初級翻訳・かもめ 第2話

かもめ

トレープレフ 万一、ニーナさんが遅刻したりなんかしたら、せっかくの舞台効果も台無しになってしまう。
もう来る頃なんだけどなあ。
あの人は、お父さんとまま母の見張りがすごくきびしいから、家を抜け出すのは牢破りと同じくらい難しいんだよ。
(伯父のネクタイを直してやる)伯父さんは、頭もヒゲももじゃもじゃだなあ。
今度、ちゃんと刈ってもらったらどうですか。
……
ソーリン (ヒゲをしごきながら)これで一生、この風貌にはたたられっぱなしさ。
わたしは若い頃から、どうも飲んべえそっくりの顔立ちでね――とまあいった具合でさ。
一度たりとも女の人にもてたためしがない。
(腰かけながら)それにしても妹のやつは、どうしてあんなにおかんむりなんだろうね?
トレープレフ なぜって? 淋しいからさ。
(並んで腰を下ろしながら)嫉妬しているのさ。
おっ母さんはもう最初から、この僕のことも、今日の芝居のことも、僕が書いた台本に対しても、すっかり反感を持っているんだ。
だって、お芝居で演じるのが自分じゃなくて、あのニーナさんだからさ。
僕の台本なんか読む前から、もう目の敵にしているんだから。
ソーリン (笑う)まさか、そんなに気を回さなくても……
トレープレフ おっ母さんはね、この小っぽけな舞台で喝采を浴びるのが、この僕じゃなくてあのニーナさんだっていうのが、癪のたねなんだよ。
(時計を見て)ちょっと変わった心理の持ち主でね――おっ母さんは。
そりゃあ才能もあるし、頭もいい、小説本を読みながらめそめそ泣くのも得意だし、ネクラーソフの詩だって即座に全部暗誦できるし、病人の世話をさせたらエンジェルだってかなわないさ。
ところが、試しにあの人の前で、エレオノラ・ドゥーゼ(※当時の大女優)なんかを褒めてごらんよ。
大騒ぎになるからね! 褒めるなら、あの人のことだけでなくてはならないんだ。
劇評を書くときだって、あの人のことだけ書いておけばいい。
『椿姫』だの『人生の毒気』だのを演じるときのあの人の名演技について、みんなでわいわい騒ぎ立てたり、感激したりしなくては気が済まないのさ。
ところが、この田舎にはそういう麻酔剤がない。
だから、淋しくなってイライラしてしまうんだ。
まわりの人間みんなが悪者で、親の仇(かたき)だということになってしまう。
おまけに、あの人はすごく縁起をかつぐ人で、三本のロウソク(※死人のそばを照らす習慣)を見るのも怖がるし、十三日と聞くだけで顔色が変わる。
そのくせ、ものすごいケチなんだ。
オデッサの銀行に七万ルーブリも預けてあるってこと――僕ちゃっかり知ってるんだから。
なのに、ちょっとお金を貸してくれなんて頼もうものなら、すぐめそめそ泣きだす始末さ。
ソーリン お前さんは、自分の台本をおっ母さんが気に入るわけがないと頭から決めつけて、やけにむしゃくしゃしている――とまあいった調子だがね。
そんなに心配することはないさ――おっ母さんは、君のことを心の底では誇りに思っているよ。
トレープレフ (小さな花の弁をむしりながら)好き――嫌い、好き――嫌い、好き――嫌い。
(笑う)そうさね、おっ母さんは僕が嫌いなのさ。
あたり前さ! あの人はいつだって生きたいし、恋がしたいし、派手な着物が着たい。
それなのにこの僕が、もう二十五歳にもなるもんだから、おっ母さんは嫌でも自分の年齢を思い出さざるを得なくなる。
僕がいなければ三十二歳でいられるのに、僕がいると、とたんに四十三歳になっちまうんだからね。
だから僕のことが苦手なのさ。
それにあの人は、僕が今の演劇を全否定していることも知っている。
あの人は劇場が大好きで、自分が人類だの神聖な芸術だのに立派に奉仕しているつもりでいるんだ。
だけど僕に言わせたら、今の時代の劇場なんて、凝り固まった型通りの因襲(いんしゅう)でしかないね。いざ幕が開けば、夕方のやわらかい明かりに照らされた、三面が壁のリアルな部屋の中で、神聖な芸術の申し子みたいな大スターたちが、人間が物を食べたり、お酒を飲んだり、恋をしたり、ただ歩いたり、普段着の背広を着たりするだけの様子を、これ見よがしに演じてみせるんだ。
ところが見物している人たちは、そんな退屈でくだらない場面やセリフの端々から、なんとかして人生の教訓をつかみ取ろうと必死になっている。
もっとも、その教訓って言ったら、ちっぽけで、手っ取り早くて、ご家庭に飾っておくのにちょうどいいお説教――そんな代物ばかりさ。
それが手を変え品を変え、何百回、何千回と、いつ見たって中身は同じことの繰り返しなんだ。
それを見ると僕は、作家のモーパッサンみたいに、ワッとその場から逃げ出出したくなるんだよ!
パリのエッフェル塔のくだらなさがどうにも我慢できなくなって、命からがらそこから逃げ出したモーパッサンみたいにね。

ソーリン だけど、お芝居の劇場そのものがなくなっちまったら、話にならないんじゃないか?

トレープレフ だからこそ、新しいやり方、新しい形式が必要なんですよ!
新しい形式がなくちゃいけないんだ。もしそんなものがないくらいなら、いっそ劇場なんかなんにもないほうがずっとましさ。
(時計をちらりと見る)僕はね、お母さんのことが好きです、すごく好きなんです。
だけど、あの人の生き方は、どう考えてもちょっとひどすぎる。
いつもあの人気小説家の男とばかりべたべたしていて、のべつ幕なし新聞のゴシップ欄に名前が載っている。
これにはもう、すっかり閉口しちゃいますよ。
時と場合によっては、人間特有の悲しさから、僕だって人並みの自分勝手な気持ちが、むらむらっとわき上がってくることだってある。
つまりね、うちのお母さんが世間ですごく有名な女優だっていうことが、なんだか急に悔しくなってくるんだ。
もし普通の一般の女の人でいてくれたら、僕だってもうちょっとは幸せな子ども時代を送れたろうになあ、なんてね。
ねえ、伯父さん、これほど情けなくて、ばかげた境遇ってほかにありますか?
お母さんの客間には、いつだって天下のそうそうたる顔ぶれがずらりと勢ぞろいしていたもんです――有名な役者とか、気宇壮大な文士とかね。
その中で、僕一人だけが、何の名もないただの雑魚なんだ。
そんな場所に同席させてもらえるのも、僕がただ「あのお母さんの息子だから」っていう、ただそれだけの理由にすぎない。
じゃあ、僕って一体誰なんだ? どこの何者だ? 僕は大学をたった三年で中退したんだ。
理由は、新聞や雑誌の社告によくある、例の「さる外部事情のため」っていう、おなじみの言い訳さ。
おまけに、これっぽっちの才能もなければ、一文だってお金はない。おまけに旅券(パスポート)には、「キーエフの町人」って書いてある。
たしかにうちの父親は有名な俳優ではあったけれど、もとをたどればキーエフの町人に違いなかったからね。
そんなわけで、お母さんの客間で天下の名優や大作家の先生方が、慈悲深い親切な目を僕に向けてくれるたびに、僕はなんだか、相手のその視線のせいで自分の小っぽけさ加減を測られているような気がしてならなかった。――相手の心の裏をあれこれ推量しては、いつも肩身の狭い思いをしたもんですよ……。

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