初級翻訳・ガリバー旅行記 第14話

ガリバー旅行記

とうとう彼は思いきって、人差し指と親指で私の腰の後ろをつまみ上げると、私の姿をもっとよく見るために、自分の目から三ヤード(約2.7メートル)ほど離れたところまで持ち上げました。
私は彼のしていることがよく分かったので、安心して落ち着いていました。
こうして地上から六十フィート(約18メートル)の高さにつまみ上げられている間は、とにかくじっとしていようと思ったのです。
ただ苦しかったのは、私を指からすべり落とさないようにするためか、脇腹をひどく締めつけられていたことでした。
私はただ天を仰ぎ、両手を合わせて、お願いするかのような哀れっぽい調子で、何か言葉を発してみました。
というのは、私たちが嫌な虫などを退治するとき、よく地面にパッとたたきつけるものですが、あれを今やられはしないかと、心配でならなかったからです。
だが、幸いなことに、彼には私の声や身振りが気に入ったようでした。
私がはっきりと言葉を話すので、その意味は彼には分からなかったものの、「ほう、ものが言えるのか」と驚いたような顔つきで、彼は珍しげに私を眺めるのでした。
私は、彼の指で脇腹を締めつけられているのがだんだん苦しくなってきたので、うめいたり泣いたりして、一生懸命そのことを身振りで知らせました。
すると、彼にもその意味が分かったらしく、上着のすそをつまみ上げて、その中にそっと私を入れてくれました。
それから大急ぎで、主人のところへ駆けつけていったのです。
主人というのは、私が最初に畑で見たあの男でした。
主人は、召使いが話すのをじっと聞いていましたが、杖ほどもある大きな藁(わら)すべを取り出すと、それで私の上着のすそをめくり上げました。
この洋服は、私の身体に生まれつきくっついているものと思ったのでしょう。
それから私の髪の毛にフーーッと息を吹きかけて髪を分け、私の顔をしげしげと眺めました。
それから、(これはあとになって分かったことですが)召使いたちを呼び集めると、これまでこんな小さな動物を畑で見たことがあるかと、みんなに尋ねたのです。
そして、私をそっと、四つ這いのままの格好で地面におろしてくれました。
私はすぐに立ち上がり、逃げ出すつもりなどないことを見せるために、ゆっくりとあたりを歩きまわりました。
すると、みんなは私の動きぶりをよく見ようとして、私をぐるりと囲んで座り込んでしまいました。
私は帽子を取って、農夫にていねいにおじぎをしました。
それからひざまずき、両手を高く差し上げて天を仰ぎ、大声で二言、三言話しかけました。
そして、ポケットから金貨の入った財布を取り出し、うやうやしく彼のところへ持って行きました。
彼はそれを手のひらで受け取ってくれましたが、目のそばへ持って行って、何だろうかと不思議そうに眺めていました。
袖口からピンを一本抜き取ると、その先で何度も手のひらの上の財布をひっくり返していましたが、やはり何だか分からないようでした。
そこで私は手まねで、その財布を手のひらの上に置いてくれと頼みました。
財布が下に置かれると、私はそれを手に取り、中を開いて金貨をみんな彼の手のひらの上にばらまきました。
四ピストルのスペイン金貨が六枚と、ほかに小銭が二三十枚ありました。
見ると彼は小指の先を舌で濡らしては、大きい方の金貨を一枚ずつつまみ上げていましたが、やはりそれが何だかさっぱり分からないらしいのです。
彼は手まねで私に、もう一度これを財布におさめてポケットに入れておけ、と言いました。
私は何度もそのお金を彼に差し出してみましたが、結局彼の言うとおり、お金を財布におさめてしまいました。
そのうちに、農夫にも、私が理性的な生物(人間)であるということが分かってきたようでした。
彼は何度も私に話しかけてくれましたが、その声はまるで水車の響きのようで、私の耳は破れそうでした。
私も、知っているかぎりのいろんな外国語を使って、力いっぱいの大声で話しかけてみました。
すると向こうは、耳をすぐ私のそばに持ってきて聞いてくれるのですが、やっぱりダメでした。
お互いに言い合っている言葉は、まったく意味が通じなかったのでした。
召使いたちはまた麦刈りに取りかかりましたが、主人はポケットからハンカチを取り出し、二つ折りにして左手の上に広げ、その手のひらを地面の上に差し出して、この中に入って来いと手まねで私に合図をしました。
その手のひらの厚さは一フィート(約30センチ)ぐらいありましたから、私でも楽に登れるのです。
今はとにかく主人の言うとおりにしていようと思いました。
それで、私は落っこちないように用心しながら、ハンカチの上に長く横になって寝ころんだのでした。すると、彼はハンカチの端で、私の頭のところを大切そうにくるんでしまい、そのまゝ、家に持って行きました。
家に帰ると、彼はさっそく、細君を呼んで、ハンカチの中のものを見せました。
ちょうど、イギリスの女が、ひきがえるやくもを見たときのように、「きゃあ……」と叫んで、細君は跳びのきました。
しかし、しばらくそばで見ているうちに、主人の手まねで私がいろんなことをするのを見て、細君はすっかり感心してしまいました。
そして今度は、だん/\と私にやさしくしてくれるようになりました。
正午頃になると、一人の召使が、食事を持って来ました。
それはいかにも、お百姓の食事らしく、肉をたっぶり盛った皿が、たゞ一つだけ出されたのでした。
しかし、それは直径が二十四フィートもある、大きなお皿でした。
食堂には主人と細君と、子供が三人、それに、年寄の祖母がやって来ました。
みんながテーブルに着くと、主人は私をテーブルの上にあげて、少し彼から離れたところに置きました。
そのテーブルは高さ三十フィートもあるのですから、私は怖くてたまらないのです。
落っこちないように、できるだけ、真中の方へよって行きました。
細君は肉を少し、小さく刻んで、それから、パンをこな/″\に砕くと、それを私の前に置いてくれました。
そこで、私は細君に向って、ていねいに、おじぎをして、ポケットから、ナイフとフォークを取り出して食べはじめました。
みんなは、私の有様が面白くてたまらないようでした。
細君は女中を呼んで、小さなコップを持って来させました。
小さいといっても、三ガロン(約五升)は入りそうなコップですが、それに飲物を注いでくれました。
それを私はやっと両手でかゝえあげると、まず、英語で、できるだけ大きな声を張り上げて、細君の健康を祝しました。
それから、うや/\しくコップを頂戴しました。
すると、みんなはお腹をかゝえて笑いだしましたが、その笑い声のもの凄さ、私は耳がつんぼになるばかりでした。
この飲物はサイダーのような味なので、私はおいしく、いたゞきました。
しばらくすると、主人は私を手まねで、彼の皿のところへ来い、と招きました。
しかし、なにしろ私はテーブルの上をビク/\しながら歩いているのですから、パンの皮に躓くと、うつ伏せに、ペたんと倒れてしまいました。
けれども、怪我はなかったのです。

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