初級翻訳・ぼたもち 第3話

ぼたもち

いや、これが金五郎と喜十さん、つまりお隣同士のケンカだけなら、村ではよくあることです。お互いがどんなに激しくやり合おうと、周りが口を出すことじゃないかもしれません。だけど、芹沢のやつは近所の家を仲間につけて、『喜十の家をのけ者にしろ(村八分にしろ)』なんて集まりを開いたりしたんです。そのせいで、今では村の誰も喜十さんの家と付き合わなくなってしまいました。こうなると、もう村全体の大問題です。僕たちも色々と言い聞かせてみたんですが、芹沢は絶対に『うん』と言わない。本当に困り果ててしまいました。村の会議でも問題になったんですが、芹沢の家はお金もあるし、力もある。なにより後ろに須山さんがついているので、みんな怖がって引っ込んじゃうんです。それで、ぜひおばあちゃんに相談してみようということになりましてね。僕だって、でしゃばるつもりはないんですが、農業の指導員なんてやっていると、こういうことが心配でたまらないんですよ。それでこうして喜十さんと一緒に……。ちょうどおせんさんがお味噌を届けに行くというので、一緒についてきてもらった、というわけなんです」

おせん「その話は、私も聞いたよ。海の口のウワサが川上の私のところまで伝ってくるくらいだから、よっぽどのことだねえ。喜十さんも本当に大変だねえ」

喜十「……はい」

森山「この喜十さんも、こんな調子で言うべきことを全然言ってくれないから、余計に話が進まなくなっちゃうんです。どうしてこんなに口をきかないんだか。特に腹を立てたときは、まるで石ころみたいに黙り込んじゃうんだから。ねえ、喜十さん?」

喜十「はい」

森山「『はい』ですか。もう、本当に困ったなあ……」

おりき「ははは! なあに、私がしゃべらせてあげるよ。これ、喜十!」

喜十「はい」

おりき「お前、それで金五郎のことが憎いのかい?」

喜十「憎くはねえ。憎くはねえですが……(と、年をとったお百姓さんによくある、意固地になって黙り込んでしまうような、たどたどしくて、少しつじつまの合わないような話し方で)死ぬよりつらいんですよ、おばあちゃん。それに、このままいけば、絶対に死ぬのは分かりきっているんですから」

おりき「死ぬだって? お前がかい?」

喜十「俺なら、まだいいんです。田んぼですよ」

おりき「はっきり言いな。田んぼが死ぬって言うのかい?」

喜十「そうです。水を引き入れるところを、少しずつ、少しずつ削り取られて、水が来なくなったら、田んぼは死んじまうじゃないですか」

おりき「水を引くところを削るんだって? ……それで、それを金五郎が削っているのかい?」

喜十「やっているところ(現場)は見たことがねえです。だけど、俺が土を盛って直しておくと、夜のうちに、またクワを使って削りやがるんです。直すとまた削る。この夏だけで、15、6回もやられたんですよ」見返してやろうと思って、あぜ道の陰に隠れて待ち伏せしたこともあるけど、そういう夜に限ってあいつはやって来ないんだ。
子どもを使ってこっちの様子を探らせているから、俺が待ち構えていることなんてお見通しなのさ。
そんなに俺の家が憎いなら、いっそおおっぴらにうちへやって来て、この頭を金づちででもかち割ってくれよ! その方がよっぽどマシだね。
おせん 本当にそうだよねえ! 田んぼの虫みたいに働き通してきた喜十さんだもの、そう思いたくなるのも無理はないよねえ!
おりき 阿呆を言いなさんな、頭を叩き割られたら、それこそ死んでしまうじゃないか!
喜十 俺は阿呆さ。
田んぼのことしか知らなくて、ほかのことはさっぱり分からない。
金五郎が言うように、俺が馬鹿だっていうなら文句はねえさ。
……だけど、なんで俺の田んぼから水を取り上げようとするんだよ? おい、そこをはっきり聞いてやろうじゃねえか!(ドンドンと、畳を叩く)
森山 まあまあ、そんなに怒らなくても、金五郎はここにいないんだからさ。
喜十 だってそうじゃないか! 戦争が終わって農地改革になって、爪に火をともすようにしてお金をやりくりして、昔の共同利用地を分けてもらって、「やっとこれで、俺も小さな田んぼ持ちの農ちゃんだ」って、お前さん、張り切って働いている人間に、こんなひどい事をする奴らは鬼じゃないのか!
森山 それにしても、よりによってあんなに仲の悪い芹沢と喜十さんが、分譲された土地まで隣同士になっちまったんだからなあ。
おせん 本当にねえ、因果なもんだねえ!
喜十 鬼だねえか! どうしてこんなこと我慢していられるもんだ、おばあちゃん!(ドンドンと畳を叩く)
おりき わかった、わかったよ。
そんなに畳を叩くんじゃない、埃が立って仕方がないだろ。
少し落ち着きな!
喜十 それにさ、金五郎から嫌がらせを受けるだけなら、まだ我慢もできる。
あいつの家とうちとは長年のいざこざがあって、そのあいだには、俺の方にだって悪いところがあったかもしれない。人間同士、お互い様だから、そういうのは目をつぶる方法もあるさ。
だけどね、村の連中のことだよ、俺が言いたいのは。
金五郎から種をもらったり、なかにはお金を握らされたりしてさ、おまけにあいつは須山の旦那を後ろ盾にして顔が広いもんだから、みんなしてあいつにご機嫌をとって、揃いも揃ってうちのことを目の敵にしやがるんだ!
森山 だけど、陰では喜十さんに同情している連中もかなりいるんですよ。
喜十 陰で同情してくれたって、何の役に立ちやす? この秋なんか、お祭りだって俺のところだけ仲間外れだ。
ほかの家と同じように寄付金を払おうとしても、受け取ってすらくれない。
配給のお知らせも、うちだけ抜かされて回されてくるのがしょっちゅうだ。
田植えの人手不足のときだって、みんなで示し合わせたように、うちには誰も手伝いに来てくれないんだ。
なあ! 道でいきなりすれ違っても、こっちが挨拶しようとすると、みんなプイとそっぽを向いてごらんよ。
家族五人、村のなかに住んでいるっていうのに、まるで無人島にぽつんと流されたのと同じじゃないか!
おりき ふむ……。
だけど、さっきまで石ころみたいに黙っていたくせに、急にまた元気よくしゃべり出すもんだねえ。
喜十 おばあちゃんだからこそ、こうして話せるのさ。
頼むからさ! 俺の気持ちにもなってくれよ。
おりき だけどさ、私にどうしろっていうんだい? 私の気持ちになってくれと言ったって、私はただのおばあちゃんで、お前は喜十じゃないか。
森山 いやね、そこんとこをですね、一度おばあちゃんにお話しして、全体としてどうしたらいいか、よーく相談して――まずそう思って、喜十さんと僕もこうしてやって来たってわけなんですよ――
おりき さあねえ、そりゃあ無理ってもんだよ。
私に何が分かるっていうんだい? これじゃあ相談にもならないねえ、(しんみりと独り言のように)どうもうまくいかないもんだねえ、世の中っていうもんは……。
……喜十みたいな、正直一筋の生き方がうまくいかないっていうなら、これはいったいどうすればいいっていうんだかねえ……。

(座全体がしんみりとしてしまい、誰も口を開く者がいない)

サダ ……はい、お茶が入りましたよ。
おりき おい。

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