初級翻訳・キャラコさん 第11話

キャラコさん

いくらマキちゃんが気分屋だとしても、あんな激しい大しおかぜの日にボートをこぎ出すなんて、そんな意味のないことするわけないもんなあ。
秋作さんへの一途な思いを証明するために、初めから命を捨てるつもりだったんだよ」
「なるほどね、そういうわけだったのか」
ワニくんは深くうなずきながら、大きくため息をつきました。「なんだか、世の中もすっかり変わってきたものだなあ」
そこへ、ホテルの支配人がやって来て、山本さんに赤紙(召集令状)が届いたことを告げました。なんと明日のお朝にはもう出征することになったというのです。そこで、山田さんの発起によって、ホテルと共同で盛大な送別晩餐会(ばんさんかい)を開くことになったので、ぜひとも全員に参加してほしいとのことでした。
さすがに、このお祝いの席を欠席する人は一人もいませんでした。
マキちゃんだけは、まだベッドから起き上がることができなかったので、その席に加わることができませんでしたが、他のメンバーは全員揃っていました。
みんなが席について待っていると、少し遅れて山本さんがやって来ました。
いままで着ていたボロボロの服をすっかり脱ぎ捨て、上品で素敵なチェビオット生地のスーツに身を包み、じゃまなヒゲも綺麗に剃り落とし、髪の毛もスマートになでつけて、頬をツヤツヤと輝かせているではありませんか。その姿を見ると、昨日の日までよぼよぼしていたおじいさんだとは、どう逆立ちしても思えませんでした。
ホテルで一番のおしゃれで伊達男(だておとこ)として知られる越智(おち)さんでさえ、山本さんの前に並ぶと、急に存在感が薄くなって影がうすくなってしまうような具合でした。
山田さんがみんなを代表して素晴らしいお祝いの言葉を述べると、山本さんはスッと立ち上がって挨拶を返しました。
「私はこれまでの四十五年の人生の大部分を外国で過ごし、日本国のためにこれといった特別な恩返しもできずにいましたが、ありがたいことに、このたび国から召集をうけ、この命を日本国のために捧げ、最も誇らしく尊い形で自分の人生を締めくくるチャンスにめぐり合えました。私は心から嬉しく思っております。
……この喜びの気持ちがどれほど深いものか、長いあいだ日本を離れていた私のような人間でなければ、きっと分からないことでしょう。
……私の挨拶はこれくらいにしておきますが、この場をお借りして、みなさんにどうしてもお伝えしておきたい大切なことが一つだけございます。
……私はこれから戦場へとまいります以上、最初から生きて帰ってくるつもりは毛頭ありません……すでにご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私には親戚も身寄りも一人もおりませんので、私の持っている全財産――なんと、千二百万ドル、日本円にして四千万円もの大金を、この席にいらっしゃる方の中で、一番意味のある正しい使い方をしてくれそうな人柄の方に、まるごと相続していただくことに決めました」
 山本さんがこう宣言したときの、会場全体の驚きとパニックといったら、それはもう大変なものでした。
越智さんはまるで気が遠くなったようなうつろな目で一点を見つめ、アシくんはその細くて長い足をガタガタと震わせていました。
そんな周囲の騒ぎにはまったく気にとめる様子もなく、山本さんは穏やかな口調で話を続けました。
「私は十六歳のときにアメリカへ渡り、どんな仕事にも手を出して、まるで黒人のように休みなく働き続けましたが、最初のうちは何の仕事をやってもうまくいかず、失敗ばかりでした。
……しかし、ある不思議な巡り合わせによって一念発起し、カリフォルニア州で香水の原料となるお花の栽培に取り組んだところ、自分でも嫌になるほどの莫大な財産を築くことができたのです。
……私の今日を成功へと導いてくれたその不思議な巡り合わせというのが一体どんなものだったかと申しますと、私がすっかり夢を失い、サンタ・フェの田舎町をぼんやりとさまよっていたときのことです。当時の私に、全財産である貯金の二十ドルを温かくめぐんでくれ、『冬の円居(まどい)』という日本の小学校の唱歌を歌って私を励ましてくれた、十九歳の日本人の少女の優しさだったのです」
 山本さんは、当時をしみじみと思い出したのか、少し言葉を詰まらせて黙り込みましたが、やがて落ち着きを取り戻してこう続けました。
「……私がビジネスでいくらかの成功を収めたとき、私はすぐにサンタ・フェへと引き返し、その少女を探し求めてみました。しかし、少女はすでに結婚していて、夫と一緒にヨーロッパへ旅立った後でした。
私は自分のできる限りのあらゆる手段を使って行方を捜させましたが、どうしても見つかりませんでした。
……今から十五年前、私があらゆるビジネスからきっぱりと手を引いてヨーロッパへ渡ったのも、結局のところ、残りの人生のすべてをかけてその少女の居場所を探し出すためだったのです。
……それから七年が経った昨年の春、ふとした小さな手がかりから、その少女がアントワープの街にいるということが判明しました。でも、私が現地に駆けつけた時には、彼女はすでにこの世の人ではありませんでした。
……そういうわけで、私は自分の財産を受け継いでくれる大切な後継者を探し求めるために、日本へと帰ってきたのです。
……私は、自分の相続人を選ぶための条件をこのように決めました。
年齢は十九歳から二十歳までで、心から私に優しく親切にしてくれる少女……。
決して褒められたような趣味ではないかもしれませんが、私のこの切ない気持ちは、みなさんにもきっと分かっていただけると思います。
……ところで、久しぶりに日本へ帰ってきてあたりを見回してみると、日本の変わりようは本当にすさまじいものでした。
とりわけ、若い女の子たちの性格や気質の変わり方は、信じられないほどでした。
この一年間、私がずっと探し求めていたような少女には、ついに一度もめぐり合うことができませんでした。
私がこのホテルに到着したとき、私はもう心身ともに疲れ果ててしまいました。
『ああ、自分にふさわしい相続人を見つけることは、もう諦めなければならないのかもしれないな』と、ひそかに覚悟したほどだったのです。
……しかし、心のどこかでどうしても諦めきれない部分もあり、みなさんもご存じのような『ある実験』を試してみることにしたのです。
もちろん、私がやったその実験のやり方にも問題はあったかもしれませんが、私はこのホテルで、人々からさんざん冷たく軽蔑されるような扱いを受けました。
……ところが、そんな中で、ただ一人だけ、このボロボロの格好をしたみすぼらしい老人にものすごく優しく親切にしてくれる少女を、ついに発見することができたのです。
私は、ようやくたどり着くことができました。
そのお嬢さんは、今年十九歳になり、流行の軽い浮ついたファッションなどには少しも染まっておらず、いつも元気で、控えめで、正直で、健康的で、そして何より美しい少女です。
それだけでなく、彼女はなんと、私にあの『冬の円居』のメロディさえも弾いて聴かせてくれたのです。
そんな彼女を私の相続人に選ぶにあたって、私に迷う理由などどこにあるでしょうか。……私は、石井剛子さんを、私の相続人に定めたいと思うのです。

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