初級翻訳・ぼたもち 第4話

ぼたもち

……森山さんもどうぞ。
喜十も飲みな。
(サダが茶わんを配る音)

おせん はい、中込の餅だよ。
(箸にはさんで差し出す)
おりき なんだい、へえ、こりゃあ餡(あん)がついているねえ。
サダ 喜十のおじさん、手を出してちょうだい。
喜十 へい。
おりき (食べながら)こりゃうまいねえ、よく搗(つ)けてある。
さあさ、森山さんも。
新一も次郎も食べなさい。
新一 うん。
森山 すまんなあ、今年の新米の初穂をごちそうになりましてね。
(一同、お茶をすすり、餅を食べる気配)

おりき ……それで、なんだっけね、次郎の相談っていうのは何だったかねえ?
次郎 あとで言うよ。
おりき もういいから、言ってみなさい。
次郎 ……おれ、家にいてもしょうがないから、東京に出ようと思ってさ、それで――
新一 俺がそれに反対したんだよ。いや、ただ東京へ出るならいいけど――

(そこへ、突然、まるで犬が吠えるような、最初はとても人間が泣いているとは思えないような声で、喜十がわっと声をあげて泣き出します)

喜十 おう、おう、おう! うわあ!
サダ あれっ、どうしちゃったんですか、喜十のおじさん?
おせん 喜十さんよ! いったいどうしたんだい?
喜十 おう、おう、おう!
おりき どうしたんだい、そんなにいきなり、これまあ!
森山 喜十さん、いったいどうなさいました?
喜十 うう、俺はさ、いったいどんな悪いことをしたっていうんだ? うう、それなのに、俺のこと、俺の家のこと、村中の連中はさ、どこへ行ったって、「喜十さんや、お茶が入ったから一杯飲んでいきなよ」って声をかけてくれる家が、たったの一軒もないんだ。
うう、つらいよ、ばあさま! こうしてさ、ばあさまの家へ久しぶりにやって来た。
「お茶を飲め、餅を食え」って。
俺を人間扱いしてくれるのは、ここんちだけなんだよ、だからさ、おらあ……

(座敷中がシーンと静まり返ってしまいます)

おりき ……そうかいねえ。
森山 まったく、そうなるのも無理はないんですよ、うむ。
次郎 喜十のおじさんが本当のことを言ってるんだ! 違うかい? 間違っているのは、村のあいつらだよ。
芹沢の金五郎なんて野郎、そのままにしておくわけにはいかないんだ。
ずっと我慢に我慢を重ねているのに、いじめてくる奴とは戦わなくちゃいけないんだと、俺は言うんだ。
そうじゃないか! 向こうから仕掛けてくる戦いなら、立ち上がらなきゃダメだ。
それで立ち上がらなかったら、そいつは腰抜けだ。
卑怯者だ。
それじゃあ、そうさ、国だって滅びちまうぞ! 俺はもう、喜十のおじさんの味方になるからな。
おじさん、やり返すんだよ! かまうことなんかないから、芹沢だろうと村の連中だろうと、金づちで頭をかち割ってやれよ。
なあに、それで死んだって、死んだっていいじゃないか! そんな、そんなつらい思いをして、そんな恥をかきながら生きているくらいなら、死んだ方がましだ!
新一 また始まったよ! すぐにそれなんだから、次郎は。
カッとなってめちゃくちゃなことを言うけれど、そんなに簡単なことじゃないだろ。
次郎 だって、新ちゃん、お前はおじさんに同情しないのかよ? 黙ってそのまま放置していいって言うのか? へっ、そうかもしれないな。
なんせお前は、再軍備には反対だと言うもんなあ、それでどこかの軍隊が日本へ攻め込んできたって、両手をあげて「さあさあ、どうぞお取りください」って待っているって言うんだからな。
新一 なにを言ってるんだよ! それとこれとは話が別だろ!
次郎 別なんかじゃないね! 大きいか小さいかの違いこそあれ、家のことも田んぼのことも国のことも、みんな同じなんだ。
違うか? 芹沢の金五郎っていうのは、喜十のおじさんの領域に侵入してきた奴だろ。
新一 おじさんの問題は問題として、村会へ持ち出すなり、裁判所に訴え出るなり、そのほかになんとかする方法はあるんだよ。
なのに、それと国の軍備の問題とを一緒くたにして、「だから軍備が必要なんだ、だから戦争はやむを得ないんだ」なんて言うのは、愚か者の考えだ。
そんな考え方をしている奴らがまだいるから、ほら見ろ、昔の軍人だとか右翼の連中がまたゾロゾロと這い出してきてるんじゃないか。
次郎 それとこれこそ、完全に話が別だい! 元の軍人や右翼なんぞはひっこんでいりゃあいいんだよ。
俺は、これからの俺たち自身のことを言ってるんだ。
第一、新ちゃんはおじさんの問題に「やりようはある」と言うけれど、じゃあ村会や裁判所に、一体なんと訴えればいいって言うんだよ? そのほかにやりようがあると言ったって、もうこれまでにやれることは全部やり尽くして、どうにもこうにも打つ手がなくなっちまったんだぞ。
それでも向こうはいじめてくるんだよ。
だからこうして、ここへ来ておじさんは泣いてるんだぞ。
おじさん泣いてるんだぞ!
新一 だからさ、だから、俺が言いたいのは、この個人的な問題と国の軍備のことを一緒にして考えるのが間違いだと言っているだけじゃないか。
次郎 同じじゃないかよ。
今後、日本がほかの国に侵略されたとき、もし軍備がなかったら、いったいどこへ訴えに行けばいいんだ? 訴えてもどうにもならなかったとしたら、どうりゃあいいって言うんだよ?
新一 まあ、聞いてくれ。
今あちこちで、「一軒の家だって戸締まりがなければ泥棒が入る、その戸締まりが軍備なんだ」なんて言う大人がかなりいるけれど、次郎の考えは結局それと同じだ。
そんなの、よその国はみんな泥棒だと決めつけた、めちゃくちゃな議論だよ。
今の世界は、そんなふうにひとつの国が理不尽にほかの国を侵略するのを、みんなが黙って見ているだけの世界じゃないんだ。
次郎 それこそ夢みたいな理想論だね。
だって、現に朝鮮はどうなんだよ? いやさ、いったいどっちが最初に攻め込んだのか、北鮮だか南鮮だか俺にはよく分からないさ。
だけど、とにかくどっちかが攻め込んできて、それを押し返そうっていうんで戦争になってるんだろ、俺はそれを言ってるんだ。
それをさ、「国際連合」なんてものが一応あっても、自分たちじゃどうにも解決できずにいるじゃないか。
ちょうど、喜十のおじさんの事件を、村会でも部落会でも解決できずにいるのと、まったく同じじゃないか!もうあとは、力ずくでぶつかり合って殴り勝つか、それともコテンパンにやられるか、その二つに一つしか残されていないじゃないか!

新一 まったく、こいつは本当に話が通じないな! そりゃあな、もし日本が今の本当の独立国だっていうなら、自分の国を守るための軍隊を持ったって悪くはないさ。
だけど、今の日本にはアメリカの軍事基地がそこら中にたくさんあるんだぞ。
そんな状況で日本が軍隊なんて持ってみろ、もしアメリカとほかの国との間で戦争が始まったら、日本の軍隊は問答無用でアメリカ軍の部隊に組み込まれてしまうんだ。
そうなりゃ、下手をしたら日本の軍隊はアメリカのために戦わなきゃいけなくなるとも限らないんだぞ。

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