「あ、そうだ!」
あの柿のことがはっと頭にうかび、私は思わず駆けだそうとしました。
その私の肩を、誰かがぐっとつかんでゆすぶりました……。
見ると、正夫が私をゆすぶっていたのです。
「本をよんでくださらないから、ぼく、うとうと眠っちゃったんです。
そしたら、木にあったはずの柿がなくなってるんです」
私もはっきり目をひらいて確かめてみると、木の一番上のこずえにあったあの柿が、いつの間にかきれいになくなっていました。
私たちはあわてて柿の木の下へと駆けつけました。
けれど、いくらあたりを探しても、あのまっかな柿は地面におちていませんでした。
ほんのわずかな時間のあいだに、小鳥が食べてしまったはずもありません。
とんびは……といえば、やっぱり一羽だけ空高く舞っていましたが、その足にはもう何もつかんではいませんでした。
ただ、いかにもうれしそうに「ピーヒョロヒョロ」と鳴きながら、ゆったりと空を舞っているだけでした。
四 山の小僧
山の中は、冬になるとお天気がわるい日がぐっと多くなり、一度雪がふりだすとなかなか止まらず、あっという間に十四、五センチメートルもつもってしまいます。
そんなとき、私は西洋室の方へ移動して、暖炉(だんろ)の中にまきをどしどしとくべます。
正夫も私の部屋にやってきては、夜のおそくまで楽しそうにお話しをしていくことがありました。
正夫は、夜空の星のお話を聞くのが大好きでした。
だから私は、自分の知っている限りの星のお話をたくさんしてやりました。
太陽系のお話、とくに金星のこと、それから水星や火星や木星や土星のこと、おおぐま座の中にある北斗七星のこと、こぐま座の中にある北極星のこと、その次はアンドロメーダ座やペルセウス座のこと、七夕の牽牛星(けんぎゅうせい)と織女星(しょくじょせい)のこと、銀河のこと、彗星(すいせい)のこと、ほかにもいろいろなことを話して聞かせました。
そんなとき、私がびっくりしたのは、正夫が星の名前こそ正確には知らなくても、空の星の並びや星座の形をとてもよく知っていたことです。
「さびしいときは、星を見るといいって、どこかの本で読んだことがあったんです。
だからぼく、よく星をながめているんです」
正夫はそう言って、少しだけさびしそうにほほえみました。
お父さんもお母さんも小さいころになくなってしまった正夫は、身寄りがない一人っ子として、小父さん夫婦のところに引き取られて暮らしていたのです。
「星を見ていると、本当に心が落ち着くんです。
まるで、だれか親しいやさしい人が、こちらをじっと見守っていてくれるような気がするんですよ」
それから正夫は、またふっとさびしそうにほほえみました。
「でも冬になると、星が見える日が少なくなっちゃうからつまらないんです。
それに、こんなふうに雪がしんしんと降る夜は、急に胸がキュッとさびしくなることがあります。
なんだか、今にもだれかがやって来そうな気がするんです。
自分がよく知っている人のような気もするけれど、それがいったい誰なのかは自分でもわからない……そんなふうな、ちょっと不思議な人がやって来るような予感がするんですよ」
私は暖炉にさらにまきをくべて、火をめらめらとさかんに燃やしました。
お部屋の中があまりにもあつくなってきたので、欄間(らんま)にある小さな窓を少しだけ開けました。
外では、雪がしんしんと激しく降り続いていました。
「でもね、そんな不思議な人ばかりじゃなくって、もっとおもしろいものが本当にやって来ることもあるんだよ」
「いったい、どんなものが……?」と、私はたずねました。
「いろんなものさ。
鳥や獣や、それから……。
あんなふうに小窓を開けておくと、あたたかい火にあたりにくるんだろうね、ときどきキツネやタヌキがぴょんと飛び込んでくることもあるんだよ」
私は思いなおして、頭の上にある欄間の小窓を見上げました。
正夫は話を続けました。
「それよりももっと面白いのは、鳥たちなんです。
いつだったか、お部屋の中が鳥だらけになっちゃったことがありました。
スズメが飛び込んできました。
ホオジロが飛び込んできました。
ツグミが飛び込んできました。
ヤマバトが飛び込んできました。
カラスが飛び込んできました。
そのほかにもいろんな鳥たちが、次から次へと飛び込んできて、お部屋いっぱいにずらりと並んだんです。
とっても不思議なことに、どの鳥もみんなびっくりするくらい静かに黙っているんです。
目玉ばかりをぱちぱちと動かすだけで、なき声はほんの少しも立てないんですよ。
それで一番おかしいのは、サギなんです!
みんなといっしょに、あの小窓から飛び込もうとするんだけど、サギってやつは足をうまく曲げることができないものだから、その長ーい足がつかえちゃって、どうしても中に入れないんです。
何度も何度も小窓に向かって飛びついては、ぽとんと下に落ちるんだから」
私はふたたび、上の欄間の小窓を見上げました。
「それからね、いちばんずる賢いのは、山の小僧ですよ。
なんだろう、あれは……。
一寸法師みたいに小さくて、それなのに全身がまっ白なんだ……。
帽子をかぶっているのか、それとも髪の毛がものすごく伸びているのか、よくわからないんだ。
マントを羽織っているのか、それとも身体じゅうに白い毛が生えているのか、それもわからない。
靴をちゃんと履いているのか、それともはだしなのかも、わからないんだ。
ただ、とにかく全身がまっ白なんですね。
……あ、ほら、今まさに来たんじゃないですか?」
私は思わず息をのんで、小窓を見上げました。
「あんな風に、ずうずうしい奴なんてほかにいませんよ」「おおさむこさむ……まるで歌でも歌うようなようすで、だけど声にはまったく出さないで、ただそんな顔をして、小窓から飛び込んでくるんですよ」
私は小窓を見上げました。
外は雪が激しく降りしきっていました。
「飛び込んできても、あいさつもしなければおじぎもしないで、ひょいとそのへんの椅子の上に乗っかるんです。
そして黙ったまま、笑顔ひとつ見せないで、じっとしているんです。
あいつが入ってくると、お部屋の中がぞっとするほど寒くなりますよ」
私はなんだか寒気がして、お部屋の中を見回しました。
「こっちがじっと見つめていると、そのままのこのことお部屋の隅っこにかくれたり、お布団の中にもぐりこんだりするんです。
そしてあたりがしーんとしてきて、耳をすますと、まだ外には仲間が何人も、十人、百人、千人も、たくさんいるらしいんです。
入ってくるのは一人だけれど、外には大勢が待っているんです」
私は耳をすましました。
雪が降る音だけが聞こえていました。
「油断していると、入り込んできた奴がだんだん近づいてきて、背中にぴったりくっついたり、どうかすると、えりのすき間からふところの中に飛び込んできたりするんです。
ひんやりして冷たいですよ……」
私はぞっとして、思わず立ち上がりました。
そして、らんまの小窓をピタリと閉めました。
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