初級翻訳・イギリス海岸 第3話

イギリス海岸

この輪は『リーゼガングの環』って呼ばれているんだよ。
実験室でも作ることができるんだ。
あとで土壌のほうの授業でも説明するよ。
腐植質硬盤(ふしつくしつこうばん)っていうものも、これと似たような理由でできるんだから。」
私は毎日の実習で疲れていたので、長い説明をするのが面倒くさくて、そう簡単に答えたのでした。
それからしばらくたって、ふと私は川の向こう岸を見ました。
背の高い二本の電信柱が、まるで支え合うように一本の腕木(横木)でつなぎ合わされて立っていました。
そのすぐ下の青い草の崖の上から、まさに一人のカーキ色の将校と、大きな茶色い馬の頭がひょっこり姿を現しました。
「来た、来た! とうとうやって来たぞ!」みんなは大声で叫びました。
「水馬演習だ! 向こう側へ行こうぜ!」
こう言いながら、そのまっ白なイギリス海岸を上流の方へ上っていき、そこから向こう側へ泳いで渡る人もたくさんいました。
兵隊たちは一列になって崖を斜めに下り、中には先端に黒いフックのついた長い竿を持っている人もいました。
やがて、みんなは向こう側の草の生えた河原に降り立ち、六列ほどに横に並んで馬から降り、将校からの訓示を聞いていました。
それがなかなか長かったので、こっち側にいる私たちはすっかり退屈してしまいました。
いったい、いつになったら兵隊たちが馬のたてがみにつかまって、泳いでこっちへ渡ってくるのだろうかと、すっかり待ちくたびれてしまったのです。
さっき川を渡って見に行った人たちも、浅瀬に立ったまま将校の話を聞いていましたが、なんだか面白そうに聞いているのか、それともつまらなさそうにしているのか、よく分からない様子でした。
かすんだ夏の雲が広がる空の下です。
そのうち、とうとう二隻の舟が川下からやってきて、川の真ん中にピタッと止まりました。
兵隊たちは一番端の列から馬を引いて、だんだんと川の中に入っていきました。
馬のひづめが川底の砂利を踏む音と、水がパチャパチャとはねる音が、まるで遠い遠い夢の中から聞こえてくるかのように、こっち岸の水の音を越えてハッキリと届いてきました。
私たちはいまかいまかと、「もうすぐもっと深いところへ来れば、兵隊たちは馬のたてがみにつかまって泳ぎ出すぞ」と思って待ち構えていました。ところが、先頭の兵隊さんは舟のところまでやって来ると、そこでぐるっと向きを変えて、また向こう側へ戻っていきました。
みんなもそれに続いたので、兵隊たちの列はきれいな輪っかの形になりました。
「なんだ、今日はただ馬を水に慣れさせるための練習だったんだね。」
私たちは少し拍子抜けしたような気もしましたが、あんなに浅いところまでしか馬を入れさせないようにしながらも、わざわざ舟を二艘も用意しているのを見て、どこかものすごく頼もしい、力強い感じもしました。
それから私たちは、カイコの世話のこともありましたので、急いで学校へ帰りました。

その次にイギリス海岸へ行ったときは、ただの五人だけで行きました。
はじめのうちはこの前の湾になっているところだけで泳いでいましたが、そのうちだんだん川の深さにも慣れてきて、ずーっと上流の波が荒い瀬のところから、海岸の一番南にあるイカダがあるあたりまで泳いでいくようになりました。
そして、すっかり泳ぎ疲れて、おまけに少し寒くなってきたので、海岸の西の端にある、あの古い木の根株や、その上に積もった軽石(火山れき)の層がある場所に行きました。
その日、私たちは完全な形をしたクルミの実も二つ見つけたのです。

火山れきの層の上には、前の増水のときに残った水が、沼のようになってあちこちにたまっていました。
私たちはそのたまり水から小さなダム(堰)を作って滝のようにしたり、発電所のまねごとをしたりして、「ここはオーバーフローだ!」などと言いながら、長い時間夢中になって遊びました。
そのとき、あの下流の赤い旗が立っているあたりから、いつもは腕に赤い布を巻き、裸の上に半天(はんてん)を一枚だけ羽織ってみんなが泳ぐのを見守っている、三十歳くらいの男の人が、一本の鉄の棒(鉄梃)をかついで下流の方から歩いて上ってくるのを見かけました。

その人は、子どもたちが川で溺れるのを助けるために町から雇われていたのですが、どうにもすることがないのか、いつでもヒマそうに見えたのです。
きょうも実際やる事がないものだから、あんなふうに用もない鉄の棒をかついで、動かさなくてもいいような途方もなく大きな石を動かしてみたり、ちょうど私たちが遊んでいる発電所のまねごとを真似するように、鉄の棒を使ってわざわざゴツゴツした岩を掘り、浮き石の層のたまり水を干そうとしたりしているのだなと思いました。そう考えると、私たちはなんだか少しおかしくなって、クスッと笑ってしまいました。
だから、私たちはわざと真面目な顔をして、
「ここの水、少し干したほうがいいんじゃない? その鉄の棒、ちょっと貸してよ!」
と声をかけてみました。
するとその男の人は、鉄の棒で地面をとんとんとあちこち突いてみてから、
「このへんは、岩も柔らかいようだな。」
と言いながら、素直に私たちにそれを貸してくれました。そして自分はまた、上流の波が荒いところに集まっている子どもたちの方へ歩いていきました。

すると子どもたちは、その荒いブリキ色をした波の向こう側で、手を大きく上げたり、足を車夫(人力車を引く人)のようにパタパタ動かしたりして、みんなバラバラになって逃げていくのでした。
私たちは「はぁーん、やっぱりあの男の人は頭のどこかが少し足りないんだな。だから子どもたちにあんなに鬼のように怖がられているんだな」と思って、遠くから面白そうに笑って見ていました。

さて、その次の日も私たちはイギリス海岸に行きました。
その日は、もう自分たちですっかり川の気分をつかんだつもりになって、どんどん上流の瀬の荒いところから飛び込み、もう動けないくらい疲れるまで下流の方へと泳ぎました。
下流で岸にあがっては、またまるで野生人のようにあの白い岩の上を走って戻り、上流の瀬から勢いよく飛び込むのでした。
それでもすっかり疲れてしまうと、また昨日の軽石層のたまり水のところへ行きました。
あの救助係の男の人は、その日はもうちゃんとそこにやって来ていました。
腕には赤い布を巻き、手にはしっかり鉄の棒を持っていました。
「お暑うございます。」
私が挨拶すると、その人は少しきまり悪そうに笑いながら、
「いやあ、お宅の生徒さんくらい大きい方ならあぶなくもないのですが、ちょっと様子を見に来たところです。」
と答えました。
たしかに、よく考えてみると私たちのなかで本当に上手に泳げる子はほんの少ししかいませんでした。
もちろん、いざというときに誰かが溺れそうになったら、確実に助け出せるほどの腕前の者は一人もいなかったのです。

だんだんとその人と話をしているうちに、この人は私たちが思っていたよりもずっと私たちのことを気にかけて、心配してくれていたのだということが分かりました。

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