初級翻訳・さるのこしかけ 第2話

さるのこしかけ

すぐにおうちへ帰れるのかい?」
「帰れますとも!
今度は下りですから、わけありませんよ」
「そうか……」と言いながら楢夫あたりを見回しましたが、もうさっき入ってきたトンネルの出口はありません。それどころか、向こうの木のかげや草のしげみの後ろから、たくさんの小猿たちがきょろきょろとこちらをのぞき見ているのです。

 大将が、小さな剣をキラリと抜いて、大きな声で号令をかけました。
「あつまれーっ!」
 すると小猿たちが、あちこちからバラバラと飛び出してきて、草原いっぱいにわらわらと走りまわり、あっという間に四つの長い列をつくりました。
大将についてきた二びきの小猿も、その列の中にまざりました。
大将は体をのけぞらせるくらい一生けん命に、大きな声で号令を出しました。
「きつけっ!」
「みぎへならえっ!」
「なおれっ!」
「ばんごうっ!」
小猿たちは実に上手に行進します。
楢夫はびっくりしてその様子を見つめました。
大将は楢夫の前にやってくると、ピシッとまっすぐに立って言いました。
「ただいまより、演習をおこないます。
これにて、おしまいっ!」

 楢夫はすっかりおもしろくなって自分も立ち上がりましたが、あまりにも背が高すぎてなんだか調子が狂うので、もう一度座って言いました。
「よろしい。
それじゃあ、演習のはじまりだっ!」

 小猿の大将が、みんなに向かって言いました。
「これから演習をはじめる!
今日はたいせつな見学のお客さまもいらっしゃるのだから、とくに気を引き締めるように。
左を向けと言われたのに右を向いた者、前へ進めを右足からはじめた者、かけ足の号令で腰に手をあてなかった者は、あとでまとめてせ中を三回ずつツネるからな!
いいか、わかったか? 八番!」
列にいた八番の小猿が大きな声で答えました。
「わかりました!」
「よろしい!」大将はそう言うと三歩ほど後ろへ下がり、いきなり勢いよく号令をかけました。
「とっかん――っ!」

 これには楢夫もびっくりしてしまいました。
こんなめちゃくちゃで乱暴な演習は、今まで見たこともありません。
それどころか、小猿たちがみんな歯をむき出しにして楢夫めがけて走り寄ってくると、小さななわを取り出し、あっという間にきりきりと全身をしばり上げてしまったのです。
楢夫は「こいつら、あとで思いっきりこらしめてやるぞ」と思いましたが、みんながあまりにも小さいので、じっと我慢してやり過ごすことにしました。
小猿たちはすっかりしばり上げると、お互いに手をとり合って「きゃっきゃっ」と大喜びで笑い転げました。
大将は向こうのほうで、おなかをかかえてケラケラ笑いながら、剣をふりかざして叫びました。
「どんあげの、ようい――っ!」

 楢夫は草の上にゴロンと転がったまま、横目でちらっと様子を見ました。
すると小猿たちは向こうで、六びきずつくらいが肩車をして高い高い塔のようなものをこしらえ、それがあっちからもこっちからもぞろぞろと集まってきて、とうとう小さな小猿の森のようなものができあがりました。
それがズンズンと楢夫の方へ近づいてきて、たくさんの小さな手を差し出し、楢夫の体をひょいと上に引っ張り上げたのです。
楢夫はあきれ返りながらも、小猿たちの列の上から大将のほうを見つめました。
大将はますますいい気になって、つま先立ちをし、力いっぱい背伸びをしながら、元気いっぱいに号令をかけました。
「どんあげえ、はじめえ――っ!」

「よっしょい!
よっしょい!
よっしょい!」
もう楢夫のからだは、小猿たちの森よりもずっと高いところまで持ち上がっています。
「よっしょい!
よっしょい!
よっしょい!」
風が耳のところでヒューッと鳴り、下を見下ろすと、小猿たちがうようよと小さく小さく見えます。
「よっしょい!
よっしょい!
よっしょい!」
ずーっと向こうのほうで、川がキラリとまぶしく光りました。
「おとせ――っ!」
「わあーーっ!」と下で声がしたので見下ろすと、小猿たちはもうバラバラに四方へ散りぢりになり、森のフチに並んで草原をとりかこみ、楢夫が地面にドスンと落ちてくるのをワクワクしながら見守ろうとしていました。
楢夫はもう覚悟をきめて、向こうに見える川を、もう一ぺんしっかりと見つめました。
あの川のすぐ近くに、きっと自分の家があるのです。そして楢夫は、もう下に落ちかかりました。
その時、下で、「危いっ。何をする」という大きな声がしました。
見ると、茶色のばさばさの髪の大きな赤い顔が、こっちを見あげて、手を伸ばしているのです。
「ああ山男だ。助かった」と楢夫は思いました。
そして、楢夫は、たちまち山男の手で受け止められて、草原におろされました。
その草原は楢夫の家の前の草原でした。
栗の木があって、たしかに三つの猿のこしかけがついていました。
そして誰もいません。
もう夜です。
「楢夫。ごはんです。楢夫」と家の中でお母さんが叫んでいます。

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