初級翻訳・ふたりのおばさん 第1話

ふたりのおばさん

一 カニと機械

子どもなのに、どうしてあんなにたびたびタカダのおばさんの家へ遊びに行ったかといえば、それはおばさんが、話し方もやさしくて、子どものいやがるようなことを決して言わなかったからでした。
子どものいやがることを言う大人というのは、決まって小言を言うように、つべこべとしかるような口調で話をすものなのです。
タカダのおばさんの家は、大工さんでした。
大工さんだったので、坂の上に家を建てて住んでいました。その家はとても変わった造りをしていました。坂の上にあるため、二階部分が普通の家のよう道路からすぐ入れる土間になっていて、中に入ると、階下はなんと崖(がけ)をくり抜いて作られていたのです。
ちょっと見ると平屋(ひらや)のようですが、実際には二階建てでした。
その坂の上からすぐ大川が流れていて、崖がずっと続いていました。おいしい飲み水を手に入れるために、きれいな水がわき出る崖の上のほうから「かけひ(水をとおす樋)」が引いてあって、そのかけひの水がおばさんの家の台所へ、年中ちょろちょろと注ぎ込んでいたのです。
リョウヘイはおばさんの家に行くと、すぐそのかけひの元のほうである、水のわき出る上流へと、崖を伝ってカニをつかまえに行きました。
水のわき出るところは小さな泉になっていて、しめった土の穴の中に、ハサミの赤い小さなカニがたくさんいました。
サクラの花びらくらいしかない小さなカニを、おばさんから借りたどんぶりに七、八匹もつかまえて入れると、どんぶりが白い陶器の地の色をしているので、カニの姿が一層引き立って美しく見えるのでした。
リョウヘイは、カニという生き物のあの十本の足は、どうしてあんなにたくさん必要なのだろうと、いつも考えていました。
人間は二本あれば十分なのに、カニは十本もあるうえに、そのどれもが同じような足をしているから驚きです。まるであれは機械じゃないかしら、機械というものも、もしかしたらカニの足からヒントを思いついたのかもしれないな、などと思っていました。
リョウヘイは大好きなカニをつかまえると、崖を伝っておばさんの家にもどり、おばさんの座っている長火鉢(ながひばち)の向こう側にちょこんと座ります。どんぶりの中を一生懸命よじのぼっては、ツルリとすべり落ちるカニを楽しく眺めながら、おばさんが焼いてくれるカキモチの固いところを、ポリポリとかじるのでした。
おばさんの家には、年中、お正月からしまってあったカキモチがあって、リョウヘイが遊びに行くと、決まって二枚だけ焼いてくれるのです。
カキモチはお正月のものだから石のようにカチカチに固いのですが、それをしっかりかみしめると、ハチミツのように甘い味が広がりました。
おばさんがどんなお話をしてくれたのかはもう覚えていません。でも、おばさんの顔は大きくて、少し四角い感じがして、目は細く、話し方のんびりとしていて、ちっともせかせかしていませんでした。リョウヘイの顔だけをじっと見て、ほかのものには目を向けずに話をしてくれるのでした。
これはおばさんだけに限りませんが、大人というものは、子どもと話をするときには、なぜかじっと子どもの顔ばかり見つめるものです。
おばさんもまさにそうでした。
なんだかいつもにこにこしていて、気の長そうな話し方をする人でした。
そんなふうにしているときも、カニはどんぶりの中ですべりながら歩いていて、リョウヘイはそれを面白そうに見つめながら、「おばさんの顔って、どうしてこんなに四角いんだろう」などと思うのでした。
「タカダ屋」という大工さんは、リョウヘイの家にも仕事にやってくる人で、いつ会っても半分居眠りをしているように、何を言っても「うん、うん」とだけ返事をする人でした。
お金がたくさん稼げたら、自分の坂の上の家に、今度は本当の二階を建てるんだと言って、たくさんの材木を崖の上に積み上げていました。
リョウヘイが、「じゃあ、今度は三階建ての家になるんだね!」とおばさんに言うと、「三階じゃなくて二階建ての家ですよ。ここは普通の家みたいに平屋だから、これに建て増しをしたら二階建てになるんです」とおばさんは言うのですが、リョウヘイは、下の階を合わせたら三階だから「三階の家だ」と言って、どうしてもゆずりませんでした。
どう考えてみても、あれは三階建ての家でした。
夏も春もまわりの景色が見渡せてとてもいい家でしたが、冬になるとさびしくなり、人通りも少なくなって、雪が深く積もります。おばさんとおじさんは、コタツにあたりながらひっそりと一日を暮らしていました。
秋になる前には本当に三階建ての家が建ち、それがすっかり嬉しかったのか、おじさんは安心しきってしまったのか、急にすることがなくなったのでしょう。リョウヘイが行くと、新聞を読んでいるか、コタツにあたっているかのどちらかで、いつものように何を言っても「うん、うん」と返事をするだけでした。
人の話をちゃんと聞いているのか、いないのか、よくわからないようなおじさんでした。
雪がいよいよ深くなると、おじさんはもうコタツから離れなくなってしまいました。
おばさんには子どもも親戚(しんせき)もいないようでした。そして冬になると、北国では大工仕事なんてとてもできないほどの、大雪の日が何日も続くのでした。
おばさんがいつ亡くなったのか、当時のリョウヘイは知りません。知ったのは、三年も四年もあとになってからのことでした。
おじさんはあとから別の人を新しいおばさんとして迎えてからは、リョウヘイの家には来なくなってしまい、リョウヘイも新しく来たおばさんに会いに行く機会はありませんでした。
きっと、最初のおばさんほどやさしい人ではないのだろうな、とリョウヘイは思っていました。二 本と板きれ

リョウヘイの家のすぐ前には、一軒の指物屋(さしものや)がありました。
タバコ盆や、引き出しのある小さな箱、茶ダンスなどを作る家でした。
そこのおばさんは、箱を磨いたり、タバコ盆にロウを塗ってこすったり、カンナくずを片付けたりして、おじさんの仕事を一生懸命お手伝いしていました。
おばさんもやはり目が細くて、背が高い人でした。リョウヘイはいつもそのお店で、着物のほころびを縫ってもらっていました。でも、おばさんはそんなことを面倒くさそうにしたりはしません。リョウヘイが用もないのにふらっとお店に入っていくと、おばさんは必ず声をかけて、帰ろうとするリョウヘイにこう言いました。
「あ、ちょっと待って、着物がほころびているから縫ってあげようね」

リョウヘイはその場で着物を脱ぐわけにいかないので、いつも着たまま縫ってもらうのですが、おばさんは決まってこう言うのでした。
「『脱ぎました』と言うんですよ」
「ぬぎました」
「それでいいのよ。着たまま縫うときは、いつでもそう言うものなの。だれかが聴いているからね」
「だれが聴いているの?」
「針の神様なんだよ。着たまま縫うのは針の神様に失礼だからね」

リョウヘイは少し不思議な気もしましたが、「脱ぎました」と言ったほうがなんだか安心できました。
あるとき、お茶の時間に鉄瓶(てつびん)を敷居(しきい)の上に、リョウヘイがそのまま直接置いてしまったことがありました。

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