初級翻訳・お月様の唄 第3話

お月様の唄

王子はまるで夢を見ているような気持ちで、そこから飛び出していきました。
四

木がすっかりなくなった森の跡地は、まるで墓場のようでした。
大きな木の切り株たちは、まるで石の塔のように見えました。
王子はその中を駆け抜けていきました。
まだ木立が残っている奥の開けた場所までやってくると、王子ははっと息をのんで立ち止まりました。
あたりを見回しましたが、そこには誰もいませんでした。
「千草姫!」と王子が叫びました。
何の返事もありません。
しばらくすると、王子のすぐそばで、やさしい声が響きました。
「王子様!」
王子はびっくりして、今までうつむいていた顔をぱっと上げると、そこに千草姫が立っていました。
王子はたまらず、姫にぎゅっとすがりつきました。
「よく来てくださいましたね。とうとうお別れの時が来てしまいました」と姫は言いました。
王子は嬉しいような悲しいようなで、言葉も出ないほどでしたが、しばらくすると、胸にたまっていた思いを次から次へとあふれさせました。
「どうしてお別れしなくちゃいけないのですか。
どうしてぼくを迎えに来てくださらなかったのですか。
お月見の晩にここに来たのに、どうして会ってくださらなかったのですか。
あなたは、ぼくの亡くなったお母さんではありませんか」「言って下さい。
私に聞かして下さい。
私はもう側を離れません。
お城の中にも帰りません」
 千草姫は何とも答えませんでした。
そして王子の手を取ったまま、芝生の上に座りました。
「私はあなたのお母様ではありません。
けれど私を母のように思われるのは、悪いことではありません。
私達は、あらゆるものを生み出す大地の精なのですから。
ただ悲しいことには、いつかは私達の住む場所がなくなってしまうような時が来るでしょう。
私達は別にそれを恨めしくとは思いますが、このままで行きますと、かわいそうに、あなた方人間は一人ぼっちになってしまいますでしょう」
 王子はその言葉を聞くと、なぜともなくひどく寂しく悲しい気持ちになりました。
そして二人は長い間黙ったまま、悲しい思いに沈んでいました。
月がだんだん昇ってきて、ちょうど真上になりました。
その時、千草姫はふと頭を上げて月を見ました。
「もうお別れする時が来ました。
これを記念にあげますから、私と思ってくださいまし」
 そう言って、千草姫は片方の腕輪をはずして王子に渡しました。
その時、どこからともなくいろんな色の小鳥たちが現れて、千草姫のまわりを飛びまわりました。
王子はびっくりしてその小鳥を見つめました。
「これでお別れいたします」
 そういう声が聞こえたので、王子がふり返ってみると、もう千草姫の姿はなく、そこにまっ黒な大きな鳥がいました。
くちばしには千草姫の片方の腕輪をくわえていて、羽はみな百合の花びらの形をしていました。
その鳥は王子の方へ一度頭を下げたかと思うと、さっそく翼を広げて飛び上がりました。
王子は必死になってその鳥の尾につかまりましたが、尾だけが抜け落ちて王子の手に残りました。
まわりの小鳥たちは悲しげな声で鳴き立てましたが、もう森の精ではなくただの鳥になってしまっていたので、その言葉の意味は王子にはわかりませんでした。
王子がぼんやりと立ち尽くしていると、どこからか矢車草の花をつけた森の精が現れて、腕輪と黒い鳥の尾を手に持っている王子をお城の中へと送り返してくれました。
その後、白樫の森はすっかり切り倒されて畑になり、お城の下には立派な町ができました。
けれどもどういうわけか、月が毎晩曇ってしまって、少しも晴れなくなりました。
そして次のような唄が、城下の子どもたちの間で流行りだしました。
お月様の中で、
尾のない鳥が、
金の輪をくわえて、
お、お、落ちますよ、
お、お、あぶないよ。
月の光が少しもささなくなったので、国中の田畑の作物はうまく育ちませんでした。
草木が大きくなるには、朝露と月の光がとても大切なのです。
国中は貧しくなり、人々の心も暗くなっていきました。
そのため王様もたいそう困ってしまい、王様の位を王子に譲りました。
王子は、白樫の森の跡地に木を植えさせて小さな森を作り、その中に宮殿を建てて、千草姫からもらった腕輪と鳥の尾を大切にまつりました。
それからは急に月が綺麗に晴れ渡るようになり、五穀が豊かに実り、国中の人たちが喜んで楽しみました。
そして満月の日が来るたびに、お城の門をすっかり開け放って城下の人々も招き入れ、盛大なお月見の会が催されました。
今でもその神社と森はちゃんと残っています。
森の中にはたくさんのいろんな色の小鳥たちが住んでいます。
これは、神社の前で小鳥のエサを売っているおばあさんの話です。
おばあさんはその話をすると、いつも最後には小さな声で「お月様の唄」を歌って聞かせてくれるのです。

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