しかも、その夢みるように潤んだ瞳の奥には、人間がどうしても譲れない強い決意を固めた時にだけ立ちのぼる、圧倒的な蒼白さが宿っていたのです。
その夜、橘はいつになく入念に化粧を施し、晴れやかな顔で夕餉の高膳に向かいました。
基経には、娘がなぜそこまで丁寧に化粧をしたのか、なぜわざわざ作り笑みさえ浮かべて膳についたのかが、自分の心にある不安な予感と重なって、疑いようもありませんでした。
基経は娘から一瞬たりとも目を離さず、刻一刻と迫るその凄まじいまでの美しさの裏に隠された真意を、すべて読み取ろうと必死でした。
「お父上様、わたくしに一杯お酒を注いでいただけますか」
「杯を、だと?」
「はい」
基経はわざと穏やかに微笑み、「珍しいことを言うものだな」と、自らの手で杯を橘に渡しました。
橘は両手で杯をいただき、静かに唇へと近づけました。
基経はその様子を、胸が締め付けられるような思いで見つめました。
「お前がお酒を飲むところを見るのは、これが初めてだな」
「今宵は、どうしてもいただいてみたくなりましたので」
「お酒の味はうまいか?」
基経は機嫌をとるように、娘の今は明るくなった顔を平静な心持ちで見つめました。
「生まれて初めてお酒をいただきますけれど、香りがとても良くて、大変おいしゅうございます」
橘は、そう言うとすぐにほんのりと頬を赤らめました。
夕餉はこうして、晩春の夜の終わりに向かって、かなり長い時間をかけて静かに終わっていきました。
館の内外も今宵は一段と温かく、命を落とした二人の若者のために焚かれたお香の煙は、橘の手によって絶やすことなくくゆらされ、濃い紫色の煙の筋が部屋いっぱいに広がり、やがて庭へと漏れ出し、池の水面をかすめて漂っていきました。
そして一夜が明けようとする早朝、生田川のさざ波に銀の粉を振りまいたような朝日が反射した頃、橘の館では彼女の姿が見当たらないことに気づいた人々が大騒ぎを始めました。しかし基経は、もうすべてが決して取り返しのつかない事態になっていることを直感し、「生田川のほとりを捜せ」と、決意に満ちた声で家臣たちに命じました。
橘の姫は、津と和泉の二人の若者が命を散らしたその川辺で、いまだにお化粧の良い香りを漂わせたまま、頭を土手の方に向けて静かに横たわっていました。
髪を固く結い、立派な下装束を身にまとった彼女の亡骸は、それ自体がまるで濡れた大輪の花束のようでした。
館へと運ばれてきたその姿を見て、人々はその健気で一途な心根に深く打たれ、涙を流しました。
基経は頭を垂れ、娘の冷たくなった髪を何度も何度も優しくなでさすりながら言いました。
「よくやってくれた。本当に褒めてやるぞ。昨日の夜からお前がそのつもりでいることはなんとなく分かっていたが、まさかこれほどまでに見事にやり遂げるとは思わなかった。褒めても褒め尽くせないほど、お前を褒めてやりたい……!」
その夜、津の茅原の父親と、和泉の猟師の父親が、それぞれに頭を深く垂れて、姫の棺の前に静かに座っていました。
二人の父親は、それぞれの息子たちの死を悲しみつつも、橘がその後を追って命を絶ったその切なくも美しい結末に胸を打たれ、胸がいっぱいになりながら、何度も何度も棺に向かって語りかけました。
官職を辞して久しいこの老いた父親たちは、悲しみと苦労ですっかりやつれ切っていました。
「姫様のお命が、どうしてもあの二人には必要でございました。そして二人はその命をいただいたのです。基経様のお悲しみを思うと言葉もございませんが、父親として、改めて心よりお礼を申し上げます」
津の若者の父親は、畳に額をすりつけるようにして礼をしました。
和泉の若者の父親もまた同様に、両手をしっかりと床につき、厳かに言いました。
「定められた宿命とはいえ、姫様のあまりにもご立派なご最期に、親としてこれ以上の喜びはございません」
基経は手で二人を制し、「どうかまず顔を上げてください」と、自らも身を低くして謙虚に言いました。
「姫がああしてくれなかったら、わしは恥ずかしくて生きていられない思いをするところでございました……」娘の命の役に立ったことは、せめてもの救いでございます。
」
「姫様と並べてお墓を作っていただきたいのです。墓石もそのようにしていただけるなら、我が子の喜びもこれに勝るものはございません。
」
和泉の猟師の父親も同じ考えを抱いており、やはり基経にこの願いを受け入れてほしいと頼みました。
「これが、父親として最後の子への願いでございます。
」
基経は快く答えました。
「三人並べてお墓を建てましょう。
」
しかし、津の父親は、和泉の猟師と墓を並べることに激しい反感と不快感を抱いたようでしたが、基経の承諾を得てしまった今となっては、何も言い返すことができませんでした。
ただ、頑固な老骨である彼は、不意にある思いつきを口にしました。
「ここは津の国なのだから、和泉の国の人間は和泉の土に埋めるのがしきたりだ。和泉の国へ運ぶがいい。
」
和泉の父親は、老いた目に相手の激しい敵意を感じ取りながら、皮肉な笑みを浮かべました。
「船で和泉の土を運びましょう。和泉の土なら、子供も安心して眠れることでしょう。
息子さんの父親ほどの人だからこそ、死後になっても難題を吹っかけてくる。息子さんもさぞや心残りだったことでしょうな。
」
彼は老いた目を潤ませ、新たに湧き上がった悲しみを顔ににじませました。
「津の国には、和泉の土は一片足りともありません。
お前のような父親を持った息子と撃ち合った茅原の若者も、相手を選ぶに失敗したと言うほかありませんな。
」
「こちらとしても、不足な相手だったと考えておる。
そんな口の利き方をするなら、たとえこのような場所であっても容赦はしないぞ。
」
彼はそう言って詰め寄りながらも、いじらしい息子の顔さえ目に浮かべていました。
「いやはや、息子殿も変わったお方だったが、その父親も負けず劣らずの変わり者にござるな。
」
「無礼千万! もう一度言ってみろ、後悔することになるぞ。
」
和泉の父親はすでに太刀の柄に手をかけ、ちょっとした息づかい一つで、いつでも刃が鋭く閃きそうな緊迫した気配を漂わせました。
「それならこちらも望むところだ。
」
津の父親も、すでに太刀を握る手に冷や汗をにじませていました。
ここまで来てしまえば、二人の老いた身体は互いに激しくぶつかり合うばかりでした。
彼らは愛しい息子のためにすっかり逆上し、周囲の目を気にする余裕など微塵もありませんでした。
二人は同時に叫びました。
「さあ、抜け!
」
運命がこの父親たちの頭の上で荒れ狂っているのか、それとも、亡くなった息子たちが憑りついているとでもいうのでしょうか。
――基経は、手で彼らを制しました。
「お二方とも、わしの気持ちを汲んで鎮まってくだされ。
」
そう言われた基経に対しては、津の父親も、和泉の父親も、返す言葉さえありませんでした。
二人の老人は頭を垂れて言いました。
「顔合わせもございません。
貴方の姫様の命を奪ってしまった二人の父親として、深く恥じ入り、お詫び申し上げます。
」
「仲よく葬ってやろう。
初級翻訳・姫たちばな 第8話
姫たちばな
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