初級翻訳・グスコーブドリの伝記 第8話

グスコーブドリの伝記

と思うと地面ははげしくぐらぐらゆれ、百合の花もいちめんゆれ、それからごうっというような大きな音が、みんなを倒すくらい強くやってきました。
それから風がどうっと吹いて行きました。
「やったやった!」
とみんなはそっちに手を延ばして高く叫びました。
この時サンムトリの煙は、くずれるようにそらいっぱいひろがって来ましたが、たちまちそらはまっ暗になって、熱いこいしがばらばらばらばら降ってきました。
みんなはテントの中にはいって心配そうにしていましたが、ペンネン技師は、時計を見ながら、
「ブドリ君、うまく行った。危険はもう全くない。市のほうへは灰をすこし降らせるだけだろう」
と言いました。
こいしはだんだん灰にかわりました。
それもまもなく薄くなって、みんなはまたテントの外へ飛び出しました。
野原はまるで一めんねずみいろになって、灰は一寸ばかり積もり、百合の花はみんな折れて灰に埋まり、空は変に緑いろでした。
そしてサンムトリのすそには小さなこぶができて、そこから灰いろの煙が、まだどんどんのぼっておりました。
その夕方、みんなは灰やこいしを踏んで、もう一度山へのぼって、新しい観測の器械を据え着けて帰りました。

七 雲の海

それから四年の間に、クーボー大博士の計画どおり、潮汐発電所は、イーハトーヴの海岸に沿って、二百も配置されました。
イーハトーヴをめぐる火山には、観測小屋といっしょに、白く塗られた鉄の櫓が順々に建ちました。
ブドリは技師心得になって、一年の大部分は火山から火山と回ってあるいたり、あぶなくなった火山を工作したりしていました。
次の年の春、イーハトーヴの火山局では、次のようなポスターを村や町へ張りました。
「窒素肥料を降らせます。ことしの夏、雨といっしょに、硝酸アムモニヤをみなさんの沼ばたけや蔬菜ばたけに降らせますから、肥料を使うかたは、その分を入れて計算してください。分量は百メートル四方につき百二十キログラムです。雨もすこしは降らせます。干ばつの際には、とにかく作物の枯れないぐらいの雨は降らせることができますから、いままで水が来なくなって作付しなかった沼ばたけも、ことしは心配せずに植え付けてください」

その年の六月、ブドリはイーハトーヴのまん中にあたるイーハトーヴ火山の頂上の小屋におりました。
下はいちめん灰いろをした雲の海でした。
そのあちこちからイーハトーヴじゅうの火山のいただきが、ちょうど島のように黒く出ておりました。
その雲のすぐ上を一隻の飛行船が、船尾からまっ白な煙を噴いて、一つの峯から一つの峯へちょうど橋をかけるように飛びまわっていました。
そのけむりは、時間がたつほどだんだん太くはっきりなってしずかに下の雲の海に落ちかぶさり、まもなく、いちめんの雲の海にはうす白く光る大きな網が山から山へ張りわたされました。
いつか飛行船はけむりを納めて、しばらく挨拶するように輪を描いていましたが、やがて船首をたれてしずかに雲の中へ沈んで行ってしまいました。
受話器がジーと鳴りました。
ペンネン技師の声でした。
「飛行船はいま帰って来た。下のほうのしたくはすっかりいい。雨はざあざあ降っている。もうよかろうと思う。はじめてくれたまえ」
ブドリはぼたんを押しました。
見る見るさっきのけむりの網は、美しい桃いろや青や紫に、パッパッと目もさめるようにかがやきながら、ついたり消えたりしました。
ブドリはまるでうっとりとしてそれに見とれました。
そのうちにだんだん日は暮れて、雲の海もあかりが消えたときは、灰いろかねずみいろかわからないようになりました。
受話器が鳴りました。
「硝酸アムモニヤはもう雨の中へでてきている。量もこれぐらいならちょうどいい。移動のぐあいもいいらしい。あと四時間やれば、もうこの地方は今月中はたくさんだろう。つづけてやってくれたまえ」
ブドリはもううれしくってはね上がりたいくらいでした。
この雲の下で昔の赤ひげの主人も、となりの石油がこやしになるかと言った人も、みんなよろこんで雨の音を聞いている。
そしてあすの朝は、見違えるように緑いろになったオリザの株を手でなでたりするだろう。
まるで夢のようだと思いながら、雲のまっくらになったり、また美しく輝いたりするのをながめておりました。しかし、短い夏の夜はもうすぐ明けるようでした。
稲妻が光る合間に、東の雲の海の果てが、ぼんやりと黄色く染まっているのです。
よく見ると、それはお月さまでした。
大きな黄色いお月さまが、しずかにのぼってきたのです。
そして、雲が青く光るときはお月さまが変に白っぽく見え、桃色に光るときは何だか楽しそうに笑っているように見えるのでした。
ブドリは、もう自分が誰なのか、何をしているのかさえすっかり忘れてしまい、ただぼんやりとその光景を見つめていました。
受話器がジーと鳴りました。
「こっちではだいぶ雷が鳴りだしてきたぞ。
網があちこちちぎれちまったみたいだ。
これ以上あまり電気を流すと、明日の新聞に変なことを書かれるから、あと十分ほどでやめにしよう」
ブドリは受話器を置いて、耳をすましました。
雲の海は、あっちでもこっちでもぶつぶつぶつぶつと何かをつぶやいています。
よく気をつけて聞いてみると、やはりそれはちぎれぎれの雷の音でした。
ブドリはスイッチを切りました。
とたんに、お月さまの明かりだけになった雲の海は、やはり変わらずしずかに北へ流れていきました。
ブドリは毛布を体にぐるっと巻きつけて、ぐっすり眠りました。

八 秋

その年の農作物の収穫は、天候に恵まれたこともあり、ここ十年ほどで一番の出来栄えとなりました。そのため、火山局にはあちらからもこちらからも、感謝の手紙や応援のメッセージがたくさん届きました。
ブドリは初めて、本当に生きている喜びを感じました。
ところが、ある日のことです。ブドリがタチナという火山からの帰り道、稲刈りがすんでがらんとした沼ばたけの中にある小さな村を通りかかりました。
ちょうどお昼時だったので、何かパンでも買おうと思い、雑貨とお菓子を売っている小さなお店に立ち寄りました。
「すみません、パンはありませんか?」と尋ねてみました。
するとそこでは、見知らぬ三人のおっさんたちが裸足で目を真っ赤にしながらお酒を飲んでいて、そのうちの一人がフラッと立ち上がると、
「パンはあるにはあるが、とても人間が食えるような代物じゃねえんだ。なにせ石盤みたいなもんだからな」とおかしなことを言いました。みんなはおもしろそうにブドリの顔を見て、どっと笑い出しました。
ブドリは嫌な気持ちになり、ぷいっとお店の外へ出ました。すると向こうから、髪をスポーツ刈りにした背の高い男が歩いてきて、いきなり、
「おい、お前! 今年の夏、電気であの肥料を降らせたブドリだな!」と声をかけてきました。
「そうだよ」
ブドリは何も深く考えずに答えました。
その男は大声で叫びました。
「おい、火山局のブドリが来たぞ! みんな集まれ!」
すると、さきほどのお店の中や近くの畑から、十八人の農民たちが、げらげらと下品に笑いながらわらわらとかけつけてきました。

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