初級翻訳・ふたりのおばさん 第2話

ふたりのおばさん

鉄瓶の底が火で焼けてとても熱くなっていたのです。
「リョウヘイさん、敷居というものにはね、親の額(ひたい)があるんだよ。だから、そんな熱いものを置いちゃいけません」
「親の額って、なんだか変だな」
「親の額みたいに、とても大切な場所だっていう意味だよ」
「そうなんだ」
「鉄瓶でも火消し壺(じゅうのう)でも、火で熱くなったものは置かないほうがいいんだよ」

それ以来、リョウヘイには本当のところはよくわかりませんでしたが、敷居の上には鉄瓶を置かないようにしました。
おばさんが言ったことが本当だったのかどうかはわかりませんが、敷居には家の神様がいて、親の額みたいなものだという話は、長いあいだずっと忘れられませんでした。

おばさんは、どんな小さな虫を見つけても、すぐに殺したりはしませんでした。
そっとつまんで庭に逃がしてあげるのです。
そして、「殺してはいけない」とは言いませんでした。「殺さないほうがいいんだよ」と言うのです。
殺さないほうが自分の気持ちもなんとなく楽だったので、これもおばさんの言うとおりにして、アリでもクモでも、たいていは指でつまんでそっと外へ逃がしました。

冬の雪がとけて春になると、道がぐちゃぐちゃになってとても歩きにくくなりました。
田舎ではまだ「足駄(あしだ/下駄の一種)」というものを履いていたので、雪のかたまりや水たまりですべって、よく転んでしまうのです。
転ぶとヒザのところに泥がべったりくっついてしまいます。そのまま家に帰ったら、リョウヘイは母親にしかられるのがとてもこわかったのです。
リョウヘイはもらい子だったので、お母さんにかわいがってもらえず、お母さんはいつもしかってばかりいました。
だから、着物に泥をつけたまま家に帰るわけにはいきませんでした。
そんなときリョウヘイがおばさんのところへ行って、「また転んじゃった」と言うと、おばさんは「よく転ぶ子だねえ」と言ってくれました。
「コタツの中にヒザのところを入れて乾かすんだよ。乾いたらきれいに揉んであげるから、転んだことなんてお母さんにはわかりやしないよ」

おばさんはしばらくたってから、泥水がすっかり乾いたところを縁側に持っていって、きれいに揉みほぐしてくれるのでした。
泥のあとをどんなに調べてみても、どこで転んだかなんて少しもわかりませんでした。
リョウヘイはお母さんから小言を言われずにすんだので、「おばさん、ありがとう」とお礼を言いました。

冬の間は何もないのですが、夏になるとおばさんの家には広い庭があったので、アンズや青いウメ、ビワなどを、お母さんに見つからないようにこっそりもいっては、おばさんにあげていました。でも、そんなことをするのがなんとなく恥ずかしかったので、茶の間の茶ダンスの上にそっと置くだけで、「置いたよ」とも「あげるね」とも言わず、だまって逃げるように帰っていました。
おばさんも何も言わず、おじさんといっしょにそれを食べていました。
「大きくなったら、おばさんに何かいいことしてあげようかな」
リョウヘイが機嫌のいいときに、そんなことを本気になって言っても、おばさんは取り合ってくれませんでした。
「あんたが大きくなったころには、あたしたちは生きていないからダメだよ」
「そんなことないよ!」
「人間は大きくなると、みんないろんなことを忘れてしまうからダメなの。あんたはそうじゃないかもしれないけれど、ふつうはみんなそうなんだよ」

おばさんの言うことはとても大人びていて、子どもの気持ちを信じてくれないような、ちょっぴり物足りない、頼りないさみしさが感じられました。

リョウヘイがお母さんによくしかられていると、おばさんは向かいの家からすぐに飛んできて、リョウヘイを自分の家へと連れていってくれました。
そして、リョウヘイのお母さんにいつもこう言うのでした。
「本人も『ごめんなさい』って言ってますから!」

リョウヘイはそんな「ごめんなさい」なんて言った覚えが一切ないときでも、おばさんはいつもリョウヘイのかわりにそう言ってくれたのです。
そうしておばさんは、リョウヘイの腕を引っぱるようにして自分の家へ連れて入り、あとは特に何も言わないで、そのまま自由に遊ばせてくれるのでした。リョウヘイはおじさんの削ったカンナくずで舟を作ったり、まるで紙のようにきれいなカンナくずを集めたりして遊んでいました。
おじさんは、リョウヘイのお母さんが怒ってばかりいるのを見て、呆れたように言いました。
「子どもを叱ってばかりいたって、何の意味もないじゃないか。服のほころびを一つ縫ってやるわけでもなしにな」
するとおばさんは、いつものんびりした様子でこう言いました。
「あの人はあの人でいいんだよ。子どもだっていつかは大きくなるんだから、一生ずっと叱り続けるわけにはいかないからね」
おばさんとおじさんの間には、子どもがいませんでした。
だからといって、特別にリョウヘイを甘やかしたいわけでもありませんでした。ただ、リョウヘイがお店に行けば、嫌な顔もせず、かといって過剰に大歓迎するわけでもなく、いつも自然に迎えてくれたのです。
おじさんは時々、気が向いたときにわらぐつを作ってくれました。
雪道を歩くとき、わらぐつを履いていると足元がポカポカと温かかったからです。
おじさんは年中、板きれを削っていました。
どんなに小さな板きれでも大切にしまっておいたので、家の中は天井にも、棚にも、部屋の隅にも、床の上にも、玄関の入り口にいたるまで、板の束や板きれが山のように立てかけられていました。
「あんなにたくさんの板きれをため込んで、いったいどうするつもりなんだろう」と、リョウヘイはいつも不思議に思っていました。でも、おじさんは仕事中に小さな板きれが必要になると、何気なくその山の中からぴったりのものを見つけ出すのでした。
どんな板きれがどこにあるか、おじさんはちゃんと全部覚えているのです。それがリョウヘイにはとてもめずらしく、感心させられました。
それはまるで、リョウヘイがボロボロの汚い本でも、「本」という名前がつくものは何でも大切にしまうのと同じようなものじゃないか、とリョウヘイはおじさんの板きれを見て思ったのです。
リョウヘイは、綴じ目が壊れた雑誌や、半分しか残っていない本でも大切にしまっていました。だからきっと、おじさんにとっての板きれも、自分にとっての本のようなものなのだろうと、子どもなりに考えるようになっていました。

リョウヘイが何歳のときだったのかはもうわかりませんが、ある日、指物屋さんは急などこかへ引っ越してしまい、行き先がわからなくなってしまいました。
どこにいるか尋ねてみようと思っているうちに、リョウヘイは、おばさんが言っていた通り「子どもだったから」なのか、大切なことのいろいろをすっかり忘れてしまいました。
おばさんが今も生きているのか、それとも亡くなっているのかも、わかりませんでした。
なにしろ、リョウヘイが大学を卒業したころには、おばさんが生きているはずもなかったからです。

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