初級翻訳・ふしぎ国探検 第9話

ふしぎ国探検

また新しい目的地へ出かけます」
「今度は、どんな『ふしぎ国』へ案内してくださるのですか」
ヒトミが博士に問いかけた。
「今度はね、ある宇宙艇の中にご案内します」
「宇宙艇ですって?」
「そうです。
地球を後にして、月世界へ向かう宇宙艇の中へ、君たち二人を連れて入ります。
その宇宙艇は、だんだん宇宙を進んでいくうちに、だんだん重力が減っていくのです。
――重力とは何か、君たち、知っていますね。
どうですか、ヒトミさん」
「重力というと、あれでしょう。
ニュートンが、リンゴが頭の上から地上へごつんと落ちるのを見て、重力を発見したという、あれでしょう」
「まさにそのあれです。
しかし、それはどういうことなのでしょう。
どんな法則なのですか」
「僕が言います。
重力とは、物と物とが引き合う力です。
そしてその力は、その二つの物の重さをかけ合わせたものが大きいほど、重力は大きくなります。
それから、その二つの物が離れている距離が、近ければ近いほど、重力は大きくなるのです。
もっと詳しく言うと、『距離の二乗』に反比例するのです」
「そうだ、そうだ。
東助君、なかなかよく知っていますね。
……ところで、さっきお話しした宇宙艇ですが、はじめは地球に近いから地球の重力に引っ張られていますが、だんだん月の表面に近くなると、今度は月の重力の方が大きくなります。
そして、その途中のある場所では、地球からの重力と、月からの重力とが、ほとんど同じように働くのです。
さあ、そうなると妙なことが起きます」
「妙なことというと、どんなことですの。
またこわいお話ですか」
「いや、こわくはありませんが、実に妙なのです。
つまり、その場所では、地球からの重力と月からの重力が同じ大きさなのですが、この二つの重力は、向きが反対なのです。
地球の重力が真下の方へ引っ張ると、お月さまの重力は反対に真上へ引っ張る。
下へと上へと両方へ、同じ力で引っ張られたら、さて、どんなことになると思いますか」
ポーデル博士は、ニヤニヤと笑いながら、東助とヒトミを見比べた。
「それじゃあ、同じ力で引っ張りっこだから、結局力が働いていないのと同じですね。
二つの力を合わせると、ゼロになりますものね」
東助が答えた。
「そのとおり。
つまり、その場所では、両方の重力が釣り合って、重力がないのと同じことになります。
さあ、そういう重力のないところでは、どんなことが起きるか」
「どんなことが起きるでしょうね」
「物は、重さというものがなくなったように見えるでしょう。
重さがなくなると、どんなことになりますか」
「大きな岩でも鉄の金庫でも、指一本で持ち上げられるでしょうね」
と、東助が言った。
「そうです。
もっとほかのことも想像できますか」
「ああ、そうだわ。
鉄でこしらえてある金庫に腰をかけて、お尻にうんと力を入れると、その金庫がまるで紙製の箱のようにめりめりと言って、壊れてしまうでしょう」
「いや、ヒトミさん。
それは違います。
重力がなくなっても、そんなことにはなりません。
なぜかと言うと、重力がなくなっても、鉄の強さとか紙の柔らかさとかには何の変化もないのです。
鉄はやっぱり硬いし、紙はそれに比べると柔らかいですからね」
「地球とか月とかの方へ引きつけている力がなくなるだけなんですねえ」
「まあ、そういうことです」そのほか、そこらにある物同士がおたがいに引きあっている重力もなくなるわけですが、この方は、地球又は月の重力にくらべてみても、はじめからないのと同じようなものです。
地球とか月とかは、他の物――たとえば建築物や大汽船にくらべてみても、とてもくらべものにならないほど大きいから、重力も大きく作用するのです。
さあ、それでは今から宇宙艇ギンガ号の中へ案内しますよ」
「ポーデル先生は、どうなさるんですか」
「わしもいっています」
「いっていますとは……」
「わしはその宇宙艇ギンガ号の乗組員の一人に変装していますから、どの人がわしであるか、向うへいったら、ぜひ探してごらんなさい」
 と、博士がことばを結んだと思ったら、急にあたりが暗くなった。
宇宙艇の食堂

 停電のような闇だった。
どこからともなく、ごとごとごとと、機械のまわっている音が聞えてくる。
と、あたりはだんだん明るさをとりかえしていった。
(おや、りっぱな部屋だ、広くはないけれど。
……ここはどこだろうか)
 と、東助はあたりを見まわした。
それは、大きな球の中を部屋にしたようであった。
壁がまっすぐではなく、凹んで曲っていた。
まん中に、横に長い机がおいてあり、腰掛もある。
東助は、その腰掛にお尻をのせ、机に向ってほほづえをついている。
正面に窓口みたいなところがあって、それに紺色の小さい幕がたれている。
その幕の間から、白い手がでてきた。
と、湯気のたっているココアのコップと、パイナップルの缶詰とがあらわれた。
白い手は幕の中に引っこんだ。
すると横手の戸が開いて、ウェイトレスが出てきた。
見るとそれはヒトミによく似ていた。
しかしずっと年は上で、大人に近かった。
ヒトミにちがいないのだが。
……
「お待ちどうさま、三等機関士さん。
どっちも上等の品ですよ。
ほっぺたが落ちないように。
……ほほほほ」
 そういいながら、ココアとパイナップルの缶詰を、東助の前においた。
(えへへ、おれのことを三等機関士なんていったぞ)
「今日は、食堂はひまなんだね」
 東助は、すらすらと、そういった。
口がひとりで、ぺらぺらと動きだしたのである。
ふしぎなこともあればあるものだ。
「もう五分もすれば交替時間ですから、みなさんいらっしゃると思うわ」
「ああ、そうか。
僕は修理で時間外に働いたから早く終ってでてきたんだ」
「どこを直していらっしたの」
「超音波の発生機だ。
困ったよ。
こんど故障を起すと、人工重力装置がきかなくなると思うね。
そうしたら一大事だよ」
「そうすると、どうなりますの」
「そうするとね、今ちょうど地球の引力と月の引力が釣合っている重力平衡圏をわがギンガ号は飛んでいるんだが、もし人工装置がきかなくなると、艇内に重力というものがなくなって、皿がとんだり、天井に足がついたり、たいへんになるよ」
「まあ、たいへんね。
そんなことになっては困りますわ。
なぜもっと安全なように艇をこしらえておかなかったんでしょう」
「人工重力装置はぜったいに故障を起さないものとしてあったんだが、昨日大きな隕石が艇の機関室の外側へぶつかったことを知っているね。
あれ以来、どうも調子がよくないんだよ」
「困ったわねえ。
重力は停電のように、ぴしゃりと消えちまうものなの」
「いや、じわじわと重力がへってくるだろう。
しかし七八分たてば重力は完全に消えるだろうね」
 東助は、とくいになって話しながら、パイナップルの缶詰を、缶切でひらいた。
「ああ、いい匂いだ。
うまいぞ、このパイ缶は。
……おや」
 東助が、さっと顔色をかえた。
「どうなすったの、三等機関士さん」
「からだが急にふわっと軽くなった。
あんたはどう。
そう感じない」
「あらッ、へんよ。
あたしも、からだがふわっと軽くなりました。

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