大きいよ。赤ちゃんでも、イルカぐらいあるんだから」
「そうよ、わたし『アラビアンナイト』の本で読んだわ!」
お姉さんは、自分の細い銀色の指輪をクルクルいじりながら、楽しそうに向こうの方でその話を聞いていました。
(カムパネルラ、僕もうあっちへ行っちゃうぞ! 僕なんか、クジラだって一度も見たことないや……)
ジョバンニは、胸が張り裂けそうなくらいイライラしながらも、歯を食いしばってじっと我慢し、窓の外を見つめていました。
その窓の外では、イルカの姿ももう見えなくなって、川が二つに分かれていました。
その真っ暗な島の真ん中に、すごく高いやぐらが一本そびえ立っていて、その上に、ゆったりした服を着て赤い帽子をかぶった男の人が立っていました。
そして、両手に赤と青の旗を持って空を見上げながら、合図を送っているのです。
ジョバンニが見ている間、その人はしきりに赤い旗をふっていましたが、急に赤旗を下ろして後ろに隠すようにすると、今度は青い旗を高く高く掲げて、まるでオーケストラの指揮者のように激しくふりました。
すると、空中にザアーッと雨の降るような音がして、何か真っ暗なもののかたまりが、いくつもいくつも、鉄砲の弾のように川のむこうへ飛んでいくのでした。
ジョバンニは思わず窓から体を半分乗り出して、そちらを見上げました。
美しく、本当に美しい桔梗色の、なんにもない空の下を、ものすごい数の小さな鳥たちが、いくつものグループに分かれて、めいめいせわしそうに鳴きながら通り過ぎていくのです。
「鳥が飛んでいくぞ」
ジョバンニが窓の外に向かって言いました。
「どれどれ」
カムパネルラも空を見上げました。
そのとき、あのやぐらの上にいたゆったりした服の男の人が、急に赤い旗をパッと持ち上げて、狂ったように激しく振り回しました。
すると、ピタッと鳥の群れが通り抜けなくなり、それと同時に、ピシャァンと何かがつぶれたような大きな音が川下の方で響き、それからしばらくの間、あたりはシーンと静まりかえりました。そう思った次の瞬間、あの赤い帽子の合図係が、また青い旗を振って叫んでいたのです。
「いまこそ渡れ、渡り鳥! いまこそ渡れ、渡り鳥!」
その声もしっかりと聞こえました。
それと同時に、また何万という鳥の群れが、空をまっすぐに駆けていったのです。
二人が顔を出している真ん中の窓から、あの女の子がひょいと顔を出して、美しい頬を輝かせながら空を見上げました。
「まあ、この鳥、ずいぶんな数だわねえ。あら、まあ、空のきれいなこと!」
女の子はジョバンニに話しかけましたが、ジョバンニは生意気だな、いやだなと思いながら、だんまりと口をむすんで空を見上げていました。
女の子は小さくほっと息をついて、だまって席へ戻りました。
カムパネルラが気の毒そうに窓から顔を引っ込めて、地図を見ていました。
「あの人、鳥に道を教えているんでしょうか?」
女の子がそっとカムパネルラに尋ねました。
「渡り鳥に信号を送っているんだよ。きっと、射手(いて)のところから、のろしが上がるからそのためのだと思う」
カムパネルラが少し自信なげに答えました。
そして、汽車の中はシーンと静まりかえりました。
ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですが、明るいところへ顔を出すのがつらかったので、だまってこらえたまま、立ったきりで口笛を吹いていました。
(どうして僕は、こんなに悲しいのだろう。僕はもっと心をきれいに、大きく持たなければいけないんだ。あそこの岸のずっと向こうに、まるで煙のような小さな青い火が見える。あれは本当ンスに静かで、冷たい。
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